番外編 とある吸血鬼の話#1

こちらのお話は、【私を愛してくれるひと】に登場する来夢視点のお話となっております。

来夢が吸血鬼になった経緯や、宝と出会うまでや出会ってからの心の変化、そして本編以降の話も出てくる予定です。

それでは、お楽しみ下さい。








俺は、病弱だった。


(もう死ぬのかな)


止まらない咳、高熱で回らない頭でそんな事ばかりを考えてしまう。

まさか自分が結核になるなんて思ってもみなかった。

結核は不治の病で、知らず知らずの内に他人へ移す。

だから結核になった人は普通隔離されるんだけど、俺を含めてうちは7人兄弟で、農業で何とか食いつないでいるようなこの家は、隔離出来る別室なんてない。

今は弟達の寝室だった所を俺の隔離部屋として使わせて貰っている。

俺が結核にかかった事はこの小さな村では簡単に広まって、結核が移るからとうちの農作物を買ってくれる人はいなくなった。

そんな事を言われても、父さんも母さんも兄弟達も、みんないつも通り接してくれる。

でもそれが余計に辛い。


(あぁ、早く死にたい。もうこれ以上家族に迷惑なんて掛けられない。俺が死ねばきっとみんな楽になるはずだ)


『なら楽にしてあげようか?』

(そうだなぁ、楽に死なせてくれるなら、そうして欲しい)

『死んじゃうの?ダメダメ、僕君の事気に入ったんだ。だから生かしてあげる』

(……誰?)


顔を横に向けると、そこには知らない男の人が居た。


「どうも~」

「!?ゲホゲホッ」

「びっくりしたよね~。僕は蓮華、吸血鬼だよ。あとこっちは鬼々。君のお兄さんになる予定の子だよ」

「!?」


吸血鬼?何それ…?

混乱している俺をほったらかして、彼らは勝手に話を進めていく。


「うるさい。なぜわしがこのような者と兄弟などと…」

「まぁまぁいいの。えーと君は確か…」

「ゲホゲホッ、ゲホッ」

「あーあー無理して話さなくていいよ。仁之助じんのすけくん、だっけ」


俺はこくこくと頷くことしか出来なかった。


「そうそう、僕らがここに来たのには理由があるんだ~。結核、治したくない?」

「!?」


治したい?この人は何を言っているんだ?

結核は不治の病だぞ、治るなんて有り得ない。


「治らないって思ってるでしょ?でも僕には出来るんだよね~。僕って最強天才吸血鬼だから」

「ゲホッ、き、吸血鬼、って…」

「まあまあそんな事はどうでもいいの。とりあえずどうする?治せるよ?」

「そん、な…ゲホッ、こと…」

「まあ僕は別に君が死んだって構わないんだけど。ご家族は悲しむだろうね~」


さっきと言っている事が矛盾している気がする。

でも、家族という言葉を出されて、俺はその男の服の裾を掴んで、首を横に振った。

家族が悲しむ顔なんて、見たくない。


「ゲホゲホッ、ゲホッ」

「うんうん、死にたくないよね。君は家族想いだもんね。負い目を感じてるんだよね。自分が結核になんてならなかったら、今頃君が家族を支えるつもりだったんだもんね。なのに今は結核になって、家族の生命線でもある農業は死にかけててさ」

「蓮華」

「いいんだよ。ね?家族の足でまといにはなりたくないでしょう?」


こくこくと首を縦に振る。

もうこれ以上家族に迷惑なんてかけられない。

でも、どうすればいい。

この男の言うことを信じれば良いのか?

吸血鬼?とかいうよくわからないものの言う男のことなんて信じたくない。

だけどもし、もしもこの男にそれが出来るのなら。


「……て、なお、し…ゴホッ」

「いいよ。でもその代わり――」



***



「父さん、母さん…」

「仁之助!?」

「歩いても大丈夫なの!?」


俺はフラフラになりながらも、両親の元へ向かった。

あの男が言った、結核を治す条件、それは。

俺の病を治すのを引き換えに、俺を吸血鬼にする。そして家族に、世間に俺のことを忘れさせること。

この苦しみから、家族が抜け出せるのなら、それなら何だっていい。

どうせ俺が今死んだって、結核持ちがいたという事実は消えない。

それならばいっそ、忘れてもらった方が良いだろう。


「今まで、ゲホッ、あり、がと…」

「仁之助、何を言ってるんだ!まるでもうすぐ…」

「ちょっとお父さん!何言ってるの!仁之助、ほらお布団に戻りなさい」

「だい、じょうぶ…。これ、を、わたし、たくて…」


両親が俺の結核が少しでも良くなりますようにとくれた御守りと、俺の髪を結っていた髪紐を渡す。


「どうしたの仁之助。あなた本当に…」

「迷惑、かけて、ごめん…。ゲホゲホッ、ゲホッ」

「仁之助、戻るよ。ほら、父さんの肩を…」

「ごめ…」

「何を謝る事がある。お前は父さんと母さんの最高の息子だ」

「そうよ仁之助。もういいからゆっくり休みなさい」


ありがとう2人とも。

俺は、最高の両親の元に産まれたんだなって、思った。

もうこれでお別れだけど、どうか兄弟達も、幸せになって。


「父さ…、大丈夫…。一人で、部屋、戻る…から」

「だめだ仁之助」

「いい、本当に…。ありがとう……」


ふらつきながらも何とか部屋に戻ると、吸血鬼と言っていた男が布団の横に座っていた。


「お別れの挨拶は済んだかな」

「はぁ、はぁっ」


こくりと頷く。


「蓮華、お別れなどと言うな」

「お別れでしょ。君とは違うの」

「チッ」


その横に立っている髪の長い人は、舌打ちをして俺の方には見向きもしない。

この人も吸血鬼、とかいうのなんだろうか。


「はい、じゃあ君はここに寝転んで」


男はベッドを指さし、俺はそこに横になる。

これから何をされるんだろう。

もしかしたら吸血鬼なんて言うのは嘘で、俺を殺しに来たのかも知れない。


「大丈夫。人としての君は死ぬけど、吸血鬼としての君が生まれるんだ。後で名前もあげるからね」

「ゲホッ、ゲホッ」

「うん、そうだね。楽にしてあげるからね。さあ目を瞑って口を開けて」


さようなら父さん、母さん、兄弟達。

俺は目を瞑り、口を開けた。

瞬間。


「~~~ッ!ゲホッ!」

「吐き出さないで飲み込んで」


口の中に何かを入れられた。

これが血であるということが、何故か分からないけれどすぐに理解できた。


「んぐうっ!」


吐き出したかったのに、無理やり口と鼻を抑えられ、息が出来なくなる。


「大丈夫、もう少しの辛抱だからね」

「んんん~~ッ!!」

「大丈夫じゃ、時期に楽になる」


バタバタと暴れる俺を、長髪の男が俺の手を握って抑える。

今まで俺の方を見向きもしなかったのに、よく見ると優しそうな目をしていた。

俺に兄貴がいたら、こんな風に俺をなだめてくれるのかな、なんて考える。

しばらくすると、口の中の血は体に溶けていった。


「ふぅっ、ふっ」

「ん、大丈夫そうだね。口を開けて」

「はぁ、はぁっ」

「牙も生えてる。角は…うーんまだ小さいね。ま、いっか。さ、起きて。もう苦しくないはずだよ」

「……」


言われた通り起き上がると、これまで苦しかったはずの胸がスッとしていたのがわかった。

咳が出そうな気配もないし、さっきまでの高熱は嘘のように治っていた。


「お、れ…」

「君に新たな名前を付けよう。来夢らいむ、君の名前は来夢。未来を夢見た青年の、新たな名だ」

「俺の…」

「そう。今日から君は吸血鬼として、血を食とする鬼として生きていくんだよ。だから元の名前ともお別れだ」

「そっか…」


何故かわからないけど、この男の言うことをすっと受け入れてしまっている自分がいた。


「来夢、か。わしの名は鬼々、お主の兄じゃ。わしも元は人間だった」

「あなたも…」

「ああ。よろしく兄弟」

「はい、兄さん」


差し出された男の―――兄さんの手を取る。


「さ、ここから離れるよ二人とも」

「来夢、歩けるか」

「はい」


咳もせず、こんなに簡単に立てるなんて思ってもみなかった。

嬉しいけれど、もうこことはお別れしないといけないのが、とても悲しい。


「さようなら、みんな」


俺は、18年生きた佐条さじょうの家と、別れを告げた。

みんな、どうか幸せに。



***



「おはよう」

「おはようございます、お父さん」

「それ、どうしたんだ?」


父が机に置いてあった御守りと髪紐を指さす。


「……何でしょう?」

「お前のものか?」

「いえ…。私もわからないんですが、何故か処分してはいけない気がして…」


2人は心にぽっかり穴が空いたような奇妙な感覚を覚えた。


「そうか…。そういえば朝何かをしないといけなかった気がするのだが」

「そうね、何だったかしら…」

「お父さんお母さん、おはよう!」

「おはよう」

「他の子を起こしてきますね」


母は他の兄弟を起こしに向かった。

今までならすぐに俺の部屋に来ていた足は、俺の部屋だった場所と真逆に向かう。

これでいいんだ。

俺の事なんて忘れて、幸せに生きてくれれば。


「来夢」

「うん、わかってる」


周りの人々が、佐条の家の農作物を買いにやってくる。

まるで、それが当たり前のように。

俺は涙を拭いて、兄さんの元へ向かう。

俺は別れと決別の意を込めて、髪を切ることを決めた。


「随分短くしたね。前は腰まであったのに」

「床に伏せてたから切れなかっただけだし」


短くなった髪は、朝の風をよく通す。

元々あった髪は、風に乗ってどこか遠くへ飛んでいく。


「さようなら、どうかお元気で」

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