第5話
魔王の娘に会う為に、魔王城内をフギンに案内されて歩いている。
高級そうな絨毯が廊下に敷き詰められている。壁には悪趣味な絵画が額縁に入れられて飾られている。それに禍々しいドラゴンのような置物が設置されている。
なんと言うか、魔王趣味が悪いな。口が裂けても言えないけど。
なんだか、ちょっと落ち着いてきた気がする。もう意味の分からない事が続いて、考えるのを放棄したからだろう。
リムジンに乗せられて誘拐された時はどうなるかと思っていたが。
フギンはルビーやサファイアなどの宝石で装飾されたドアの前で立ち止まった。
「この部屋の中にキアラ様がいらっしゃいます」
「は、はぁ」
魔王並みの、いや、それ以上に恐ろしい顔の人が居たらどうしよう。疑いばかりが心の中で飛び交っている。
「準備はよろしいでしょうか?」
フギンは訊ねて来た。
「大丈夫ですよ」
「それでは少々お待ちを」
フギンはドアを三回ノックした。三回ノックのマナーはニウムヘルデンにもあるのか。驚きだ。もしかしたら、どんな世界でもノックの回数は同じなのかもしれない。まぁ、そんな事どうでもいいんだけど。
「キアラ様。フギンでございます。開けてもよろしいでしょうか」
「は、はい。大丈夫です」
とても可愛いらしい声が部屋の中から聞こえる。ちょっとホッとした。しかし、声だけが可愛いと言うパターンもある。よく、お笑いやアニメとかであるやつだ。
「それでは開けます」
フギンはドアを開けた。
部屋の中には枕を抱いた同世代ぐらいの白髪ロングの美少女が座って居た。姉のエヴィとは違い、美人ではなく可愛い。一万年に1人の逸材だ。どこをどう見ても可愛い。顔の左右のパーツの比率は黄金比。アイドル以上にアイドル顔。アイドルになる為に生まれてきたような存在だ。でも、待てよ。魔王の娘だよな。なんだか、裏があるかもしれない。
「どうも。真音仁哉です」
「は、始めまして。キアラ・リュッツイです。よ、よろしくお願いします」
キアラは枕を抱いたまま立ち上がって、声を震わせながら言った。もしかして、緊張しているのか。
「真音様。部屋の中にお入りくださいませ。靴は脱いでください」
「は、はい」
フギンの指示通りに靴を脱いでから部屋に入った。
部屋の壁には人間界のアイドルのポスターが隙間無く貼られている。さらに棚にはアイドルグッズが大量に置かれている。大型テレビの台の下にはアイドルのコンサートDVDが何枚もある。これはまさにアイドルオタクの部屋。それも重度のアイドルオタクのだ。
「す、座ってください」
キアラは促してきた。
「あ、ありがとうございます」
僕は座っても良さそうな所に座った。フギンは僕の隣に座った。
キアラもその場に座った。
「えーっと、僕は彼女のマネージャーになるって事ですか?」
フギンに訊ねた。
「はい。そうでございます」
「あ、あのちょっといいですか?」
キアラはおどおどしながら話しかけてきた。
「はい。どうかしましたか」
「真音さんって……真音さんって、美咲琉歌様がデビューする直前までマネージャーされてた方ですよね」
「まぁ、一応。でも、マネージャーと言えるぐらいの事はしてませんよ。レッスンに付き合ったりとかしただけですから」
「きゃあ。本物だ。や、やばい。死んじゃう。どうしよう。どうしよう」
キアラは枕を口に当てながら言った。
……あ、これはあれだ。ガチ勢だ。生粋のアイドルオタクだ。裏はなさそうだ。でも、そんな情報よく知ってるな。
「アイドルがお好きなんですね」
「はい。大好きです。私の生きがいです。人生です。アイドルは人生を明るくします。もう最高なんです。アイドルのダンスや歌を見たり聞いたりすると幸せになれるんです。ライトに当たって綺麗に見える汗とか最高なんです。もうヤバイんです。どんなに嫌な事でも忘れられるんです。もう神です。二ウムヘルデンに神は居ませんけど」
キアラは枕を口から離して早口で語った。たぶん、アイドルについて永遠と語れるタイプだ。このままずっと語りそうだ。ここで話を切らないと、本題に入れない気がする。
「あのーキアラさん」
「あ、すいません。つい語ってしまって」
キアラは謝ってから、枕を抱き締めた。反省しなくてもいいのに。それに別に謝らなくてもいいんだけどな。
「いいですよ。アイドルがお好きなのはわかったので。それで僕がここに来た理由分かりますか」
「マネージャ?えーっと、何のマネージャーでしょう?」
キアラは首を傾けた。
可愛いな。普通に可愛いよな。ここが人間界だったら即スカウトするな。
「貴方をアイドルにする為に来ました」
「アイドル?私が」
「はい。貴方が」
「わ、私がアイドルですか。む、無理ですよ。絶対に無理。見るのは大好きですけど。見られるのは怖いです。絶対に嫌ですよ」
キアラは全力で否定した。アイドルの素質は絶対にあるのに。勿体無い。
「キアラ様、もうこれは決定事項です」
フギンは言った。
「いや、いやです」
キアラは涙を流しながら拒否する。
「拒否権はありません。この国を盛り上げる為です。他の国の王女達もアイドルになって
いるんです」
「で、でも」
「大丈夫です。真音様が居るので」
「そ、それは」
「絶対に大丈夫ですよね。真音様」
フギンは「そうですよ」と言えと言わんばかりに目配せをしてくる。
……言わないといけないやつじゃん。まぁ、言わないと契約違反だし。人間界の命運を握っているのは僕だし。言うしかないか。
「大丈夫ですよ。僕がアイドルにしますから」
「ほ、本当ですか?」
「はい。本当です」
「……わ、分かりました。頑張ります。怖いですけど」
キアラはアイドルになる事を了承した。一件落着だ。でも、これからどうしよう。アイドルに育て上げるにはかなり苦労しそうだ。
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