第13話  俺が鼻血を出す時、それは何かの始まり その2

「本当にごめん。身体のほう、もう平気?」


 神妙な面持ちで想真に謝罪したのは、八組の町田。

 彼は自分が蹴り出したボールで想真に怪我をさせてしまい、責任は感じたのか放課後わざわざ七組まで謝りに来ていた。その隣には同じ表情の神山もいる。


「もう全然、大丈夫だし。それに、よそ見をしていた俺の方が悪いんで、町田君が謝る事ないよ」

 血が付いた体操着のままの想真が恐縮しながら答える。


「そうそう町田、そんなに気にすんなって。こいつが女子のケツ、ガン見てしていた所為でボールを避けそこなっただけなんだからーお前は悪くねーてっ」


「オイッ! よそ見をしていたのは事実だが、女子のケツはガン見してないわ!」


 杉本が言った言葉が町田をフォローするためのものであることは想真も重々分かっていたのだが、『女子のケツ』云々の件にはさすがにツッコミを入れる。


「でも、良かったー大きなケガじゃなくて。想ちゃんが、ふらついた時にはチョット焦ったよ」


 発端は自身が放ったシュートという事も有り、神山は安堵の表情となる。


「悪い……心配かけて」

「そんな事はいいけど、想ちゃん。これから一人で家に帰るの大丈夫。よかったら俺がランニングがてら、家まで送ろうか?」

 それを横で聞いていた町田も頷き「俺、監督に言っとくよ」と賛同した。


「ありがとう。でもホント、大丈夫だし。それに、これぐらいの怪我で部活の練習、邪魔するのは悪いよ……」

「別に、俺に遠慮する必要なんてないでしょう」

「イヤ……それは、分かっているけど……。ただ……これ以上、ガッ君に優しくされたら、マジで俺、BL方面に行ってしまいそうで――」


 ワザとらしく深刻そうな顔を作る想真。

 これには神山も「もーなんだよ、それー」と苦笑いする。


「神山、これだけ冗談言えるんだから、もう一人で大丈夫だろー」

「そうだね」


 杉本の言葉に納得したのか、神山はそれ以上何も言わなかった。

 去り際、「想ちゃん、気を付けて帰りなよ」と神山は声を掛け、サッカー部の二人は教室を後にした。


 教室に残っているのは三人。


「さすがに、今日のゲーセンは中止しておいた方が良いよな」

「そだネ。ゲーセンなんて何時でも行けるしネ」

「ホント、悪い……」


 想真は杉本と今井に向かって拝むような仕草で謝罪をする。想真自身、ゲームセンター位行っても『どーって事ない』と考えていたのだが、養護教諭からは今日は早く家に帰る様に強く言われていたのだ。

 今日一日、杉本と今井に色々と迷惑を掛けた事も有り、これ以上は迷惑を掛けられないと、想真は二人には服を着替えてから帰る旨を伝え、先に帰ってもらった。


 教室に一人になると急に疲れを感じ、想真は椅子に腰を下ろす。しばらく宙をボーっと見つめた後、「はぁ……」と溜め息を吐き、おもむろに着替え始めた。

 制服に着替え終わると、汚れた服を乱暴にリュックに詰め、教室を後にする。


 下校時間のピークを過ぎているためか、廊下を歩く生徒の数も随分と少ない。

 殺風景な廊下を歩いていると、グランドから時折、運動部の快活な掛け声が聞こえて来る。それが、なぜだか彼をより虚しくさせた……


 渡り廊下を二つ越え、旧校舎に入る。


 外から急に薄暗い屋内に入ったためか想真は視界を奪われる。

 ようやく目が慣れてきたところで、前から歩いて来る人物に気付き、今度はその人物に目を奪われた。


 肩まで伸びた艶やかな黒髪。肌は氷の様に白く、そして透明。上品な口元に微笑を湛え、意志の強そうな美しい瞳が想真を見詰めていた。

 瞬間――想真は思わず目を逸らす。そして手の甲で鼻の当たりを擦る……

 自分には縁遠い美少女に見つめられ、まだ鼻に血でも付いているのかと、想真は大いに焦る。そうでもなければ、こんな美少女に自分が見詰められるはずがないと思ったのだ。


 女子生徒とすれ違った後、ゆっくりと振り返る――


(多分、三年だな……)

 同級生の女子にはない大人の色気を感じ、そう思った。


 誰も居ない玄関ロビーで靴に履きかえた想真は、昇降口の階段を下りようとする。

 が――

「おっ! おー」と想真は身体を仰け反らせ、声を上げた。


「今度は犬かよー……」


 石階段の一番下に、何故だか一匹の犬が、ちょこんと座っているのだ。

 そいつは牛を思わせる白と黒の体毛、顔は六割が白く、左目、左耳の周囲だけが黒い。そして顔の割に大きな耳をピンっと立たせ、大きな口からは、だらしなく舌を出していた。

 犬には詳しくない想真でも、この犬がブルドッグであることは直ぐに分かったのだが、体格はやたらと小さかった。


 首輪をしていたため、周りを見たが誰一人居ない。

 もう一度犬を見ると、今度は眼が合う。


(コイツは、ブサカワ……? いや完全にブサブサだな)

 

 そう思った直後、犬は一目散に校門の方へと走り去る。

 あっけに取られながら、校門を出て行く犬を見送った。


(あいつ、一体なんなんだ……迷子か?)


 改めて今日は、色々な事が起こるものだと、想真は感慨に耽る。


 その後、想真は駐輪場に向かうと、前のカゴにリュックを入れ自転車に跨がる。 

 そしてペダルを漕ぎ、ゆっくりとしたスピードで校門を出た。


 夕方、四時を回っていたが西日が強く、ボールが当たった右の頬がヒリついた……



   ● ● ●



 想真は養護教諭の言い付け通り、コンビニ以外には寄らず家に帰った。

 自転車を降り、腕時計を見ると時間は午後四時三十分を少し過ぎていた。

 良く手入れされた緑豊かな庭を抜け、想真は玄関横に自転車を止める。

 前のカゴからリュックとコンビニの袋を取り出し足早に家の中へと入る。早くしないと、この暑さでコンビニで買ったカップアイスが溶けてしまうのだ。



 キッチンに入ると、リビングの方から音が聞こえる。

 見るとリビングのテレビがついており、その手前にはソファー越しに頭が一つ見えた。


沙也香さやかか……)


 妹もテストかと、想真は向き直る。

 コンビニの袋から炭酸ジュース、カップアイスを取り出し冷蔵庫に入れていると、リビングの方から声が聞こえる。


「あれっ――遅くなるんじゃなかったの?」


「あーちょっと・・・・・・ケガして――」


 想真は冷蔵庫を閉めながら、ふと疑問に思う。なぜ妹が今日遅くなることを知っているのかと……


「えっ……ケガって、どこ!」


「いやー別に大した事ないって、ちょっと鼻……」


 そう言いながら振り返った想真、だが彼は言葉を失う……


 ソファーの背もたれから身を乗り出し、こちらを見ている人物。


 そこにいたのは、伊達沙也香ではなく喰代コウ。


 

 想真は固まった……





――――――――――――――――――――

 第一章、最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。書かせて頂いております、源次と申します。読者様におかれましては話の展開が遅い作品にも関わらず、我慢して読んで頂き感謝しかございません。次回から新章を書かせて頂きますが、貴重な読者様の御時間を無駄にしないように、無い頭を絞って一話、一話書いて参りますので、もうしばらくお付き合い頂けましたら幸いです。

 ちなみに第二章は『ボーイ・ミーツ・ガール』で第一話は『出会って2分で、だいしゅきホールド』です。本当にすいません。

 改めまして『彼は誰あおい』をお読み頂き、本当にありがとうございました。

                            

                                源次うめの

 

 

 

 

 

 




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