第1章 俺が鼻血を出す時、それは何かの始まり

第2話  想真、反省する

 ティンティティー タラララ……


 枕元の携帯からは、先程からずっとアラームの曲が鳴り響いていた。

 想真は億劫そうに手を伸ばし携帯のアラームを止めると、今度は身体を起こしベッドの上で胡坐をかいた。


「……はぁー」


 周りを見渡し溜めためいきを吐く。

 彼の傍には抱き枕のホオジロザメと三人のJK――もとい、ぬいぐるみのコバンザメが三匹横たわっていた。

 想真はおもむろに抱き枕に手を伸ばし『ホオジロさん』を自分の膝の上に載せる。そして彼女の胴体に頬杖をついて、手の平で顔を覆った……


「最悪だ…………」


 何もやっていないのにであった。

 さらに夢の中で告白した自分自身を思い出し――


「チョー気持ち悪いわー俺……なにイケメン気取りで、廊下で女子にハグしてんの……」


 週に三回ほど訪れる賢者タイムよりも、さらに深く自己嫌悪する想真。


「いやっ……そもそも、何で告白する相手がホオジロザメ?」


 心の底からそう思う。いくら現実世界で女子に相手にされないからと言って、よりにもよって、なぜ『海の殺し屋』に告白したのか自分自身でも意味不明であった。


(俺みたいな草食動物が告白するなら、もうちょっと違う奴がいただろー。なぜ彼女の様な獰猛……いやいや積極的な方にしたのか……)


 告白相手のホオジロザメを持ち上げ、もう一度確かめる様にまじまじと見詰める。


「ってかー喰代コウって誰だよ!」


 想真は首を傾げる。当たり前の事だが、彼の知り合いにほうじろコウという女性はいない。ただ、夢の中に現れた彼女の姿には、なぜだか見覚えがある様に思えた。


(……あの子……多分、見た事あるよなー……)


 高校の同級生だったか、それとも中学か、はたまたテレビで見たタレントなのか、何処かで彼女を見たはずなのに想真は一向に思い出せない。さらに疑問なのは告白する位であるから好きという事になる訳だが、現状、夢の中で告白する程、恋い焦がれている相手は彼にはいなかった。

 頭を抱える……

 そこで想真は夢の中で告白した理由を自分なりに分析してみた。


 まず、考えられるのは『告白』という行為自体に憧れがあり現実世界では到底出来ないので、その願望を夢で実現した可能性である。これは彼を取り巻く状況を考えれば大いにあり得ることだった。


 次に考えたのが、どこかで会った『喰代さん』を想真も気付かない内に好きになってしまい、夢の中で告白した可能性である。これも無い訳ではないが、そもそも覚えてもいない相手を好きになってしまう事なんてあるものなのかと想真は疑問に思う。


(まあー今日は、喰代さんと似た女子でも探してみるか……)


 最後にこれが想真にとって一番あってほしくない事なのだが、彼がホオジロザメのぬいぐるみ自体に恋をしてしまった可能性である。


 これは本当に〝ダメなやつ〟である。


 もしそうなら、想真はまた新しい暗黒時代の扉を開いてしまったことになるからだ。


(この事だけは……今直ぐにでも確認しておかなければなるまい……)


 想真は意を決した様に喰代さんを抱えながら立ち上がる――


 ――と

 胸びれの下に手を回し……

 タオル生地の身体を強く抱きしめる……


 そして――

 彼女の真っ黒な瞳を見詰めた後……

 歯が剥き出しの口元に……


 …………唇を重ねた……


五秒程の濃厚なキス――


「よしっ!」


 一声言って、彼女をオーバースローで思いっ切りベッドへと投げつける。

事が終わり用済みの様に。


 当然キスしても何の感情も湧いてこなかった。当たり前の事であるのだが……

 最悪の事態は何とか回避され、想真はほっと胸を撫で下ろす。

 そして、ふと……力なしにベッドに横たわる喰代さんを見る――

 彼女の真っ黒い瞳が何か悲しげに語りかけている様に思えたからだ。


『ひどい……私とはベッドで寝るだけの関係だったのね……』


「本当にゴメン、その代わり毎日抱いて寝るから……」


 一瞬、彼女の頬が少し赤くなった様に思えたが、それは多分彼の気のせいであろう。


 時間はもう七時十六分。想真は朝から大いに遊び過ぎた。

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