3-1
みのると鬼々さんの事件から早一年。
その間、私たち2人には大きな変化があった。
一つは、私が草間先生の提案で弁護士の資格取得のため勉学に励み、無事資格を取得したこと。
そして弁護士として、亡き先生のお知り合いの弁護士事務所で仕事をし始めたこと。
もう一つは。
「テレビCM、ですか?」
「うん、どうかって」
来夢くんは、モデルとしてだけでなく、CMの依頼が来るようになったこと。
モデルとしても、人としても、評判が良く色んな仕事が来ているとの事で、ついには事務所に入るかどうかや、マネージャーさんを付けるかどうかと言う話まであるらしい。
「すごいですけど、ちょっと嫉妬しちゃいますね」
「嫉妬?」
「はい。だって私以外に来夢くんをみせるのは、やっぱりちょっと…その…」
大切なお仕事なのに、私情を挟んでしまうほど、私の中の来夢くんという存在がとても大きくなっていた。
「ふふ、嬉しい。でも、今回だけ受けてもいいかな?」
「どうしてですか?」
「宝が頑張ってるの見てさ、俺も頑張んなきゃなーって思って。ね?お願い」
来夢くんが上目遣いで私を見る。
そんな顔されたら。
「頑張ってくださいね、でも無理はしないで」
そう言って、私たちはお互いを抱きしめた。
***
ついに独り立ちの日がやってきた。
これが私への初めての依頼。
相談者たっての希望で、私はとある市街地にやってきていた。
「ここで待ち合わせだったかな」
しかし、なぜこんな所で。
相談者に指定された場所は、とある雑居ビルだった。
ビルの入口で2.3分待つと、スマホにメッセージが届いた。
『ビルの2階まで来てください』
相談者は、極端に顔を出すことを拒んでおり、そういう事情がある人もいるのかな、と思った。
ここで引き返していれば、何かが変わっていたのだろうか。
この時の私には、分からなかった。
そこに入ると、部屋の真正面に1人の男性が座っていた。
「貴方が、相談者の…」
「やっぱり」
「?」
「やっぱりそうだったんだな」
俯いていた男が顔を上げる。
「館山宝」
ニヤッと笑う男の目に、私の体は強ばった。
私は知っている、この男の目を。
しかし、頭がそれを理解することを拒んでいる。
「久しぶりじゃねぇか、なぁ」
「誰、ですか」
「とぼけんなよ、俺の名前見た時からわかってたろ」
「しり、ません。貴方のことなんて」
脂汗が止まらない、動悸も激しくなってきているのが分かる。
逃げなければ。
「逃げんなよ?弁護士先生?仕事放棄は良くねぇよな?」
そう言うと、扉の後ろから何人かの男がゾロゾロ入ってきて、鍵を閉める。
「な、にを」
「あん時みたいに楽しもうぜ?」
***
時刻は22時を回っていた。
「宝、おっそいなぁ」
今日は初めての自分への依頼だと目をキラキラさせていた。
もしかしたら帰りが遅くなるかもしれないとは言っていたが、連絡すら寄越さないなんてありえない。
自分は宝に対して過保護すぎると、兄さんに言われた。
だからあまり連絡すべきではないと思ってはいたが。
「遅すぎる」
スマホに連絡しようとしたところだった。
玄関が開く音が聞こえ、俺は急いで玄関に向かう。
そこには、朝とはまるで別人の様な、真っ青な顔をした宝が立っていた。
「宝、どうしたの」
顔を触ろうとする俺の手を、宝は跳ね除けた。
「宝…?」
「あ……え、と、何でも、ないです。すいません、ちょっと、疲れてしまって」
宝は今まで俺を拒否したことなんてなかった。
驚く俺を見ることもなく、宝は風呂に行くと言って、玄関を通り過ぎた。
(俺でもあのクソ悪魔でもない、他の男の匂い)
何かあったに違いない。
でも俺は、宝が何か言うまでは、少し様子を見ることにした。
これが、最悪の決断になるということを、この時の俺は知らなかった。
***
「オェェェッ」
喉が、口の中が、気持ち悪い。
アイツらの匂いと精液が、へばりついているみたいで、吐いても吐いても気分が悪い。
来夢くんに気づかれていないだろうか。
私はその事が不安で仕方なかった。
『漏らすなよ』
そう言われ、2つの穴に栓をされていたものを抜く。
ドロドロとしたものが2穴から出てくる。
その匂いで私はまた吐いた。
ふと鏡を見る。
「酷い顔…」
もしこんな顔をしていたのなら、何かあったと言われたのも納得がいく。
「上手く、隠さないと…」
こんなこと、バレてしまったら嫌われてしまう。
そんなの、絶対に嫌だ。
(大丈夫、取り繕うのは、得意だから)
私は自分自身に言い聞かせるようにして、風呂場を去った。
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