めとり面
伊識
第1話
家の近くに閉店したお店がある。お店の前にアイスクリームのケースとガチャガチャが置いてあって、土しか入ってない植木鉢が二つ並んでる。
正面はドアも壁もガラスなのに、内側から紙が貼ってあるから、中がどうなってるか分からない。
何のお店だったかお母さんに訊いても分からないって言う。おばあちゃんに訊いてみたけど、おばあちゃんも分からないって言ってる。おばあちゃんよりおばあちゃんな人は知らないから、もっと前から閉店してたのかもしれない。
何のお店か知りたくて、お店の前を通る度、ガラスに顔をくっ付けて紙の隙間から中を覗いたりしてた。
床がコンクリートで、棚があって、写真立てが並んでる。かっこいい男の人と、かっこいいおじさんの写真。
写真に写ってる人は覗く度に違う恰好で、誰かがお店に入って変えてるみたい。でも正面はいつも閉まってるし、どこから入ってるんだろう。
お店と隣の建物の間に細い道があって、そこは入った事なかった。入ろうとしたらランドセルが引っ掛かっちゃって、でも知らない人に持ってかれるのが心配だったから、アイスクリームのケースの中に隠して道に入った。
お店の横には、上の方に窓があった。横長の窓で、少し開いてる。
窓の横にパイプがあって、壁に留める金具が付いてる。そこに足をかければ登れそう。
パイプを掴んで金具に左足を乗せて、右足で地面を蹴った。パイプの上の方を掴んで、金具に足を乗せて……何回かやると、窓に手が届いた。
窓に手のひらをべたってつけて、横に押して開けた。お店の中が見える。窓の下に棚があって、窓に身体を入れて棚の上に転がった。
「げほっ、げほっ」
咳が出て棚から落ちそうになって、変な落ち方をしないように棚から下りた。そしたらまた咳が出て、鼻の奥がツンってなって涙が出た。
ダダダダダッ──足音がこっちに向かってきた。怒ってるみたいで、慌てて別の棚の下に隠れた。
咳が酷くなって口を塞いだ。咳を我慢するともっと咳が出た。足音がどんどん近付いてくる。見つかっちゃう。
ダンッ、ダンッ、ダンッ!
怒ってる誰かが床を踏み付けて、隠れてる棚の横を通り過ぎた。
爪がすごく長くて、骨が浮いて枯れ木みたいな脚。すごく細いのに、ダンッ! って歩く度に棚が揺れて、びっくりして声が出そうになる。
その人は近くをうろうろしながら、時々立ち止まって周りを見回した。探してるんだ。
「げほっ」
咳が出たら怒ってる人の動きが止まって、ダダダダダッとこっちに駆け寄ってきた。視界が木彫りのお面みたいな顔でいっぱいになる。ニィッて笑って、
「いらっしゃぁい」
めとり面 伊識 @iroisigi
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