ニート、無人島を開拓する
サニキ リオ
第1話 ニート、漂流する
「おい、お前さん! 生きとるか!」
野太いおっさんの声が聞こえる。
瞼を開けて体を起こそうと試みるが、体が重くて冷たい。
意識はあるのだが、うまく体が動かないのだ。
「う、うぅ……」
「おお! 生きとったか!」
なんとか目を覚ますと、そこには髭面のおっさんの顔が目の前にあった。しかもどアップ。最悪の目覚めである。
「ここは……?」
辺りを見渡せば一面の砂浜。
透き通った青い海に砂糖のような白い砂浜が映え、世界の絶景百選に載ってもおかしくないレベルの景色が広がっていた。
「どうやらワシら全員この島に漂着したようだな」
「漂着?」
目の前には船底に穴のあいた小さな客船がある。記憶の糸を手繰ってみるが、船に乗っていたという記憶はない。
そもそも俺はニートで行動範囲が自宅とコンビニだけなのである。
そんな俺が無人島に流れ着くとかどんなファンタジーだ。
待てよ? そういえば、コンビニ帰りの道って海沿いだったよな。あー……段々思い出してきた。
確か、コンビニ帰りにスマホでゲームしながら歩いてたらレアモンスターが出てきて海の上って気付かずに歩いていって落ちたんだっけか。
「まあ、悲観してもしかたない。元よりワシらは新天地を求めて船に乗り込んだんだ。むしろ、無人島に着いたのは好都合というものだ!」
それは初耳である。
いろいろと勝手に仕切っている体育会系っぽいおっさんは漂流者を一ヶ所に集めると、自己紹介を始めた。
「ワシは
「……ども、ユイでいいっすよ」
ケバケバしたギャルっぽい女の子ユイさんは見た目とは裏腹に暗い様子で挨拶をした。
おそらく本来は可愛らしい顔立ちのはずなのだろうが、今はマスカラが海水で落ちて悲惨なことになっている。
新垣親子の自己紹介が終わると、次は大柄で強面な男性がドスの効いた声で挨拶をする。
「クダイ……大工だ」
「……息子のカイジです」
次に自己紹介したのは無口な親子だった。
ボソボソしゃべっているからどうにも聞き取りづらい。これはまともなコミュニケーションは期待できなさそうだ。
クダイ、たぶん管井か。管井親子の自己紹介が終わり、最後に全員の視線が一斉にこっちに集中する。
「えー、あー……い、岩井……寧人、です……」
いざ自己紹介してみれば声が裏返ったり、コヒュッという音が喉から出たり、散々な自己紹介となった。コミュニケーション能力に関しては俺も管井親子をバカにできない。
所詮、ニートのコミュニケーション能力など、この程度のものである。
「さて、これからの方針を話し合おうか」
俺の自己紹介が終わって微妙な空気になったところで、まとめ役のゴンさんが仕切り直すように告げる。
「ワシはこの島で暮らすと決めた。見たところ、元々は人が住んでいた形跡もあるようだし住めないことはないだろう」
人が住めなくなったから無人島になったのではないだろうか。
そう思ったが、この場でそんなことを発言をする勇気はなかった。
「そこでみんなにはそれぞれこの島で仕事をしてもらう。各自、自分にできることを考えておいてくれ」
この流れはまずい。
生き残った人達で協力して働こうという流れなのだろうが、それは勘弁してもらいたい。
俺はニートなのだ。大学を卒業してから一度も働いていない俺が役に立てるとは思えない。
働くということは、受動的な態度が許されず、能動的に動かなくてはいけないということだ。自堕落に惰眠を貪り、好きな時に飯を食うという行動が許されないのは苦痛である。
「おお、そうだ。ネイトはワシと一緒に来てくれ」
いや、さっき意識取り戻したばかりで体怠いんですけど。
そんな俺の内心など知らず、ゴンさんは俺を海岸からかなり離れた丘の上へと連れていった。途中に廃墟がちらほらあったから、ゴンさんの言う通りこの島は元々人がそれなりに住んでいた土地なのだろう。
「……ここは?」
地平線の彼方まで広がる無茶苦茶広い土地を前に、俺はなんとか声を絞り出してゴンさんへと尋ねる。
「うむ、どうやらここには元々畑があったみたいなんだ。それで君にはこの場所で農業をしてもらいたい」
ちょっと何を言ってるかわからない。
面倒なことになる前にゴンさんの言葉を否定しようとしたが、うまく言葉が出てこない。
「い、いや、俺には」
「君もここに流れ着いたということは新天地を求めて船に乗っていたんだろ。安心するといい、おいしい作物を提供してくれれば皆納得してくれる。この広大な土地は君のものだ」
人の話聞けよ!
別に新天地なんて求めてねぇよ!
俺は働きたくないんだよ!
こんなネットもテレビもない場所でやっていけるわけないだろうが!
そんな心の叫び声が口から出ることはなかった。
「家はそこにある。中には農具もあったし、問題はない」
問題しかないの間違いではないだろうか。
種がないのにどうやって農家やれというのだ。
いろいろ考えているようで何も考えてないだろ、このおっさん。
「それじゃあ、ワシはみんなのところへ戻る。また来るよ」
「え、えぇ……」
能天気な声を出すと、ゴンさんは浮かれた様子で海岸へと戻っていった。
無人島へ漂着して農業を始める。何かのゲームみたいだが、実際はそんな状況で農業なんて始められるわけがない。
ニートの俺が言えたことじゃないが、現実なめんな。
ゲームだったらここで女神とかが登場していろいろサポートしてくれるんだが、現実には女神なんていないだろうしどうにもならないだろう。
「詰んだ……」
「――安心してください」
もう駄目だ。俺の人生終わった――と、思った瞬間、急に頭の中に声が響いてきた。
そして、気がつくと俺は森の中の泉の前に立っていた。
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