第5話 エルフの森

「お邪魔しまーす」 


 アルバイトを早めに切り上げ、約束通り花華の家に立ち寄る。

 中に入るが相変わらず部屋の中は汚い。何なら前より酷くなっている。


「お前……少しは掃除とかしたらどうだ?」


「ごめんなさい……はぁ。一人前にならなきゃって家を出て一人暮らししたのに、結局この有様か……」


 花華はスーパーで出会った頃の陰湿な空気を纏い、散らかったゴミに手を伸ばす。


「でも、人は変われる。だからこそ俺に頼んでまで人と話せるように、変わろうとしたんだろ?」


「そう……ですよね! 頑張らないと……」


 俺も手伝い二人がかりでゴミを片付ける。二人でやったおかげで効率良く作業が進み、配信を始める時間までにこの部屋を綺麗にできる。

 

「ほらな? 頑張れば何とかなるもんさ。じゃあ次はお前の番だな」


「私の番?」


「ほら。コラボ配信だよ。俺に色々配信について教えてくれるんだろ? それに人との話し方の勉強も兼ねて」


「あっ、そうでしたね……はい! 行きましょう!!」


 俺達はパティシーを取り出し装備し、配信するための装置を腕に装着する。

 ホログラムが眼前に浮かび上がり、今向かうことのできるダンジョンが表示される。


「山岳地帯のダンジョンが行けるっぽいな。ここにするか?」


「私はどこでも良いのでそれで行きましょう」


 向かうダンジョンが決まったので、俺達二人はパティシーを装備してそれぞれのオーブを円型の窪みに嵌め込む。

 腕に装着した配信装置が青色に発光し起動する。

 そうして俺達は光に包まれダンジョンへと転送される。


「転送されたか……あれ? フラウは? フラウー!?」


 辺り一面に広がる自然。高い木々に生い茂る草々。アーマー越しとはいえその美しさは圧巻だ。

 一応もう配信が始まっていることもあり、俺は配信活動名で花華のことを探すがどこにも見当たらない。


「ここでーす!」


 上空。正確に述べるなら背後の木のてっぺんから彼女の声が聞こえてくる。

 見上げようとする俺の視線とすれ違いになる形で花華が太い木の枝の上から降りてくる。


「すみませんすみません。転送先が高い所でして……」


 五メートル程の高さから着地したが彼女の体、というよりアーマーには傷一つ付いていない。

 パティシーとオーブが作り出すアーマーの衝撃吸収能力は非常に高く、桃色の花弁は汚れ傷ついていない。


「まぁ無事合流できたし、それじゃ配信開始といきますか! おーい! 俺のファンも、フラウのファンも見てるかー!?」


 配信画面を表示させつつ浮遊するカメラに手を振るが、配信は問題なくできており花華の方も異常はない。


『うわ本当にコラボしてる! 感動〜!』


『彼かよ……マジか。ガチ恋勢が離れちゃうよ……』


「えっ!? いや別に私達はそういう関係じゃ……」


「そうだぞ。俺達はあくまでもコラボするだけの友達だ。そういう関係になることは一切ないからな」


 話が変な方向に行こうとしているので、軽く俺達の関係を、お互いこれから協力し合って配信していく旨を伝える。

 妹から聞いた話だが、ダンジョン配信に限らず女性配信者と男性が共演する際は細心の注意を払わなければならないらしい。

 特にガチ恋勢と呼ばれる輩がかなり厄介らしく、女性配信者が男性と一緒に居ることを極度に嫌うらしい。

 

『まぁフラウのファンは落ち着けよw こいつ本当に女関係終わってるから。最後に家族以外の女の子とまともに話したのって中学生の頃だろ?』


 弁解もある程度済んだ所で聞き捨てならないコメントが目に入る。


「おいその言い方はないだろ! それに俺は家族のために働かないといけないから高校行ってないんだよ!」 


『逆に恋愛とは一切関係なさそうなアレギィなら安心だわ』


『↑それなw』


 散々な言われ様だったが、とりあえずは騒いでた視聴者達は落ち着いてくれる。

 

「あれ? 後ろ何か動きませんでしたか?」


 俺が視聴者への返答に悪戦苦闘している最中、俺も木の葉が擦れた音は感じ取っておりその方向に注意を向ける。

 

「おい何か飛んでき……」


 一瞬見えた高速の物体に声を荒げるが、速すぎたせいで避けるのが間に合わない。

 疾風の矢が俺の胸を裂き軽く仰け反らせる。  

 だが威力はそこまで高くなく画鋲で刺された程度の痛みだ。


『やば……アレギィが死んだ!』


『無敗伝説もここまでか……』


「いや死んでねぇから!! 掠っただけだよ!!」


 俺は倒れることなく踏み止まり、今矢を撃ってきた奴を視認する。

 

「うぇ……気持ち悪いですね」


 花華がそう言うのも仕方ない。奴は人間なら多くの人が嫌悪感を覚えるであろうあいつの造形をしているのだから。

 人と同等のサイズに巨大で鋭利な八本の足。巨大な蜘蛛が六本の足で木にしがみついている。

 知性があるのか二本の足で弓を引き絞っており、その標準は再び俺を捉えるのであった。

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