小5の幼馴染に告られたのできっぱりと振ったけど諦めてくれなかった話

四谷入り

第1話

「コウちゃん、好きです。つきあってください!」


 休日の昼下がり、公園にて。俺、一幡コウいちはた こうは人生初の告白を受けていた。

 その年にしては随分と洒落たワンピースに、きちんと整えられた黒い髪の毛……背は、俺より30cmくらい低いくらいの女の子に。

 ――俺が五歳の頃に生まれた、幼馴染の女の子、如月エマきさらぎ えまに。


「もしかして、本気?」


 俺は分かっているのに訊いた。エマは顔を赤くしたまま頷いた。


「返事……」


 エマは返事を急かしてくる。

 ……どうするべきだろうか。もしエマがオレと同じ高校一年生の幼馴染であれば、ここできっぱりと振ることにも抵抗はなかった。

 しかし、相手は小学五年生。五つも年下の幼女――というには若干発育が良い――である。

 ここで振ったら、絶対に傷つけてしまう。でも、俺はエマと付き合う気なんてさらさらない。

 いや、高校生が小学生と付き合うだなんておかしいだろう。


「エマ」


 俺は申し訳なさそうな顔を作って目の前の女の子の名前を呼ぶ。エマは少し悲しそうな顔をしたけれど、仕方ない。


「ごめん。エマとは付き合えない」


 俺ははっきりとそう言った。


「っ……そっか」


 分かっていた――と言いたげな顔だが、分かっていてもショックは隠せないようだ。体は少し震えていて、目には涙を溜めていた。


「わ、わたし、ごめんなさい……!」


 そして、エマはこの場を去った。


「……はぁ」


 まさか、人生初の告白を断ることになるとは思わなかった。

 俺は自分が少し傷付いていることに気付き、思わずため息をついた。傷付くのは俺じゃない。

 正直、呼び出された時から察してはいた。エマが俺に気があることは知っていたので、すぐに分かってしまった。だから、心の準備は出来ているつもりだった。しかし……人の好意を拒否するというのは、こんなにも辛いものだったのか。


 ■■■


 告白を受けて数日が経ったある日、エマが家にやってきた。

 両親が旅行に行ったからしばらく俺の家で預かって――という事らしい。ふざけている。

 小学生の娘を放って旅行に出かけるなんて、親としてはあまり良くないのではないかと突っ込みたくもなるが、如月家ではこれが日常茶飯事だ。

 なお、エマの姉、如月有栖きさらぎ ありすは両親がいない隙に非行に走っているらしい。まぁ、親に隠そうとしている時点で幾分かマシだろう。

 まぁ、それはともかくとして……気まずい。

 ひとつ屋根の下に告白をした女と振った男が居るのだ。気まずいに決まっている。

 しかも最悪なことに、俺とエマは同じ部屋だ。


「エマ、なんか飲むか?」


「……」


 このように、話しかけても返事が帰ってこない。気持ちは分かるが、俺達は同じ部屋なのだ。このまま気まずいままでいるのはとてつもなく過ごしづらい。

 俺は慎重に訊いた。


「……麦茶で良いか?」


「……」


 エマは無言で頷いた。

 俺は部屋を出て、一度深呼吸をする。どうするべきか。本当にどうするべきだろうか。

 一階のキッチンに降りて、冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出しながら、俺は必死に考えていた。コップを二個用意して、氷を入れて、麦茶を注ぐ。そして、何も思い浮かばなかった。

 そもそも俺は対人関係について全くの初心者である。こういう状況の対処法なんて知ったこっちゃない。


「……はぁ」


 思わずため息をつく。このままじゃ良くないし、この状況を変えるには年上の俺が動かなければならないことは自分でも理解している。

 相手は小学五年生……俺が言う事でもないが、まだガキだ。

 だが、返事が帰ってこないことにはどうすることもできない。

 ――ごちゃごちゃ悩んでも仕方ないか。これ以上考えていたら氷が溶けてしまう。部屋に戻ってから考えよう。

 そう思った俺はペットボトルを冷蔵庫にしまい、コップを持って二階の自分の部屋に向かった。


「持ってきたぞ」


 そう言って、ノックもせずにドアを開けた。


「……コウちゃん」


「エマ、どうし……」


 俺は何かあったのかと部屋全体を見渡す。部屋の真ん中に丸テーブルが、端っこに勉強机、その隣に本棚、そこから少し空間を開けてベッド。ベッドの頭には時計やらなんやらが乱雑に置かれており、その隣にクローゼット、ストーブ、扇風機が並んでいる。エアコンはない。

 エマは丸テーブルを前にして、ドア向きに座っている。

 そして、丸テーブルの上にあったのは――


「……あっ」


「……コウちゃんって、こういうのが好きなんだ」


 まるでゴミを見るような目をしたエマがこちらを睨む。

 そう。テーブルの上にあったのは、ずばりエロ本だ。失敗した。

 エマは顔を赤らめながら、テーブルの上の本を指差す。


「ど、どうやって見つけたんだ」


「ベッドの下。定番だよね」


 声も妙に刺々しい。いや、全然妙では無いのだが。

 前みたいにもっとひらがなっぽく話してくれ……俺の精神が崩壊しそうだ。


「なんで……」


「何か弱みを握ろうとおもって。別に、え……こういう本じゃなくても、なんか、危ないやつとか、隠してるかなって」


 小学生とは思えないような発言がエマの口からこぼれる。


「弱みって、それはどうしてだ」


「わたしの、人生ではじめての告白。コウちゃん、断ったじゃない」


「はぁ……」


「初めから分かってたことだったけれど……でも、屈辱的だったわ」


 ……最近の小学生は凄いな。


「だから、わたし、こうすることにしたの」


「こうするって、どんな」


 俺は恐る恐る訊いた。

 エマはにやりと悪い笑みを浮かべて、言った。


「『きせいじじつ』を作ることにしたの」

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