勇者を拾った魔王軍、最悪の未来を防ぐ為勇者育成に励みます

アオツキ

第1話 未来の勇者が魔王城へやって来た


「未来の勇者を拾った」



この一言で魔王城の日常は一変した。臀部に布を巻いた赤子を片手にそう言ったのはこの城の主であり、人間達に恐れおののかれる存在、魔王。人間の2倍はあろうその体躯を見上げるは、魔王に属する数多の魔物達




「…魔王様……今、なんと仰いました?」




1匹の魔物が恐る恐るといった様子で手を挙げ問う




「未来の勇者を拾った」




一言一句違わず繰り返される言葉。魔物達の視線は一斉に魔王の腕に持たれた赤子へ向けられる。勇者、勇者とは即ち魔王を滅ぼさんとする人間達の英雄…この涎を垂らした赤子が?と皆の考えが一致する



「ま、またまたご冗談を!」


「そんな涎塗れの赤ん坊が勇者になるわけありませんって!」


「そうそう、見るからに弱そうだし!」



ザワつく魔物達。ありえない、と笑い始めた配下達を見て魔王はダンッと拳を壁に叩き付ける。崩れる壁、再び訪れる静寂。魔王は一つ咳払いをすると配下達を見下ろし言う



「我のスキルを疑うと?」



魔王が持つスキル、"未来予知"…未来に起こりうる出来事を部分的に視る事が出来るというスキル。その言葉に部下達はブンブンと全力で首を横に振る。然し、とはいえ、この赤ん坊が勇者とは到底信じられない。再びあげられた声を聞き魔王は1匹の魔物を呼んだ


「シャーロック」


「はいはい、ここに」


「貴様のスキルでこの赤子を視よ」


「はいはーい、仰せのままに」


シャーロックと呼ばれた魔物は右手で作った輪を目にあて、魔王が床に置いた赤ん坊をジッと見つめる。彼のスキル、"鑑定"…対象者の魔力属性及びスキルを見極める事が可能


「どうだ、我は嘘を言っているか」


「……いーえー、魔王様の仰る事は事実です」


数秒後、赤ん坊から目を離したシャーロックは事の成り行きを固唾を飲んで見守っていた魔物達へ声を投げた



「この赤ん坊は紛れもなく勇者となる人間だ。属性は光…スキルは"消滅"」


「消滅!?それ勇者が持ってていいスキルなのか!?」


「いやいや……まさかそんな、こんな赤ん坊にそんな恐ろしいスキルがある訳が」



指一本分、名を持たぬ魔物が赤ん坊に触れた瞬間、魔物がジュッと音をたてその場から姿を消した。在るのは床に残された焦げ跡と、それを見てキャッキャと笑う赤ん坊…魔物達は一斉に赤ん坊から距離を取り、魔王もまた赤ん坊から距離を取った



「本当に消滅したんですけど!!」


「触っただけで消滅したんだけど!」


「とんでもないモン拾って来やがりましたね魔王様!なんでこんなもん持ってきたんすか!」


「道端に落ちてたから!」


「次期勇者が道端に落ちてるなんてことないでしょ!」


「でも落ちてたんだモン!」


「大男がモンなんて言っても可愛くありません!」



恐ろしい力を目の当たりにしてギャーギャーと騒ぎ出す魔物達。床の赤ん坊はそんな魔物達に手を伸ばし、すれば魔物達は悲鳴をあげる。手を下ろすと魔物達はホッと胸を撫で下ろし、再びあげると叫び出す。その様子が面白くなったのか赤ん坊はケラケラと笑いながら両手を上げたり下げたりと繰り返していた。混沌と化したその部屋の様子に深く溜息を零し、ひとりの魔物が赤ん坊を持ち上げる


「揃いも揃ってやかましいですよ」


「ふ、フェルメ…」


「下っ端共はともかく魔王や四天王まで」


「スキル"消滅"は恐ろしいであろうが!」


「はあ…スキルを発動するにも何かしら条件がある筈です。今回はたまたまその条件が当てはまり発動したのでしょう」


「だぁ…あぶっ!」


「それさえなければこんな涎垂らした赤ん坊、脅威でもなんでもありませんよ」


「それは…貴様はずるいスキルが有るからそのように余裕で居られるのだっ!」



フェルメ、スキル"相殺"…相手のスキルを相殺する事が可能。但し対象者に触れなければ発動出来ない為、同時に個体そのものの強さも必要である


「そもそも、この赤ん坊が未来の勇者だと分かっていたならば、何故その場で殺らずにこの城に持ち帰って来たのか疑問ですね」


「それ俺も思った」


「シャーロックまで…?」


「シャーロックだけでなく、他の魔物達も皆思っていると思います」


「……いや、それは…そのぉ」


フェルメの問いかけに魔王はあからさまに視線を逸らす。口篭った魔王にずいっと赤ん坊を近付けるフェルメ、短く悲鳴をあげる魔王。はよ言えと威圧するフェルメに観念し、両手の人差し指をツンツンと合わせながら魔王はポツリと呟いた








「……抵抗出来ない赤ん坊を消すのは三流以下のやることだと思って」






刹那、フェルメの右ストレートが魔王のみぞおちに打ち込まれた

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