最終第6章 ペチュニアの花は夜空の星々のように

第50話 ガールズトーク その3 遭遇

 駅構内は家族連れ、若者で賑わっていた――

 明河高校最寄り駅から西に一駅、大型ショッピングモールが隣接する当駅は日曜朝十時であったが大いに混雑していた。そんな賑わう駅構内では待ち合わせをしている利用客も多く、その中には明河生の姿もあった。今、駅一階右奥にあるコンビニの壁際にいる三人の女子も明河高校の生徒である。

 壁にもたれ掛かる二人のうち一人は緩くウエーブがかった髪に、白のクロップドブラウスとデニムのスキニーパンツ。もう一人はミディアムショートの髪に上はロングカーディガンと黒のチューブトップで、下はミニのデニムスカート。そして髪をサイドポニーに束ねた少女はモスグリーンのサロペットパンツ姿でヤンキー座りをしていた。

 三人のJKは横並びで手に持った携帯電話をずっと見ていたが、左端にいるへそ出しブラウス姿の田所晶がダルそうに話し始める。


「遅いねー」

「仕方ないんじゃない、昨日けっこう怒ってたし」

 隣の黒木彩が携帯電話を見ながら返した。

「そう? 意外にあっさりじゃなかった。もっとマジギレされると思ったけど」

「だよねー! 先にヤっちゃった割には結構すんなりだったよねー」

 田所の言葉に桜井寿莉奈が同意するのだが……


「いや! ヤってないから!」

「軽く抱き付いただけだから!」

 黒木と田所が同時にヤンキー座りをする桜井にツッコミを入れる。

 だが、桜井が立ち上がると、二人に悪い顔をした。


「イヤイヤ、あんた達も、ただ抱き付いただけではなかろう!」

 黒木と田所も、痛いところを突かれ、徐々に本音を漏らし始める。


「確かに……イイ匂いだったよね、王子」

「そうね……赤ちゃんみたいなイイ匂い」

「まーあっしは匂いだけで妊娠したけどね!」

「キャハァハァハァハァハァ」と大爆笑する二人。

 そして田所が「じゃー私は母乳――」と言い掛けたところで――

「母乳がなに!」と声を掛かられ、田所は「げっ」となった。


 見ると目の前に鳴海芽郁が仁王立ちし、鋭い視線を此方に向けている。田所だけでなくその隣の黒木も突然の鳴海の登場にビクりとなったが……二人は鳴海の着ているシャツを見てさらに仰天する。


((えっ!! なに!? そののシャツ)!!)

 鳴海の黒いシャツの胸部分にはリアルな虎の顔がでかでかとプリントされていた。


「朝から人の顔見て『げっ』はないでしょ!」

「えっいやー……ゴメン、最近ちょっとツワリが酷くて……」

 アニマル柄のシャツの影響か田所のボケにも切れがない。そのため鳴海からは「なにそれ」の一言で冷たくあしらわれる。このまま微妙な空気になりそうなところであったが黒木が「とりあえず、どこから見て回る?」と話題を変え、桜井が「コスメ!」と能天気に答えると雰囲気も多少マシになった。

 そして「じゃー行っくよー!」と御機嫌に桜井が歩き出すと黒木、鳴海もそれに続き、その後を田所が付いて行ったのだが、前のシャツのバックプリントを見て――


(ここにもタイガー!!)

 田所が一人ツッコミを入れた。


 ガラス張りの駅一階エントランスを出て四人はショッピングモールへ。

 依然、桜井が両手を大きく振り先頭を歩いていたのだが、突然、彼女が立ち止まり「隠れて!」と言うと自身も近くの路上看板の後ろに隠れた。

 当然、残りの三人は意味が分からず『はっ?』という顔をする。

「バレるから早く!」と、さらに急かされ、仕方なく黒木達も同じ看板の後ろに隠れた。

 そして――

「あそこ!」

 おもむろに桜井が指を差すと、黒木達も看板から顔を出して、そちらを見た。


「えっ!? あれって王子と下僕じゃん!」

 田所がそう言って凝視したのは三軒先の店先で商品を見ている二人の人物。言うまでもなく、王子とは神山で下僕とは想真の事である。


「ヘー偶然だね」

「いや、そこじゃなくて店の方が問題でしょ!」

 呑気な田所に黒木がツッコミを入れる。


「花屋……あっそっか!!」

「あれは確実に女絡みだね!」

 またも桜井が悪い顔をした。

 三人のやり取りを側で聞いていた鳴海の表情は徐々に険しくなっていく。

 その後も四人は看板の後に隠れ同じクラスの男子二人の様子を窺っていたが、急に桜井が「ん!」と唸り、またも悪い顔をする。そしてひょこっと立ち上がり、トコトコと前への方へと歩いて行く。黒木達も何処へ行くのかと怪訝な顔で見ていたのだが、桜井は一つ前の看板まで歩いて行くと、同じ様に隠れている三人の人物のうち一人の肩をポンポンとした。


「えっ!?」

 小さく声を漏らしたのはブルーのワンピースを着た黒髪の美少女。驚く美少女に、桜井はニコリと笑顔で返した。

 同時に――

「想ちゃん、どうかした?」

 花屋の前の想真も何かを感じ取ったのか一瞬、駅の方を向いたが、特に変わった様子もなく、「いや……何でも……」と神山に返し、二人は揃って店の中へ入って行った。

 神山と想真が店に消えると各看板から女子達が出て来て、女子二グループが合流。 七人は少し駅の方へ戻り、そこで急遽、女子ミーティングの開催となった。

 まず始めに声を掛けたのは黒木彩。


「同じクラスの三善さんと小島さんだよね」

「「おはようございます」」

 同じクラスだがあまり交流の無かった三善咲と小島深月が敬語で返し、黒木も敬語で挨拶する。

 次に黒木が三善の隣に立つ女子の方を見る。


「えーと……」

「四組の小暮さんだよ」

「えっ! 名前、覚えていてくれたんだ!」

 すかさず小暮舞子を紹介したのは意外にも鳴海芽郁。

 小暮は笑顔を向け、その鳴海は球技大会の実行委員で一緒だった事を皆に説明し、さらに小暮には黒木達を紹介した。これで各自名前が分かり、ようやく本題へ。

 二グループの女子達は、それぞれモールに来た理由をショッピングとケーキバイキングである事を相手方に伝える。ただ、なぜ看板の後に隠れて神山達を見ていたかについては、互いに分かった様な、分からない様な曖昧な説明をした。


「で、これからどうする?」

 それぞれの状況が分かり、改めて黒木が尋ねた、その直後――

「ヤバい! こっちに戻って来た」

 近くの看板から様子を窺っていた桜井が、皆に知らせる。

 これを聞いた女子達は慌てて駅まで戻り、ガラス張りの構内へ逃げ込んだ。

 そして女子七人が柱の陰に隠れ外の様子を窺っていると、花束を抱えた制服姿の神山と私服の想真が前の歩道を歩いて行く。通り過ぎるのを待って女子七人は気付かれない様に駅エントランスを出て、二人の跡を追跡する。

 跡をつけ始めて一分少々、男子二人の行き先は判明した。

 ――それはバス停。

 そこには既にバスが二台停車しており、神山達は後ろのバスに乗り込んで行った。

 これに焦ったのが女子達。ここまで神山達の跡をつけて来たのは殆どの者が軽いノリとちょっとした好奇心。だが別の場所に移動するとなると話は変わってくる。そもそも今日此処に来たのは、神山達の追跡ではなく鳴海達はショッピングで三善達はケーキを食べに来ただけだ。

 この状況にまたしても黒木が口を開く。

「本当にどうするの! これから?」

 そう周りに尋ねたのだが、なぜだか二人ほど人数が足りない。

「えっ?」となり辺りを探すと鳴海は右側のタクシー乗り場でちょうどタクシーに乗り込もうとしている最中であり、さらに小島に至っては、もう一台の方に乗り込んで、後部座席に座っていた。

「マジで!?」

 黒木が呆れ――

「あんた! ケーキ! どうすんのよ!!」

 小暮が叫んだ。


 困惑する黒木達をよそに、神山達を乗せたバスがゆっくりと動き始める。

 仕方なく残りの女子達もタクシーに分かれて乗り込んだ。

 そして最後に小暮がタクシーの助手席に乗り込んだ直後、前のタクシーが走り出す。

 この状況に小暮の脳裏に、ある台詞が浮かぶ。

「前のタク――」まで言い掛けたが……

「前のタクシー追い掛けて下さい……」

 一度は言ってみたかったお約束の台詞を、すかさず小島に取られてしまう。

 これに小暮はゆっくりと振り返り、後ろをじろりと見る。

 だが、おいしい台詞を言って満足したのか、もう小島は窓の外を眺めていた。


 そんな二人のやり取りを後部座席に座る三善咲がクスクスと笑いながら見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る