第24話 懐かしい思い出~給食のコッペパン

 また、俺は白いブラウスと紺のジャンパースカートが良く似合う女の子の事を考えていた。その子は、ちょっと変わっていたけど……可愛くて、優しい女の子だ。


「――皆さん、お話があります」

 おばちゃん先生が、そう話し始めたのは給食の配膳が終わり、『いただきます』の号令を掛ける前の事だった。


「皆さんの前にある給食は、たくさんの人達がお仕事をしてくれたおかげで、今、皆さんの前に並んでいます。

 農家さん、トラックの運転士さん、市場の人達や給食を作ってくれた先生達。色んな人達が一生懸命、働いてくれたおかげで、今日も皆さんは給食を食べることが出来ます。ですから――給食は残さない様に食べましょう。ただ、どうしても体調が悪くて全部食べられない時は、先生に教えてください。嫌いだからと言って給食を残して、机の中に隠す様な事はしない様に――。皆さん、分かりましたか」


 先生の話を、俺を含め皆、フムフムと頷きながら聞いていたが、右斜め前の席に座っていた耕介君だけは、ずっと下を向いていた。


 俺は知っていた、耕介君が食べられなかったパンを机の中に隠していた事を……

 そして、それが昨日、先生にバレてしまい放課後、呼び出されていた事を……

 多分、その事を知っているのは、クラスの中でも俺だけであろう。

 では、どうしてその事を俺が知っているのか。


 それは……俺の机の中にも、大量のパンが隠してあるからだ……

 ヤバい! これバレたら、俺も絶対怒られる。


 当時の俺は食が細く、給食に出てくる大きなコッペパンが全部食べられなかった。とは言え、さすがにその日の給食のパンは、残すわけにもいかず無理やり全部、口の中に詰め込んだ。


 昼休み、机の中のパンをどうしようかと一人、席に座り悩んでいると、御機嫌な声が聞こえて来る。


「想ちゃん!」


 声の主は見なくても誰だか分かった。

 ゆっくりと見上げると、そこにはニコニコする碧依ちゃんの姿。

 今日はやたらと笑顔だな、と思って見ていたのだが……俺は気付く……その笑顔がニコニコでなくニタニタであることに――


 ハッ!? こいつ……気付いてやがる、机の中にある、パンに……


「うっわ!! これはヒドイね。机の奥、ペチャンコになったパンでいっぱいだよ!」

 碧依ちゃんは、呆れた顔で机の中を覗き込む。

「でも、想ちゃん、これどうするつもり?」

「…………」

「これだけいっぱいだと、さすがに先生に注意されるだけじゃ済まないよ。絶対、連絡ノートに書かれちゃうから!」


 その言葉に俺は焦りまくった。連絡ノートに書かれるイコールお母さんに怒られる、だからだ。おばちゃん先生は優しい注意で済むだろうが、お母さんは、そうはいかない。絶対、鉄拳制裁が待っている。


「どっ……どうしよう」

 俺は助けを求める子羊の様な瞳で、碧依ちゃんを見る――

「まーあ、私だったら何とかできるけどね!」

 自信満々に胸を張る碧依ちゃん。

「えっホント」

「本気で想ちゃんが、私にお願いするんだったら助けてあげてもイイよ」

「分かった。碧依様、どうか私を助けて下さい。お願いします」

 俺は両手を合わせ、目の前にいるカワイイ天使にお願いする。

「もーぉ、仕方ないなー今回だけだよ」

「ありがとう。でも、どうするの?」

「そんなの簡単だよ――イイ想ちゃん。死体がなければ、罪はない。パンがなければ、怒られない。想ちゃん、完全犯罪だよ」


 その時、俺は碧依ちゃんの笑顔を見ながら気付いた。俺の目の前にいるのはカワイイ天使ではなく、カワイイ悪魔である事に……。



 俺は追いかける――

 ショートカットの髪を風に揺らし、紺のジャンパースカートから伸びた白い手足を軽やかに躍動させる後ろ姿を――

「まっ待ってよー」

 俺の呼びかけに碧依ちゃんは笑顔で振り返る。

「早くしないと先生にバレちゃうよ!」

 青々とした空の下、俺達は校舎の間を駆けていた。


「ねー! どこまで行くの?」

「――付いて来たら分かるって!」

 俺はピンク色の手提げカバンを握りしめ必死に碧依ちゃんの後を追う。

 しばらく走って着いた先、そこは学校の敷地内にある小さな雑木林。


「えっ! まさか、ここに埋めるの?」

 俺の問い掛けに、碧依ちゃんは頷く。

 俺達が立って居るのは雑木林の奥、一本の木の下。


「でも、こんなところに埋めて本当にイイの?」

「そんなのダメに決まっているでしょ。でもそうしないと想ちゃん、怒られちゃうよ!」

 そう言われ俺は一瞬、迷った……が、足元にある枯れ枝を見つけると、それを拾い上げ、必死に木の根元を掘り始める。


「想ちゃん、もっと深く掘らないとダメだよ! 見つかっちゃうから――後で落ち葉も掛けるからね」

 隣で一緒に穴を掘ってくれている碧依ちゃんから指示が飛ぶ。

 掘り進める事、五分弱。幅四十センチ、深さ三十センチ程の穴が掘れた。

 碧依ちゃんから「じゃあ、中に入れて」とまた指示が飛ぶ。

 俺は碧依ちゃんから借りたピンクの手提げカバンを開け、中にある大量のビニール袋の一つを取り出した。そしてビニール袋の口を下に向け、パンだけを穴の中に落とす。

 二つ程、ビニール袋を空けたところで……


「えっ! 想ちゃんのパン……何でブドウパンなの? 給食のパンって……確か普通のコッペパンだったよね?」


「…………」


 俺の表情を見て何かに気付く碧衣ちゃん――


「あっ!? これ、ブドウじゃないじゃん! カビじゃん! カビカビ・ブドウパンじゃん!!」


 雑木林に声が轟く――


「うーわっ……最悪だ! こんなところにカビカビマンがいるよ」

 ジト目で俺の顔を見て来る碧依ちゃん。


「だっ誰がカビカビマンだよ! ちょっとパンにカビが生えたくらいじゃないか! そんな事言うんだったら、カビカビマンを助けている碧依ちゃんこそ、カビカビガールだろ!!」


 助けてくれた碧依ちゃんに向かって『カビガール』呼ばわり、俺は久々に肩パンを喰う覚悟をする――が、なぜだかパンチは飛んでこない。

 恐る恐る見ると、碧依ちゃんはキョトンとした顔をしていた。

 だが、すぐに碧依ちゃんは、何時もの表情に戻ると、ゆっくりと腰を下ろし手提げカバンの中からビニール袋を一つ取り出す。そして穴の中に中身を空けた。


「想ちゃん……碧依はカビカビガールでも構わないよ……でも、ちゃんと給食を食べないと、いつまでたっても……背、カビガールより小さいままだよ……」


 その時、俺は何も言えなかった、ただ碧依ちゃんの後ろ姿を見ているだけだった。


 結局、パンを残していた事、パンを二人で雑木林に埋めた事は誰にもバレなかった……


今でも思う……『カビガールでも構わない』と言った、あの時、碧依ちゃんは、どんなつもりで……あんな事を言ったのだろう……

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