第12話先の通り貴方を訴えます。

「もう、遅いです。カスケード侯爵閣下」

「分かっている。一生かけて償うから許してくれ。君を一生守りたいと思っている事に嘘はないんだ」


 ミゲルは何を言っているのだろう。

 今まで私を1番傷つけてきたのは彼だ。

 私は私を傷つける彼から離れる為に、離婚したいのだ。


 私は彼の拘束から必死に逃れようとするが、彼は腕の力を強めてきた。

 もう、股間を蹴って立ち去ろうと思ったところに甲高い声がした。


「ミゲルー! 私、本当に妊娠していたみたい。なんと、妊娠5ヶ月だって」

 手を振りながら小走りに近づいてくるエミリアの声に、私は思わず苦笑いが漏れた。


「エミリア様、おめでとうございます。安定期に入ったとは言え、油断は禁物です。ゆっくり歩いてください、大切なカスケード侯爵家の跡取りですから」

 ミゲルの拘束が緩まり、私は彼の腕から抜け出ることに成功した。


「エミリア、その子は本当に俺の子か?」

「酷い事言うのね。当たり前じゃない」

 2人が言い合いをしている隙に私は侯爵邸に戻り、荷物を纏める事にした。

 

 私が荷物を纏めて邸宅を出ようとしたところで、入り口にミゲルが立ち塞がる。


「俺の子供じゃない。気をつけてたんだ⋯⋯妊娠なんてする訳がない。もう、エミリアをこのカスケード侯爵邸には近づけさせない。彼女とは別れるよ」


「彼女と結構、長い付き合いだったのですね。あのような女性の方がカスケード侯爵閣下にはお似合いだと思いますわ」


 エミリアは派手で、色気があり私とは真逆のタイプの女性だ。


 てっきり彼女の押しが強くて家に招いただけだと思っていたのに、その関係が半年近く続いているものとは思わなかった。

 8年間、浮気ばかりしていた彼に対して、私自身既に興味をなくしていたのだ。

 だから、彼が外泊をしようと「どうせ女のところだろう」と特に調べたり尋ねたりもしなかった。


 とっくに彼に対する私の気持ちは冷めていた。

 

「あと5ヶ月待ってくれないか? エミリアの腹の子が俺の子ではないと証明できるはずだ。愛しているのは君だけなんだ。マレンマ⋯⋯」


 ミゲルの声は震えていて、目は潤み涙が頬を伝っていた。

 私は彼が泣くのを初めて見た。


 全く心が動かされないどころか、嫌悪感が込み上げて来た。

 私は彼に侮辱されては、よく部屋に篭って泣いていた。

 

 おそらく何リットルもの涙を流して来たと思う。


「カスケード侯爵閣下、勘違いしないでください。そもそも、他の女に触れた手で触れらるのさえ気持ち悪いのです。穢らわしい。2度と私の名を馴れ馴れしく呼ばないでください」


 引け目があって、ずっと言えなかった本音を彼に伝える。

 彼が最初に浮気した時点で、とっくに私たちは終わっていた。

 

「もう、絶対、君以外を抱かないよ。マレンマ、お願いだ。行かないでくれ」


「私の話を聞いてましたか? なんで自分の所有物のように、未だに私があなたに抱かれると思えるのですか? 結婚しているのに浮気するなんて、理性を持った人間のする事とは思えませんわ。あなたは獣です。獣姦はごめんなので、失礼致しますわ」


 私の強い物言いにミゲルは驚きのあまり涙が止まってしまったようだ。

 控えめで地味なマレンマは、きっと泣いて謝れば許してくれると思われていた。

 しかし、前世の記憶が蘇ったら、徹底的に彼を論破したくなった。


控えめでもなく、言い合いだったら絶対に負けない、可愛げのない女が私だ。

 だから私を一生守りたいなどと本気で思う男は未来永劫現れないし、結婚に向いてないから1人で生きていく財産を確保しようとするのは当然のことだ。


 (金にがめつい? 当たり前じゃない、お金がないと生きていけないのだから)


「マレンマ、最後のお願いだ。カスケード侯爵などど他人行儀ではなく、俺の名前を呼んでくれないか? 君の声で俺の名前を呼んで欲しい!」


「カスケード侯爵閣下、1週間以内に離婚を受け入れて頂けなければ、先の通り貴方を訴えます」


 私は振り返ることなく、纏めた荷物を持って侯爵邸を出た。

 自分のお願いが当然受け入れられると考えているミゲルに腹がたつ。


 最初の浮気の時に確かに私は「裏切るような真似はやめて」と懇願したはずだ。その私の願いを8年無視し続けたのは間違いなく彼自身だ。

 

 男を見る目がなかった自分に腹がたつ。

 私のことを舐めている男に尽くしていた自分が情けない。


 涙が頬を伝っていく。

 8年もの時を無駄にした。

 悔しくて堪らない。


 おそらくミゲルは離婚を受け入れるだろう。

 私に訴えられ見せしめになる選択をする程馬鹿ではないし、もう私たちの関係の行先は別れしかないと気がついているはずだ。

 

 涙で滲む風景に、皇家の馬車が止まっていて麗しい王子様が立っていた。

(皇太子なのだから間違いなく、王子様ね⋯⋯)


「アラン皇太子殿下、どうしてここに⋯⋯」

「マレンマ、そなたが泣いている気がして⋯⋯」


 彼が私のことをそっと抱きしめる、彼からは爽やかで柔らかい香りがした。

 私は思わずその香りに身を委ねるように彼の胸に顔を埋めた。


 なぜか、9年前、両親の葬儀でミゲルが私にプロポーズした時のことを思い出した。

 あの時は彼の香りに安心して、涙が溢れたのにどうして上手く行かなくなったのだろう。

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