第18話 ニート、炭鉱夫になる

 エリシャが教会に移ってから一週間が経った。

 今もエリシャは毎朝朝食を作りに来てくれる。何かが変わるわけでもなく、俺は今まで通り農場をコナー達に任せて自由気ままな生活を送っていた。


「そんじゃ行ってくるわ」

「また鉱山に行くのナー? 今度は三日以内に帰ってくるのナー?」


 一つだけ違うところがあるとすれば、俺が以前にも増して鉱山に出かけるようになったことくらいだろうか。


「わかってるよ」


 この前、教会を建てるためにダイヤモンド貯金を使い切ってしまった。正確には加護の力は大幅に残っているのだが、一度捧げたものは戻せないのだ。

 酪農事業に手を出すのなら牧場を建てる必要もあるため、金を貯めなければいけない。

 そういうわけで、俺は無事ニートから炭鉱夫へとジョブチェンジを果たしたのだった。

 そして、女神の加護で疲れを感じないせいか、採掘に夢中になると時間を忘れてどんどん掘り進めていってしまうというデメリットがあったことをすっかり失念していたのだ。


 さすがに、三日も飲まず食わずで採掘をしていたせいで俺の体はボロボロになり、コナーからは三日間は安静にするように言い渡されてしまった。大量に食事をとって女神の加護で無理矢理自然治癒能力を上げて一日で回復したからもう動けるのだが。


 俺が見つけた採掘場は、女神の泉の先の森を抜けたところにある。

 最初は突然現れたクマやイノシシにビビったものだが、女神の加護のおかげで野生動物に襲われないことがわかった今はなんの危険もなく森を進んでいる。

 森を抜けると、古びた木枠で作られた採掘場の入り口が見えてきた。

 かつて人が住んでいた時の名残だろう。おかげさまで鉱山に入るのに苦労はしなかった。


「今日も一日頑張りますかね」


 ニートとは不思議なもので、一度物事にハマるとひたすらにそれを繰り返すことに喜びを感じるのだ。

 ツルハシを無心で振り、ただ下へと潜り続ける。

 この単調な作業が俺にとっては楽しかった。

 ニートにとって単純な繰り返し作業は得意分野なのである。ソーシャルゲームの素材集め、単調なレベル上げなど、挙げればキリがない。

 最初は元採掘場ということもあり、どうせ碌なものがないと思っていたが、女神の力のおかげかこの鉱山は豊富な鉱山資源に溢れていた。

 元より人が住んでいたのもかなり前だったようなので、その間に女神の力で良い純度の鉱石などが沸いてきたのだろう。つくづく女神の加護は自然の摂理に反する力だと思う。


「またクズ鉄かよ……」


 とはいえ、比率で言えば出てくるのは圧倒的に使い物にならないクズ鉄がほとんどである。

 捨てるのももったいないが、一度大量にクズ鉄を出荷した時はユイさんに「出荷箱はゴミ箱じゃないんだけど」と怒られた。島に流れ着いた当初は雑草で同じことをして怒られた記憶がある。

 そのうえ、面倒だからと出荷箱に投げ入れていたら、全然うまく中に入らなくてポイ捨てするなと住民から苦情が出てる、とまで言われたくらいだ。

 この島の住民の俺に対する好感度はマイナスに振り切っているんじゃないだろうか。

 そんなこんなで今日も大量の不良在庫を抱えた俺は帰り際にポイポイとクズ鉄を捨てながら帰宅していた。ついでとばかりに余ったクズ鉄を女神の泉に大量に流し込んだ。


「ちょっと! 痛いじゃない!」


 どうやら、ちょうど流し込んだ真下にいたようで、頭にたんこぶを作った女神に激怒された。


「悪い、ちょうど通りがかったからクズ鉄処理しようと思って」

「処理!? 神聖な私の泉をゴミ処理に使わないで! 私は女神なのよ!」

「だから?」

「もうやだ、こいつ……」


 女神だろうとなんだろうと関係ない。立場で言えば俺の方が有利なのだ。


「処理目的で捧げられても力は回復しないのよ!」


 なるほど、それはあまりよくないだろうな。下手にこいつに怪我をされても困るし、残りのクズ鉄は持って帰ることにしよう。


「悪かったよ。今後は気をつける」

「許さない! 明日はステーキを所望するわ!」

「お生憎様、うちには牛はいないんでね」

「じゃあ、牧場作りなさいよ」

「俺、動物嫌いなんだよ」


 それに育てた牛を絞めるのは気が引ける。そういうのはあまり見たくないのだ。やるなら俺の見ていないところでやって欲しい。


「どうせ、農場もコナー達に全部やらせてるんでしょ? 今更、あんたが躊躇う理由はないはずだわ」

「それ、コナー達にやらせろって言ってんのと同じだからな?」


 牧場経営自体は現在進めている案だ。俺は炭鉱夫で稼ぎ、コナー達が酪農で稼ぐ。コナー達の負担を考えなければ利益しかないからな。


「いいのよ、妖精なんて女神に奉仕できること自体ありがたいことなんだから」

「お前、本当にクソみたいな奴だな」

「あんたに言われたかないわよ!」


 働くこと自体が給料だなんてとんだブラック企業である。その点、俺はきちんとコナー達に報酬は払っているからマシだろう。


「あのね。妖精っていうのは私達女神の加護を受けることによって活動できるの。私がいなきゃ、存在はしていても何もできないのよ」

「つまり、女神のいない土地の土や草木にも意思がある状態ってことか?」

「正確にはちょっと違うけど、概ねそんな感じよ。ま、人間とは価値観が違うから本人達は気にしていないと思うけど」


 何それエグい。

 そんな状態で何百年、何千年もそのまま動けないって酷すぎるだろ。


「とにかく、私が近くに存在していること自体がもうありがたいことなのよ!」

「つまり、そのお前に力を供給している俺がいること自体ありがたいってことだな。よくわかった」

「うぐっ……それは、まあ……」


 反論できなかったのか、女神は言葉に詰まる。


「じゃあ、これからも励めよ」

「うがぁぁぁ! 納得いかない!」


 俺は頭を抱えて叫ぶヒステリー女神を放置して帰路に着いた。

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