第94話 Idol


大聖堂前には、新年参賀の信者が数万人の列を成して居る為に、王城に挟まれた練兵場から出立する事になった


「じゃ、ちょっと行って来るわね!」


 ペンティアムが巨大な魔方陣を展開すると、王城裏山上空に、亜空間ゲートが出現する


 人々は何事かと不安気に空を見上げるが、やがて黄金の龍に跨がった聖女ミカエラと、黒龍に乗った天使ミカエルと堕天使アシュタローテが大空高く舞い上がり、ゲートの向こうへと消えて行くと、一斉に聖印をきり跪くと聖句を唱える


 中には涙する者まで居た


 混乱を鎮める為に、大聖女ウリエラが大聖堂入り口に姿を現す


 上空に多数の天使と守護天使ウリエルが顕現し、ウリエラの聖魔法を補助する聖歌を奏でると、集まった群衆はたちまち静かさを取り戻し、ウリエラに続いて再び大聖堂の中へと歩み出した


 奇跡を体現する事で、人々の信仰心は更に増し、ペンティアムとウリエラの神格も上がり続ける


 聖歌隊が聖歌を奏でる中、祭壇へ戻ったウリエラは聖句を朗読する

 各国貴族まで虜にした、抑揚を着けた厳かな朗読は、自然と集まった群衆を静かに落ち着かせ、祝福の儀は粛々と続けられた


 (流石はウリエラね、大聖女の貫禄も見事だわ)

 ペンティアムは影からそっと覗くと、ミカエラ邸へ戻る


「お帰り~、ミカエラ達は無事に行ったのかしらね?」


「ええ、参拝者が騒ぎに成りかけたけど、ウリエラがすぐに鎮めてたわ」

「正月の参拝者って、何万人も居るんでしょ?

 凄いじゃない!」

 ペンティアムの説明を聞いて、ルシフェラが感心する


「自覚は無いかも知れないけど、あの娘もとっくに神の仲間入りしてるからね、まあその内、収まるべき所に収まるでしょ?」


 神の先輩としても、育ての親としても、ペンティアムは二人を見捨てる積もりなど無い


 人間も、宗教を信じる事で神に至る


 その事実を神々に見せ付ける事こそが、ペンティアムの目的だ

 世界の素を創り出したと思ったら、放ったらかしで散々女遊びに興じ続けた、碌でなしの父親に対する意趣返しでもある


 この世界に於いて、殆どの人類は女神を信仰している


「魔」を封じ、魔王を打ち倒し、人々に安寧をもたらした大司教と聖女の信じる女神様は、絶体正義として人種国境を超えて人類最大の宗派である


 そもそも宇宙が生まれた時に、知的生命体を発生させ、いつしか神を生み出す可能性を模索したのはペンティアムだ


 その当時、つがいだったルシフェラと共に苦労して造り上げた世界に直接介入出来る神は、彼女ただ一人だ


 もっとも、ルシフェラにしてみれば「面白そうだから」協力したに過ぎないが


 何千億年もかけて、ようやく安定した世界に、あろうことか神々は平気な顔をして介入しようとして来た


 その時点で、我慢出来なくなったルシフェラは創造神に反逆し、魔界を構築するに至ったのだ


 彼女を信望する数多くの天使を、堕天させ悪魔を産み出し魔物を創造した


 ペンティアムが止めるのも聞かず、最初のラグナロクを起こしたのである


 まだ人類が生まれるずっと以前の昔話だ


「ふう……」


 ペンティアムは一つため息を吐くと、ルシフェラの橫に座る


「何よ、ため息なんて吐いてると、老けるわよ?」


「……老けたわよね、お互いに」


「なっ、なにょ?」


あの娘ミカエラに託せるって事が、こんなにも幸せに感じるなんて思わなかった」


「は?あ、ああ……そうよね、お祖母ちゃんだものね?」


「初代魔王として、何か感想は?」


あの娘ミカエラを信じるだけよ」


 

 

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