⑤エリザSIDE


 殿下以外の男など眼中になかった私にとって、リュクス・ゼルディアは魔眼を持って生まれた気持ち悪い奴以外の認識はなかった。

 御三家の一員で、同い年ということもあって一年に一回は何かしらの催事で会うこともあったけれど、一緒に遊んだ記憶もなければ深い話をしたこともない。

 印象に残るのは邪悪に輝く魔眼だけ。

 持って生まれた不幸にいつまでもウジウジしている。

 私の中のリュクス像はそんな感じだった。


 だから魔眼を封じ、綺麗きれいな青いひとみをしたリュクスに声をかけられた時、一体目の前の男の子が誰なのかわからなかった。

 目だけではない。

 見た目も立ち振る舞いも言葉遣いも全てが見違えて、まるで別人のようだった。

 お姉様に聞いた話では、グランローゼリオに出現したエテザルを討伐したらしい。

 エテザルといえば非常に知能が高く、そのくせ繁殖能力も高い厄介な魔物だと聞いている。

 それを一週間足らずで全滅させ、観光地の平和を守った。

 並の貴族なら一生自慢するレベルの功績を僅か十歳で挙げておきながら、それを一切ひけらかすことはしなかった。

 人間、一年でここまで変われるものなのかと希望が湧いてくる。

 いつか自分もお姉様より優秀な人間になって、殿下を振り向かせたい。

 心のどこかで叶わぬ夢と思っていたことが、リュクスを見て「できるのかもしれない」と思った。

 頑張っていく勇気をもらえた気がした。それなのに――


『けど俺はそんな君のことが大好きなんだ!』


 リュクスの言ってくれた言葉が頭から離れない。

 おかしい。

 あこがれの殿下を交えたディナーの最中だというのに、気になるのはリュクスの方ばかり。

 人と話すのが得意じゃないくせに、私のことを話題の中心にしようとして空回っている。

 ふとフォークを持つリュクスの手に目をやりながら、さっき自分の手を引いてくれた時のことを思い出す。

 まだ小さいが剣の修業をしているからだろう、ゴツゴツして硬い手。

 触れた手から僅かに男らしさを感じて、胸が熱くなる。

 心臓の音が、いつもより大きく聞こえる。


「さて、それじゃあ今日はお開きにしようか」


 殿下を見送っている最中、小声でリュクスが言った。


「何やってんだよエリザ……全然しゃべってないじゃん」

「うるさい……」


 自分でも信じられないほど弱々しい声が出て驚く。

 それでも自分の胸の内を悟られたくなくて。


「せっかく俺が殿下との仲を取り持とうと頑張って……」

「うるさいうるさいうるさい!! こっちも混乱してるのよ! バカ! バカー!」


 ああ違う。こんなことを言いたい訳じゃないのに。

 自分の気持ちがコントロールできない。

 こんなんじゃまた嫌われて……ってなんでコイツはニコニコしてるのよ!?

 それでこそエリザって……またわかったようなこと言って……。

 もうっ。


「それじゃ、俺はこれで」

「ええ、今日はありがとう。とても楽しいディナーだったわ。ほらエリザも」

「き、今日はありがとう……き、気をつけて帰りなさいよ」

「うん。ありがとう」


 そう言ってリュクスと別れた。


「はぁ……せっかくの殿下とのディナーが台無しね」


 つまらなそうにつぶやくお姉様の後に続きながら「次に会えるのは十年祭かしら?」と呟き溜息ためいきをついた。

 別れてからまだ数分だというのに、次に会える時が、楽しみで楽しみで仕方がないのだ。

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