第17話 あおいと想真 その1

「随分と待たせて、すいません」


 想真は恐縮しながら額の汗を、肩に乗ったタオルで拭き取った。


「全然気にしないで――」

 

 テーブルの向かいに座るあおいが笑顔で返す。彼女は正座で座り、その隣には高

校までの往復でよっぽど疲れたのかブサイク犬がカーペットの上で寝ていた。


「ペットボトルで悪いんですけど、よかったら飲んで下さい」

「ありがとう」


 丸テーブルの上の、お茶を彼女に勧めつつ、自身も一口、口を付けた。

 今から自分がやらなければならない事を考えると、緊張で喉が渇く。


(俺がやるべきこと、一つ本当に彼女が従姉であるかどうかを確かめる。二つ彼女が家出しているかどうかも確かめる。三つ、もし彼女が家出しているなら事情を訊いて家に帰る様に説得しよう。そして伯母さんに連絡することも了承してもらう……だが最初は遠回しに……。彼女の機嫌を損ねない様に、慎重に、慎重に――よし)


「いやー本当、久しぶりですよね。あおいさんと、こうやって話をするのは何時ぶりですかねー」

「最後に、想ちゃんと話したのは、四年生の時だよ」

 キッパリと答える、あおい。対して想真は腑に落ちない表情をする。彼の記憶では、最後にあおいと会ったのは確か小学三年の時なのだ。

 だが――

「そっ、そうでしたよね……」

 自分を見るあおいの目が少々険しいものになって来た事に気付き、機嫌を損ねない様に同意したのだが、彼女の表情は険しいまま。


「チョットいい、想ちゃん!」

「あっはい……」

「何で、さっきからずーっと敬語なの。それに私の事もあおいって呼ぶし! 昔はそんな風に呼んでなかったでしょう!」

 初めて見る彼女の怒った表情に……


(怒った顔もカワイ……イヤ違う違う……今は彼女の機嫌を損ねないようにだろ)


「えっじゃー……」

 想真は考え――

「あおい……ちゃん」

「なぁーに想ちゃん!」

 突然の怒った顔からの、笑顔二百パーセント返し。

 これには、あっという間にハートを鷲掴みにされてしまう。そして、えも言われぬ刺激が想真の身体を突き抜けた。


(えー何これ……もしや? これがうわさに聞く……ツンデレ)


 これまでツンデレ経験の乏しい想真は、これがツンデレだと判断した。だがこれは一般的にはツンデレではない。これは、ただ単に彼女を怒らせ、そして喜ばせただけでの代物。

 それでもツンデレ初心者の想真は、えも言われぬ感覚に歓喜する。


「えっ、なんか想ちゃん、顔チョット気持ち悪いよ」

「……ゴホン」咳払いで誤魔化す。

「……えーと、今、何の話をしてたっけ」

「だから、最後にあったのは何時かって話でしょう」

「そっそうでした」

「しっかりしてよね、想ちゃん」

「あっはい……」

「でぇー最後に会ったのは小学校四年生の時だけど、会った場所って覚えてる?」

「なに急に、私がちゃんと覚えているか試しているの?」

「いや……試すとかではないんですだけど……」

「いいよ、別に、ちゃんと覚えているから。お城、お城でしょう。みんなで行ったじゃない」

「…………?」


 予想外の単語に想真は首を傾げ、しばらく考え込む…………が、唐突に――


「あっ! ――行った」

 不意に記憶が蘇る。

 想真が家族旅行で行った金沢での祭りの思い出は勇壮な武者行列が一番印象的で、そちらの記憶の方が鮮明に残っていた。だが、あおいの言う通り同じ会場にあった金沢城にも一緒に行った事を思い出した。これで想真は確信する。


(やっぱり、ここに居るあおいちゃんは、あの時会った従姉に間違いない。なら、次は)


「あおいちゃんって、記憶力いいよねー」

「普通だと思うけど」

「あっそれで、あおいちゃん。今日は何か用があって来てくれたのかなぁー」

「別に用はないけど」

「……そっそうですよね……別に用なんて無くたっていいよね」


 ド直球の返しに想真は焦る。


「ただ、もう時間も遅いし、あおいちゃんがここに居る事、伯母さんは知っているのかなぁーって思って?」

 想真の言葉を聞いた瞬間、急に表情を曇らせ、緯線を落とす、あおい。

「……知らない……知らないよ……」

「えっじゃーお伯母さんも心配するんじゃないかなぁー」

「……そんな……心配なんて……しないよ!」

 突然顔を上げ、あおいは強い口調で言い返す。その表情は、殆ど泣き顔。


「……そんな事は……ないと思うけど……」


 取り繕う様に想真は言葉を絞り出す。

 彼女には酷な質問であったかもしれない……が、想真は今の反応であおいが家出をした事も間違いないと確信した。だが、さすがにこれ以上、彼女がここに居る理由を探るのは不味いとも思う。多分このまま追求すれば、きっと彼女は涙を零すだろう。それ程、今の彼女の表情は、悲しそうで、寂しそうで、そして苦しそうであった。

 重苦しい沈黙の時間が流れる――

 想真はこの重苦しさを何とかするため必死に頭を回転させた――


「……あっ……さっき、リビングでテレビを見ていたようだけど、何を見ていたの?」

 雰囲気を変えるためとはいえ急な話の転換に、あおいは一瞬きょとんとする、が。

「えっ……名探偵……ポロリだけど……」

「へぇーそうなんだーそれって海外ドラマかなにか?」

「うんうん。日本のドラマだよ」

「そうなんだ。あおいちゃんが、あれだけ熱心に見るくらいだから、きっと面白いんだろうね」

「名探偵ポロリはとっても面白いよ!」


 のおかげで彼女の表情は少し和らぐ。想真とすれば『名探偵ポロリ』には全く興味がなかったが、彼女の機嫌を直すためにも不本意ながらポロリの話をさらに続ける。


「探偵って事は推理ドラマ?」

「そうだよ。名探偵ポロリはねー女子大生探偵、又吉渚ちゃんと同級生の樋口君が数々の難事件を解決していく推理ドラマなんだ。ちなみに今日の内容は、自殺した人を殺された様に見せかけて無実の人を殺人犯に仕立てるって話なんだけどぉー。またこのトリックがすごく奇抜なんだー」

「へー。ポロリって変わった名前だけど、内容は結構、本格的なんだね。んっ! ……でも名前が渚なのに、なんでポロリなの?」

「それはー渚ちゃんの推理の仕方が、とっても変わっているのと関係しているんだよ」

「変わっている?」

「そう! 渚ちゃんは、推理する時、必ず自分が着ている服を脱いでいく」

「えっ! なんで脱ぐの?」

 若干前のめりになりながら、想真はさらに尋ねる。

「実は渚ちゃんには特殊能力があって、彼女の羞恥心が高まれば高まるほど推理能力が上がって行くっていうのがあるんだよ。だから事件を解決するために関係者を集めて、その前で服を一枚一枚脱ぎながら推理する。けど、いつもその途中でしちゃう。事件解決の名推理もするけどポロリもしてしまう。だから『名探偵ポロリ』って言われているんだよ」

「マジで――」

(どんだけ露出狂の名探偵なんだよ……)

「えっ! そんなドラマ、地上波でやっていいの?」

「CSだよー」

「だよね」

「そっかー。そんなに面白いんだー。じゃーあおいちゃんは新潟でも欠かさず『名探偵ポロリ』を見ているんだ」

「……大体毎回見ているけど……えっ新潟ってなに?」

「いやいや、あおいちゃんの家がある新潟だよ」

「えっ私、新潟に家なんてないよ。それに行った事もないし……」


「えー……あおいちゃんは僕の従姉だよねー……新潟に住んでいる」

「えー……あおいと想ちゃんは親戚じゃーないよ」


「えっウソ」

「えっウソじゃないよ」


「「………………………………………………………………………………」」


「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」


 悲鳴にも似た声が想真の部屋に轟く。

 

 その瞬間、想真が考えたストーリーは完全に崩壊した。

 三十分も風呂に入り、手がしわしわになりながら考えたストーリーが……


 そして想真は思った。


 俺も彼女の前で服を脱ぎながら推理すれば、名探偵ポロリの様にあおいが誰なのか突き止める事が出来たのであろうかと……

 だが同時に、『いや、それはもう完全に変態じゃん』とも思う想真であった。

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