『可愛いは作れる』って、勘違いだったかも
uribou
第1話
――――――――――カトリーナ・ナイクルグノア公爵令嬢一〇歳は思う。
女の子の一番欲しいもの、それは『可愛い』という称賛です。
わたくしだって女の子。
しかも令嬢と言われる身分なのですから、『可愛い』とか『可憐だ』とか言われたい。
我ながら結構整った顔立ちだと思うのですが。
なのにどういうわけか、私は『可愛い』と言われないのです。
『賢い』『天才』『頭いい』と言われてしまう。
わたくしは一〇歳にして魔法の組み立てまで行えますので、客観的に考えて世人の言うことは正しいと思います。
いや、そういう考え方だと、わたくしが可愛いと言われないのもまた正しい?
わたくしは可愛くないジャンルの子ということになってしまうのでしょうか?
自分の認識と世人に評価に乖離がある?
『可愛い』と言われるためにはどうしたらいいのか。
難問ですね。
しかしわたくしは解決法を見出しました。
美容整形魔法です。
天才と呼ばれる私は知っています。
人間の身体は、細胞と呼ばれる小さな生きた組織の塊なのだということを。
骨も当然細胞でできています。
つまり骨の細胞を足したり引いたりできれば、骨格を変えることができるのです。
わからないですか?
人間の造形は、究極的には骨に肉と皮をくっつけた構造をしています。
つまり魔法で骨格を可愛く整形すればすなわち、表層も可愛くなるに違いありません。
わたくしは思いました。
可愛いは作れる、と。
おっと、まだわたくしは成長期ですね。
放っておいても骨が成長してしまいます。
コントロールが難しい。
いや、構いません。
美容整形魔法を確立するためには、難しいケースを経験した方がいいし、それが自分とあればやりがいもあります。
自分のことなら責任も取れる。
よし、わたくしはやってみせます!
◇
――――――――――五年後、第一王子タイレル視点。
カトリーナ・ナイクルグノア公爵令嬢は僕の婚約者だ。
ソーサリーワードの深奥を極めた魔道の天才で、おまけにもうビックリするくらいの美人で、『王国の至宝』って呼ばれている。
でもいつもむっつりした顔をしてるんだよなあ。
というか整い過ぎているから、そういう風に見えてしまうのか。
完璧淑女だからあまり感情を表に出さないということもあるんだろうな。
笑った顔を見たことがない。
せっかくの美人なのにもったいないと思う。
特に機嫌が悪いとか僕に不満があるとかじゃなくて、研究の成果に満足できないみたい。
カトリーナは美容整形魔法というのを研究しているんだって。
自分を実験台にしてるとは聞くけど、メッチャ美人だよ?
何がどう不満なのか、サッパリわからない。
天才のやることは僕みたいな凡人じゃ理解できないんだなあ、と思った。
今日は王宮でカトリーナとお茶会だ。
カトリーナは貴族学院に通っていない。
何故なら学ぶべきことがないから。
天才すごっ!
代わりに宮廷魔道士や聖女殿と魔道関係の研究をしたり、お妃教育に精を出したりしている。
「まあ、そんなことがありましたの」
カトリーナは学院の話を聞きたがる。
表情は変わらないけど、嬉しそうなのはわかる。
学院に通いたかったのかなあ?
幼い頃から天才だったカトリーナは、ほとんど同世代の令息令嬢との交流がなかったと聞いている。
本当に僕くらいじゃないかな?
同世代でカトリーナのちっちゃい頃を知っているのは。
何か申し訳ない気になる。
「……タイレル様はわたくしのこと、どうお思いになります?」
来た。
たまにこの質問をされるんだ。
やや上目遣いのカトリーナにぐっとくる。
でも答えるとカトリーナはしゅんとしてしまうんだよなあ。
多分カトリーナの求める答えじゃないから。
今回もまた間違った答えかもしれないけど、知恵熱が出るまで考えた答えをぶつけてみる。
「賢く美しいカトリーナは、僕のベストパートナーだと思ってる。この思いは永遠に変わらない」
「ありがとうございます」
ダメだ。
ありがとうって言ってるけど、やっぱりガッカリしてる。
天才の考えてることはわからないけど、僕は絶対に諦めない。
いつか必ずカトリーナの望む言葉をかけてあげたい。
――――――――――カトリーナ視点。
「賢く美しいカトリーナは、僕のベストパートナーだと思ってる。この思いは永遠に変わらない」
「ありがとうございます」
わかっていましたけど、やっぱり可愛いとは言っていただけないです。
ですよね。
小細工はしてみましたが、わたくし自身は何も変わっていないもの。
本当に難しい。
わたくしはどうやらやらかしてしまったらしいのです。
美容整形魔法を極めれば、簡単に『可愛い』『可憐』という言葉を浴びることができると思っていました。
しかし現実はどうか?
『美しい』『奇麗』と言われてしまうのです。
完全に計算外です。
どっちも褒め言葉なんだからいいじゃないか、と思う方もいらっしゃるかもしれません。
でも違うのです、求めていた答えと。
ステーキを欲していた時にフルーツを供されたような感覚、と言うと近いでしょうか?
わたくしは天才なんて呼ばれていますけれども、実はバカなんじゃないかと思うことがあります。
『可愛い』なんてよく耳にする言葉です。
どうしてわたくしは他人にそう言わせることができないのでしょう?
例えば聖女ハープ様などは、わたくしより年齢は二つ上のはずですが、本当に可愛いとしか言いようのない方なのです。
現にしょっちゅう可愛いと言われているのを聞きます。
奔放な立ち居振る舞いだからでしょうか?
いや、でも貴族の令嬢でも可愛い方はいらっしゃいますよね。
羨ましいです。
わたくしも可愛いと言われたいです。
鏡の中のわたくしは美しい。
ですが確かに可愛いとは言いづらい雰囲気があります。
何が違うのでしょう?
わからないです。
今日は聖女ハープ様が普段使いしている髪留めと同じものを身に着け、お茶会に臨んでみました。
しかしタイレル様に可愛いと言わせることはできませんでした。
わかっていました。
そんな小手先のことじゃないんですよね。
タイレル様が仰います。
「ごめんね。また違ったみたいだね」
「タイレル様……」
タイレル様は気付いておられます。
わたくしが何らかの言葉を欲していることを。
「愚かな僕を許して欲しい。いつか必ず君の求める答えを、僕は導き出してみせる!」
「タイレル様……」
愚かなんて。
タイレル様は王国の未来を担う素敵な方です。
わたくしなんかにはもったいない。
タイレル様は、わたくしの欲するものをよく理解してくださるのです。
同年代の令息令嬢と触れ合う機会が少ないせいで、理解できないものがあるのかと。
ですからわたくしは学院の話を聞きたいのです。
タイレル様はそうしたことをよく察してくださいます。
にも拘らず、わたくしはタイレル様に可愛いと言わせることができません。
わたくしは可愛くないんだと考えざるを得ないです。
心が沈みます。
ミシ……。
ん? 何か違和感が。
慌てて感知魔法の感度を上げます。
ゴゴゴゴゴオオオオオ!
バルコニーが崩れる!
「タイレル様っ!」
タイレル様を庇いますが、結界魔法を張るのが遅れました。
何をくだらない私事に捉われていたのでしょう。
一番重要な任務を疎かにするとはっ!
ぐうっ。
結界がクッションにはなりましたが……。
ああ、よかった。
タイレル様は無事のようです。
意識が薄れる……。
◇
――――――――――治療院にて。聖女ハープ視点。
「聖女様っ! 起きてください!」
「ん~もう一個だけ食べさせて……」
「何の夢を見ていらっしゃるのですかっ!」
いつものように昼寝をしていたら、慌てた様子の修道女が飛び込んできた。
何事?
「王宮で事故です! カトリーナ様がっ!」
「すぐ行く!」
他の癒し手じゃ手に負えないほどの重傷ということは理解した。
急いで治療室へ。
「お待たせ! 聖女のあたし参上!」
「せ、聖女殿! カトリーナが僕を庇って大ケガを!」
「聖女様。傷口は塞ぎましたが血を失い過ぎています。このままでは……」
「うん、任せろ。カトリーナちゃんは運があった」
昼寝の直後であたしの魔力は回復しているからね。
こーゆーことがあり得るから、あたしの昼寝は必要なのだ。
もう誰にも文句は言わせん。
「リザレクション!」
リザレクションは究極の回復魔法だ。
バカみたいに魔力を食うけど、内蔵が潰れようが首がちぎれようが手足を失おうが、元の姿のまま治せるやつ!
昼寝前だったら魔力が足りなくて発動条件を満たさなかったわ。
カトリーナちゃんが目を開ける。
「う、ううん……」
「カトリーナちゃん起きた? もう大丈夫だぞ」
「ハープ様?」
「そうそう、王宮で事故が起きたんだって?」
「うむ、バルコニーが老朽化していたらしくて崩れたのだ。カトリーナが僕を救ってくれた」
「申し訳ありません。もう少しわたくしが早く気付いていれば、タイレル様に傷を負わせることなどなかったものを」
「なあに、僕はかすり傷だ」
カトリーナちゃんはいつも感知魔法を起動してるって言ってたのにな?
「……確かにカトリーナちゃんが気付くの遅れるなんておかしいな。どしたん? てかカトリーナちゃん顔違くない? 可愛いぞ?」
「えっ、可愛い?」
「本当だ。今のカトリーナは可愛いな」
「あ、ありがとうございます!」
何だどうした?
カトリーナちゃんがこんなに嬉しそうなのは初めて見るな。
顔のトリックはわかった。
カトリーナちゃんお得意の美容整形魔法で変えてた骨格が、あたしのリザレクションで本来あるべき顔貌に戻ったんだろう。
カトリーナちゃんはメッチャ美人ってイメージだったけど、考えてみりゃまだ一五歳だしな。
元々可愛い顔なんじゃないか。
何で美容整形魔法なんか作って顔変えようと思ったんだろ?
わけがわからんけれども、カトリーナちゃんが可愛いと言われたいとゆーことは理解した。
「聖女のあたしが認定してやろう。カトリーナちゃんは可愛いわ」
「うむ、美しいカトリーナもいいが、今の可愛いカトリーナの方が、距離が近い感じがするな」
「ほらほら、殿下もこう言ってるじゃん。淑女教育だか何だか知らんけど、一五歳の女の子はニコニコしてた方が絶対に可愛いぞ?」
「聖女殿に賛成だ。僕は可愛いカトリーナが好きだ」
どーしたカトリーナちゃん。
そんな真っ赤な顔したところは見覚えがないんだけど。
――――――――――カトリーナ視点。
何と言うこと!
タイレル様も聖女ハープ様も可愛い可愛いと言ってくださる!
ああ、達成感があります。
でもタイレル様を危険に晒したのはわたくしの責任です。
事情を話しておかねば。
「……わたくしは幼い頃から可愛いと言われた記憶がなくて」
「「えっ?」」
タイレル様も聖女ハープ様もポカンとしていらっしゃる。
何のことか意味がわからないでしょう。
「可愛いと言われたくて、美容整形魔法の研究を始めたのです」
「何それ? 明後日の方向へぶっ飛ぶカトリーナちゃんすげえ。でも可愛いと言われたことないってあり得る?」
「いや、カトリーナの記憶に間違いがあるとは思えん。言われてみると僕も『美しい』とはしょっちゅう言っているが、『可愛い』と言った覚えはないな」
「何かわかるわ。カトリーナちゃん美人だったもんな。ちっちゃい頃に可愛いって言われなかった理由はわからんけど」
「カトリーナと初めて会ったのは、物心ついたばかりの頃だったと思う。昔から隙のないレディで神童と呼ばれていたから」
「マジか。そんなことある?」
言い換えれば可愛げのない女の子だったのでしょう。
「でも美容整形魔法の研究に舵を切るのは、女の子っぽい気がしてきたな」
「カトリーナが天才だからだ。可愛い天才だからだ」
「可愛いと言わせるのがライフワークみたいになってしまいまして。ハープ様はとても可愛らしくていらっしゃるでしょう?」
「あたしは天才的に可愛いから」
「今日はハープ様と同じ髪留めを着けてみたんです。可愛いのかなと思いまして」
「「そういえば……」」
髪留めは効果なかったみたいですけどね。
「タイレル様が可愛いと言ってくださるかなあと思って、わたくしとしたことが警戒が甘くなっておりました。結果としてタイレル様を危険に晒したことは、わたくしの責任です。申し訳ありませんでした」
「いやー、王子を守ったカトリーナちゃんに責任なんかありゃしないわ。気付きの遅早はあっても、バルコニーが崩れるなんて予想できんわ」
確かに感知魔法は魔力の揺らぎを感じ取るものです。
経年劣化による崩壊のようなことを察することは不得意ではあります。
「いや、僕が救われたのは可愛い可愛いカトリーナのおかげだ」
「おお、ここぞとばかりに殿下が可愛いを連発するな。空気の読める王子だこと」
タイレル様が微笑んでくださいます。
図らずもハープ様のリザレクションで元々の顔になり。
さらに大きな事故で淑女の仮面が剥がれた私を可愛いと。
素のままでいいというのは盲点でした。
「カトリーナが可愛いを欲していたとは、全然気付かなかった。僕の責任だ」
「タイレル様……」
「おいで、可愛いカトリーナ」
タイレル様が抱きしめてくださいます。
ああ、何と充実感があることか。
『ぐう』
「ラブシーンは他所でやっとくれと思ったら、先にお腹から不平が出ちゃったわ。リザレクション使うとお腹減るんだよな」
「すまんな、聖女殿。王宮に食事を招待したいところだが、今は崩落個所の検分の邪魔になると思う」
「じゃあ屋台の食べ歩きに行こうよ」
護衛が慌てていますけど、ハープ様とわたくしがいれば特に問題ないですね。
あ、ハープ様がウインクします。
下町デートを楽しめってことですね?
了解です。
お気遣いありがとうございます。
聖女ハープ様はこういうところまで含めて可愛いんですよね。
見習わないといけません。
わたくしもまだまだ可愛い道を突き進んでいかないと!
『可愛いは作れる』って、勘違いだったかも uribou @asobigokoro
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