最終章 夜明け

最終話 夜明け

「これは....」


 リュミエールの肉体は、灰となって、風に流された。


「オーブ。最後、お前の方を見ていなかったか?」

 リーデルは、俺に問いかけた。


 それに俺は、頷いて答える。

「ああ、最後目があった気がする。俺の能力は危ない....か」


「何か、心当たりはあるか?」


「いや、特にこれと言って......」


「奴は最後に使うなと言ったんだ。どうせ、オーブの能力を使われると、相手にとって都合悪りぃってことじゃないか?」

 アレクシスは、髪をボリボリと掻きながら、間に入る。


 うーん、とリーデルは唸る。

 何か引っ掛かっているようだ。


 そんなリーデルを他所目に、アレクシスは、人一倍明るい笑顔で俺の肩を叩いた。

「そんなことより! オーブ、お前すげえよ! 最後の力は何なんだ?」


「ほんとだよ! 生きてるだけでも感動しちゃったのに、めちゃくちゃ強くなっちゃって!」

 ユミもアレクシスに続いた。



「はは、どこから説明すればいいのか....」


 いろいろあった。本当に。

 命からがら、聖霊族のみんなに助けてもらって。

 それから、みんなに認めてもらって。

 復讐を誓って。

 この日のために、毎日努力して。


 ラージュ姉さんに再会して。


 そして、今日、まさか家族に再会できた。


 本当に――。

 ――本当に、頑張ってきて良かった.....!



「ほんとに、オーブにはいろいろと説明してもらわないといけないわよねぇ〜?」

 ユミは、口を引き攣らせて言った。

 無理やりに作った笑顔だ。


 ユミは、リエルと肩を組む。


「この子は、オーブとどういう関係なの〜?」


「え、わ、私は――」



「あぁ、リエルとルクも、みんなに紹介しないといけないと思っていたんだ。」


「ええ、しっかりとしてもらうわよ?」


 より一層、ユミの笑顔は邪悪さを増していた。


「は、ははは......」


 リエルも、引き攣った笑顔で返す。




「少し、よろしいですかな?」

 セバスは、話を本題へ戻す。


「どうした、セバス? 何か心当たりがあるのか?」


「はい、リーデル様。オーブおぼっちゃまが使った技は、見覚えがございます。」



 ユミのおかげで和やかだった場の雰囲気が、ガラリと変わる。


 オーブの力の謎は、誰もが知りたいと本心では思っていた。

 だが、迂闊に聞いて、知ってしまって良いものかは、誰しもが考えていた。


 それは、あれだけの力を見せつけたのだ。

 その力の秘密、源、代償。ないはずがない、そう考えていたのだ。


 その謎に、いきなり急接近したのだ。


 その場にいた、皆がセバスの言葉に息を飲む。




「国王様。おぼっちゃまの父君、ジャンティ・フォン・グラン様が、使われていた能力ちからに酷似しております。」




「――え? お父様と......」



「左様でございます。国王様は、戦う前に必ず、胸の前で手を合わせて祈っておられました。そして、おぼっちゃまと同じように、淡い光を纏って戦っておられました。」



 聖霊魔法の発動条件、それは”祈り”であり”想い”だ。

 俺は、胸の前で手を合わせることで、みんなの想いを集中させて、力に変えていた。


 ――まさか、お父様も、同じ力を使っていたなんて.....。



「ただ、私も国王様がこの能力ちからを使われているところを一度しか見たことがありません。年寄りの勘違いということも否定できませぬ。」


「いや」

 リーデルは、勢いよくセバスの言葉を否定する。


「セバスの言うことが正しければ、リュミエールの言ったことにも納得がいく。」


「どういうこと、兄さん」


「父上、グラン国王は、世界最強の男と言われていた......らしい。昔、母上がよく話していた。グラン王国は、魔族領に隣接した、人間の国の中で最も危険な国だ。だが、そんな危険なところに国を作ったのは、父上がとても強く、人間を守るためだと。」


 リーデルは、俯き、少しも言葉を詰まらせることなく、話を続けた。


「だから、俺たち子供や民は、国王である父が必ず守るから、安心して暮らせと」


 兄弟は、みんな俯いていた。

 その話は、聞いたことがなかった。


 だが、信じることができる。

 10年近く経った今でさえ、鮮明に思い出せるのだ。


 お母様が下からそっと支えるような声で、お父様が包み込むような優しさで話す姿を。



「今のところは、セバスのいうことを信じるしかない。」

 リーデルは、俺の方へ向き直って、肩にそっと手を乗せた。


「オーブ。お前は、もっと強くなれるということだ」


「ありがとう、俺頑張るよ.....!」


 リーデルだけじゃない。

 俺は、この場にいる全員に言った。誓った。



「リーデル様、そろそろ向かった方がいいんじゃない?」

 ユミは、リーデルに言った。


「そうだな、夜明けも近い。オーブ、ルク君、リエル君、君たちも付いてきてくれないか」



「え?」







◆◆◆








 それから、馬に乗って1時間程度、森に向かって走った。


 こう見てみると、リーデルが連れて攻め込んできた人数は200から300人程度だった。

 黄金の戦士との戦いで減ったのかもしれないと思ったが、みんなの表情から、それは読み取れなかった。



「着いたぞ。」

 馬を止めた。



「ここは.....」


 見覚えのある場所。


 帰りたかった場所。




「俺たちの国.....」


「そう、故郷グラン王国だ。」


 リーデルは、街の広場の方まで歩みを進める。



 街の風景は、未だに残っている。

 だが、多くの建物は、壁に穴が空き、屋根がないものが多い。


 子供用のおもちゃが道端に捨てられ、朽ち果てているのを見ると心が痛む。



「あの時のままなんだ――」


「そう。あの時のままだ。」


 なぜ、リーデルはここへ俺たちを連れてきたのだろう。

 こんなの、傷を蒸し返すだけじゃないか。


 やっとの想いで、【神託会議】オラクル・サークルの1人、光の使徒を倒せたっていうのに。

 まだまだ、復讐の炎は燃やし続けないといけないってことを言いたいのか。



「オーブ、こっちへ。」


 リーデルに連れられて、広場に面した家に入る。

 その家もボロボロだ。

 もう人が住むことは不可能だろう。


 だが、2階に続く階段があった。


「こっちだ。」

 そう言って、リーデルは慣れた様子で階段を登る。


 どこへ向かうというのか。

 外から見た様子じゃ、屋根もなかったように思えたのに。




「オーブ。あの時から、俺たちは、時が止まったままだった。」





「今、俺たちの時計は進み出した! お前という最後のピースを手に入れて。」



「え?」



「見ろ!」


 階段を登ると、2階部分は壁が一面なく、屋上のようになっていた。



 そこには、一面、人で覆い尽くされた広場が広がっていた。



『オーブ、おかえり!』


『おかえり!!』


『オーブおぼっちゃま、ありがとう!!』


 広場には、文字が書かれた旗が靡いており、俺を迎え入れる声が響いていた。


 広場にいる人たちは、知らない顔じゃない。

 みんなが懐かしい顔ぶれだった。


 ――グラン王国のみんなだ。


 執事、メイドのみんな。

 よく遊んでくれた民のみんなだ。



「おーい、オーブおぼちゃん!」

「あ、酒屋のおじさん!」


「生きててくれてありがとう!!」

 酒屋のおじさんは、泣きじゃくり、言葉になっていない声を出す。

 だが、何を言っているのか、不思議と分かった。


「すまねぇ、俺たち大人がこの街を守らなきゃならねぇのによぉ.....!」


 その姿に、また涙が溢れ出る。

 


「兄さん....」

「この景色は、父上が残したものだ。」


「え?」

「父上は攻め込まれることを分かっていたのだろうな。民や家族の逃走経路を完璧に準備していた。おかげで民のほとんどが死なずに済んだ。」


「そんなの――」

「だが、全員が生き残ったわけじゃない。民の中でも逃げ遅れた者はいる。それに、父上と母上、魔族に連れ去られたエトワールも、もういない。」



「エトワール兄さんが、魔族に連れ去られた.....?」

「もう生きている可能性は低い。その事実を受け止められず、塞ぎ込んでしまっていた人たちは大勢いたんだ。」



 エトワール兄さんは、俺たち兄弟の次男。

 全てに秀でており、兄弟一の天才と言われていた。


 だが、俺が感傷に浸る間もなく、リーデルは続ける。



「だけど、そんな時、お前のおかげでみんなに希望の炎が灯ったんだよ。生きる希望だ。死んだと思っていたお前が生きていたんだ。ラージュが嬉しそうにみんなに言い回ったのを覚えている。」


「それから俺たちは、準備を始めた。オーブの加勢に行けるように。希望の炎を絶やさないように。」




「そうだったのか」




「あぁ、そうだ。長かった夜が、やっと今明けようとしている。」


 リーデルは、正面を向いた。

 もうすでに、日が昇っていた。


 その朝日が眩しかった。

 だが、そこから目を逸らさない。


 リーデルも、真正面から朝日を睨みつけた。





「ここから始まるんだ、俺たちの物語は――!」






=====

いつもご愛読いただきありがとうございます!

この話をもって、いったんの完結(仮)となります。


この続きの話とかは、明日あとがきを投稿する予定なので、そちらもご覧くださいー!

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