第3章 橘碧依は語る

第28話 橘碧依 その1

 リビングで寄り添う二人。その足元では、ブサイク犬が「ハァッハァッ」と舌を出しながら、二人を見上げていた。


「……って、あのユウレイ?」


 想真は真剣な表情で、念を押す様に彼女の両肩に手を置く。


「えっ〝ゆうれい〟って他に何かある?」


「いや、そのー……幽霊……ゴーストってことだよね?」


「英語で言えば、確かに……そうだね。そっかぁー……私……ゴーストなんだぁ……」


 そう呟くと、彼女はゆっくりと視線を落とし、何かを噛み締める様に少し悲しげな表情を見せた。

 そんな彼女を、想真は唖然とした表情で見詰める。

 突然、『自分は幽霊である』と言われれば、このような反応になるのも無理はない。初めは彼女のあり得ない発言を、自分の聞き間違いか、それとも別の意味か、はたまた冗談かと思い聞き直してみたが、彼女は本気で自分を幽霊だと思っている様子……

 彼を唖然とさせたのは、その発言もさることながら、自分を幽霊だと信じている彼女自身に対してでもあった。

 勿論、想真は、彼女が幽霊であるなどとは思ってはいない。今、彼女の両肩に手を置いている彼からすれば、『触れられる幽霊なんているのかよ……』という思いである。

 だが……その一方で、彼女が語ったもう一つの事柄――『自分は橘碧依である』という事に関しては、違う印象を受けた。

 結論から言えば、此方も幽霊発言同様、有り得ない事だと思うのだが、それを即座に否定できない自分もいるのである。それは、昨日から彼女の言動を間近で見聞きし、また彼女の事を思い出そうと小学校時代の懐かしい思い出を、思い出せば思い出す程、彼女と橘碧依とが重なったからである。


 想真自身も、彼女が橘碧依ではないかと思う程に……。


 さらに重なったものは、それだけではない……目の前に居る彼女の姿。

 パッチリとした二重の目元、スッキリとした鼻筋、若干丸みを帯びた頬のライン、そしてぷっくりとした唇、どれも、橘碧依の特徴である。

 昨日はただ、ぼんやりと彼女の姿を見ているだけであったが、彼女の助言に従い今日はによって、それに気付いた。

 目の前に居る彼女は、本当に橘碧依とよく似ているのだ。


 そんな彼女の姿を見詰めるうち、想真はふと、昔見たある場面を思い出した……。

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