第25話 三善咲という美少女
「はーぁ……」
寝不足の顔を鏡で確認し、大きく溜め息を吐く想真。
その後、背中を丸めトイレから出ようとしたのだが、トイレの前でイケメンと鉢合わせする。「おう!」と声を掛け、道を譲ろうとしたのだが、イケメンはトイレには入らない。想真は不思議そうにイケメンを見る――
「えっ! もしかして俺待ち?」
戸惑いながら、そう尋ねると、目の前に立つ神山はゆっくりと頷いた。
「――で、何か話?」
教室に向かいながら、隣を歩く神山に改めて声を掛ける。
「いや、話があったのは想ちゃんでしょう」
「………………あっ」
神山は知っていた――想真が少しおかしい事は……朝、寝不足の顔で声を掛けて来た時から。休み時間はいつもと変わらない様子で杉本と今井とで盛り上がっていたが、授業中、少し気になり窓側を見ると想真の表情は見る度に違っていた。物憂げな表情の時もあれば、少し嬉しそうな時もある、そうかと思えば、何か悲しそうに窓の外を眺めている時もあった。幼稚園以来、ずっと一緒の神山からすれば想真が何か悩んでいるだろうと言う事は直ぐに分かった。
「――話って?」
教室に戻って来たところで、今度は神山が想真に尋ねる。
「いや、まー……大した事じゃー……」
そう言いながら想真は頭を掻いた。
「そうなの?」
「なんで……また、今度にするわ」
神山は分かっていた――本当は結構、重要な話で、実は今すぐにでも話したい事を、だが神山はそれをおくびにも出さず優しい表情を想真に向ける。
「分かった。想ちゃんが、それでイイなら――また、いつでも声掛けてよ」
「ホント、悪い……気を遣わせて――」
想真の席の前で、親友同士が向かい合う中、それは突然――
「あの……宜しいですか?」
ちょうど二人の話が終わったところで、不意に声が掛かり、想真と神山は同時に声の方に顔を向けた。
そこには髪の長い女子生徒が一人立っていた。
「少し、お話があるのですが――」
凛とした表情でそう言って来たのは、三善咲。
彼女は神山、想真の順で二人を正視する。
『あーそういう事ね……』想真はこの状況を直ぐに理解する。彼からすれば小学校時代から、見慣れた光景、何度も経験したシチュエーションであった。
想真は気を利かせるように「じゃー俺は、これで――」と一言、言って二人に背を向け歩き出す。
「あの……伊達君に、お話があるのですが――」
「「「「「「「えー!!!!!!!」」」」」」」
予想外の三善の言葉に、想真の身体はビクンと跳ね、周囲のクラスメイト達は教室中に響く程の声を上げた。周りの生徒達は三善が神山に声を掛けた時から、無関心を装いながら、耳だけはゾウさんの耳で彼等の会話を盗み聞きしていたのである。だが、三善の目的が想真だと分かり、今は驚愕のあまり全員が三善をガン見している。 もちろん一番、驚いた表情で三善を見ているのは当然、想真であるのだが……。
この状況に三善は周囲を見渡し、コホンと咳払いを一つする。
「…………と思ったのですが、今は落ち着いて、お話も出来そうもありませんので……後で少し時間を頂いても宜しいですか?」
三善は淡々とした口調で想真にそう告げる。
「そっ……そうですね。じゃあ、昼休みで……」
三善とは対照的に上ずった声で想真は返した。
「分かりました」
三善は、それだけ言うと美しい黒髪をうねらせ、自分の席へと戻って行く。あまりにも予想外の展開に想真以下、その場にいた全員が呆気にとられ、彼女の後ろ姿を見送った。
その後、周囲では想真をチラ見しながらコソコソ話が始まる。
だが、ここにコソコソ話では気が済まない男が一人いた。
「お前! 三善になんかしたの?」そう言って来たのは、細い目をさらに細くした杉本。
「はっ! 俺は何にもしてないって!」
「そうなの? でも、あの感じは、ただ事じゃないぞ。あーそうそう、先にお前のために言っとくけど、昼休みに三善からコクられたりとかは、絶対ないから! これだけは百パーだから! お前、そこだけは勘違いするなよなぁ!」
「そんなの、お前に言われなくても分かってるわ!」
と、言い返しつつも百のうち三くらいは、そういう事も有るのではないかと淡い期待を抱いていた想真である。
「でも――そうすると三善さんの話ってなんだろうネ」
杉本の隣に立つ今井が改めて疑問を口にする。
「そりゃー女子が、伊達に話があるって言ったら――もう、あれしかないだろう」
杉本がしたり顔で言う。
「なんだよ、もったいぶらずに言えよ」
「まーお前が言えって言うなら言うけど、多分――セクハラだ」
「はーぁ何で俺がセクハラ? 三善さんと話をするのも、さっきのが初めてなんだぞ! 何でそれでセクハラになるんだよ! それに、そもそもクラスメイト同士でセクハラなんてあるのかよ!」
「お前は、何んもわかってないなぁー。今は女子がイヤだーと思えば、なんでもハラスメントになる時代なんだよ!」
「はっ! どういう事だよ」
「だから、例えば女子が近くにいるにも関わらず卑猥な話をしたりとか、女子の容姿でランキングを付けたりとか、あとプライベートな情報を必要もないのに調べたりとか、女子の身体を舐め回す様に見たりとか――今はそういうのは全部ハラスメントになるんだよ! そうだよなぁー加藤!」
「えっ!? 私?」
いきなり杉本に話を振られ、隣で静かに座っていた地味目の女子は大いにビクつく。
「女子の身体を舐め回す様に見たりとかは、絶対セクハラだよなぁ?」
「そっ……そうだね。私はそういう事された経験はないけど……そうかもしれない」
「なっ! 伊達、セクハラって言うのはクラスメイトでも、話をしなくても、なるときはなるんだよ。お前のことだから、どうせまた、イヤらしい目付きで三善とか見てたんじゃねーの!」
『イヤ、それ全部! お前じゃねーか!!』
想真は、そうツッコもうとしたのだが――
「…………」
「えっ! どうしたの想ちゃん。いきなり黙り込んで、まさか……身に覚えがあるの?」
神山が、真顔で固まっている想真を問い質す。
「……いや、まぁー……確かに、目が合った事は……何回か……あるわ」
想真は思い出す。二時間目の休み時間、三善と目が合い、そして目を逸らされた事を。
「間違いなく、それだな」杉本は言い捨て――
「女子は、イヤらしい目付きで見られる事、分かるって言うもんネ」今井は補強し。
「想ちゃん、三善さんにちゃんと謝った方がイイよ」神山には謝罪を勧められた。
「これで分かっただろう。お前もそろそろ自覚した方が良いぞ。お前の目付きはセクハラと言われるくらい、大変イヤらしいっていうことを!」
杉本がそう言うと、周りの女子達は一斉に胸のあたりを手で隠しだす。そして軽蔑の眼差しを想真に向けた。
「えー………………」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます