第6話 ニート、遠出する

 無事小麦粉を入手できた俺は農場に戻って妖精達に向かって小麦粉をバラまいていた。


「ほーら、今日の分の小麦粉だぞー」

『わーい!』


 俺のばらまく小麦粉に群がる妖精達。これが妖精の姿ならいいのだが、人間形態になっている状態だと危ない集団にしか見えない。


「こ、これは良い小麦粉なのね! ……すぅ、はぁぁぁ」

「小麦粉小麦粉小麦粉小麦粉小麦粉小麦粉」

「粉、粉ァ!」


 訂正、見える見えない以前に正真正銘、危ない集団だった。


「おい、コナー。こいつら相変わらずヤバいぞ」

「……それは知ってるのナー……ぷはぁっ」


 コナーはあくまでも冷静に小麦粉を吸引しているが、これはこれで大概な光景だと思う。


「ネイトは外の島に行かなくていいのナー?」

「ああ、船に乗るためにゴンさんに理由を話したりしなきゃいけないし、農場をほったらかしにしてると思われたらキツイからな」


 というか、そもそも街の住人との会話が困難なのだ。さすがに二ヶ月も経ったからか、現在は誰も農場を見に来なくなった。俺――というかコナーが野菜を出荷をするのも早朝だしな。


「それなら海の中を歩けばいいのナー。加護があればどこでも呼吸できるのナー」

「その発想はなかった。だが、それだと結構な距離歩かなきゃいけなから怠い」


 加護のおかげで疲労は感じないが、気持ち的な怠さはどうにもならない。できれば乗り物でもあれば楽なんだが。


「じゃあ、海の妖精のタウミ姉ちゃんに頼むといいのナー。タウミ姉ちゃんはこの島周辺の海域にいる妖精なんだナー。波で流してもらえば楽なのナー」

「海流までコントロールと来たか」


 二ヶ月も暮らしておいて今更だが、もうなんでもありだな。

 コナーに案内してもらって町がある方を避けて海岸へ行くと、そこには仁王立ちしている小さな妖精がいた。

 深い青色のカールしたロングヘアーはまるで海流のようだ。鋭い目つきも相まって嵐でも起こしそうな見た目である。


「待っていたぞ」


 妖精タウミは小さくて可愛らしい見た目からは想像もできないハスキーボイスだった。おそらく人間形態に変身したら姉御と呼びたくなるような見た目になること間違いなしだ。


「あれ、いつの間に連絡してたんだ?」

「妖精はテレパシーで会話できるのナー」


 相変わらず便利な奴らである。その能力は俺も是非とも欲しいところだ。というよりも、携帯電話が欲しい。


「それで、そこの男を海流で近くの町まで流せば良いのだな?」

「ああ、よろしく頼む。帰りもな」

「心得た」


 短くそう言って頷くと、タウミは両手に力を溜めて一気に海に放った。

 その瞬間、海面から水柱が立って俺の方へと向かってきた。


「は?」


「それではゆくぞ!」


 タウミが両手を合わせると、水柱は俺を容赦なく飲み込んだ。


「ちょっと待てぇぇぇ! 何だこの乱暴な流し方はぁぁぁぁぁ!」

「いってらっしゃいなのナー」


 笑顔で白いハンカチを振るコナーに対し、帰ったら与える小麦粉の量を少しだけ減らしてやろうと心に決めたのだった。


 無人島に流れ着いた時と同様に海岸に漂着した俺は、近くの漁師に引き上げられて無事港町シーサイドタウンに到着した。


 日本にしては随分海外チックな名前だとは思ったが、まちづくりか何かの取り組みでそういう名前をつけられる街もあるため特に気にはならなかった。

 助けてくれた漁師のおっちゃんにお礼を言って、町へ出るとそこは見たことがないほど整備された街だった。

 丘一面に広がる白い外壁の家屋。街の中を通る透き通った運河の水。港近くは飲食店が立ち並び、テラスで優雅に食事をする人達の姿が見受けられる。

 まるでテレビで紹介されるイタリアの町なんじゃないかと思うくらいに、シーサイドタウンは綺麗な街だった。


「本当に日本なのか?」


 使用されている通貨は円だ。そこは何も違和感がない。街行く人達も見た目は普通に日本人である。観光客らしき人達は外国人だろうが、それは別段不思議なことではない。

 だが、何かが引っかかる。そんな心に靄がかかった状態で俺は街を散策し始めた。


「ネイト、どこをほっつき歩いていたのだ」


 しばらく散策をしていると、スーツを着こんだ女性に声をかけられた。イタリア風な街並みと三角形のサングラスのせいで、どう見ても海外マフィアにしか見えないが、この声、おそらくは人間化したタウミだろう。


「タウミも来てたのか」

「私が来なければ帰れないだろうに」

「そういえば、そうだった」


 見たこともない景色に気をとられ、タウミの力でこの街まで流されていたことをすっかり忘れていた。


「それで、どうするのだ?」

「とりあえず、ここがどの辺りなのか調べるわ」


 大きい街だし、どこかにネットカフェくらいあるだろう。そう思っていたのだが、この街にはネットカフェはなかった。それどころか、街の人に聞いてもネットカフェ自体知らないような反応をされてしまったのだ。


 そして、観光案内所などでパンフレットなどを漁る、というアナログな方法で調べていってわかったことが一つあった。


「おいおい……マジかよ」


 この世界は俺のいた世界ではなかったのだ。要するに単なる遭難ではなく、俺は異世界に転移してしまっていたのであった。


 何となくおかしい気がしていた。

 女神や妖精という超常的な存在。

 船が難破したというのに呑気な人達。

 全ては世界が違うという理由から来るズレだったのだ。


「それにしても、うまいな。この店の料理」

「ここいらの海域は女神様の加護もあってか魚の脂がのっているからな。島周辺の魚介類はもっと美味だぞ」


 一先ず落ち着くために入ったレストランで俺とタウミは昼食をとっていた。港町というだけあって新鮮な魚介類が使われた海鮮パスタは絶品だった。

 パスタを食べ終え、紅茶を飲みながら世界地図を捲っていると、俺が知っている世界地図とは全然違う形の大陸がどんどん出てくる。

 というよりも、大陸の数が多い。一体この世界はどれだけの広さなのだろうか。


「一応、ちゃんとした国もあるみたいだな」


 ある程度情報をまとめたところ、この世界の仕組みは元の世界と大して変わらないことがわかった。


 国があり、町があり、そこに人が住んでいる。そこは一緒だった。

 違うとすれば法律の緩さだろうか。国ごとに決まりがバラバラ過ぎて、何とも言えないのだが、女神が管理する土地は誰の物でもないため、好きに使用していいというものがあったのだ。

 この世界では女神は一応きちんと認知されているらしい。ただあまりにも珍し過ぎて存在を信じていない人も結構いるというだけの話だ。


 事実、女神がいると謳っている国は片手で数えられるくらいしかいない。

 トロピカル王国、アラビアン王国、太陽の国、ハーベスト王国、氷河の国。現在、女神信仰が残っているのはこの五国だけのようだ。


 ちなみに、俺達がいるシーサイドタウンは太陽の国の中にある街だった。太陽の国自体、日本っぽいから例えるならシーサイドタウンは横浜ってところだろうか。


「情報も仕入れられたし、島に帰る前にチラシを張って帰るか」


 法律の緩さもあってか、この街にはそこら中に好きにチラシを張っていい掲示板がある。その一角を使わせてもらって俺はさっき書いたチラシを張ることにした。


『住民募集中! 女神の島であなたもスローライフしてみませんか?』


 適当に作ったチラシだが、女神パワーが込められているからそれなりに目を惹くことはできるだろう。


「それじゃあタウミ。今度は優しく流してくれよ」

「承知した」


 人気のない海岸に移動した俺は意を決して海に飛び込み、タウミの力で今度は穏やかに島まで流してもらうのだった。

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