婚約破棄されましたがそれがなにか?

星 月乃

第1話

「クリス、貴様との婚約を破棄する‼︎」

嘘でしょ……。

今日はわたくしクリスと婚約者アレンとの婚約披露宴のはずだった。それにもかかわらず、なぜか一人で入場させられ、入場した途端にアレンから婚約破棄を告げられた。

「そして、ここにいるリーナと婚約をここに発表する!!」

リーナはスコット公爵家の令嬢でアレンとは幼馴染だと聞いていたけれど、それにしても……馬鹿なの?

このような場所で今更婚約破棄を告げるなどあり得ない。各国の要人が来られているのだ。そのような場で婚約破棄など付け入る隙を自ら与えているようなものだ。

「理由をお聞かせ願えますか?」

「決まっているだろ!! 貴様がリーナを虐めたからだ!!」

「断じてそのようなことはしておりません。それとこれは家同士の婚約です。陛下にはお伝えしたのですか?」

「陛下からは既に許可されている!! とっとと認めることだな」

「アレンの言う通りだ。リーナ嬢は謝罪すれば許すと言っておる。なんと優しいのだ」

アレンの父、チャールズである、ここジェルド王国の国王までもが出てきた。

(本当に馬鹿ばっかりね)

周りの人々もこの茶番劇を見て、呆れた表情をしている。

(わたくしは王太子妃教育が忙しかったし、少し考えれば虐めている暇なんてないと分かるはずですのに。彼らは一体今まで何を見ていたのかしらね)


わたくしは隣国エスフィート王国より、ディラン公爵家の令嬢として婚約するために来た。彼らは自分たち王家の方が立場が上でリーナ嬢も公爵家出身ということで何も問題が起こらないだろうとでも思っているのでしょうね。エスフィート王国はジェルド王国より元々国力が上。婚約してほしいとジェルド王国側から頼まれたから婚約したというのに……。


「何を仰っているのですか。クリスがそのようなことを行うはずがないでしょう」

「そうですわ」

ディラン公爵夫妻が慌てた様子で現れた。


「黙れっ!! 貴様、ただの養子のようだな。貴様のような女と婚約してやっただけありがたく思え!!」

それを聞いて驚いた顔をしていると、別の意味に捉えられたらしく、

「そんなことすら知らないとでも思っていたのか」

と返されてしまったがわたくしが驚いていたのはそこではない。

ええ、確かにわたくしは養子よ。でもわたくしの生家はエスフィート王国の王家なのだけれど……。

そうわたくしはエスフィート王国の第一王女として生を受けた。しかし、わたくしは幼い頃に魔力を暴走させてしまったことがあった。成長するにつれ、魔力は増える。このままではわたくし自身までもが危険だった。わたくしの属性は氷でその扱いに長けていたのがディラン公爵家。だから、実父であるエスフィート王国の国王陛下はわたくしを守るためにディラン公爵家に一時的に預けることにした。そして、魔力が制御出来るようになれば王家に戻る予定だった。魔力がようやく制御出来るようになった頃、婚約の話が舞い込んできた。断ることも出来たのだけれど、お世話になった公爵家の人々にお礼をしたいと思ったわたくしは婚約を受け入れることにしたのに、まさかこんなことになるなんてね。


「とにかく謝罪しろ。そして、2度とここには来るな!!」

「2度と来る気は元よりございません。ですが、謝罪は一切いたしません」

「な!? 貴様、王家を侮辱しているのか!?」

「はぁ、侮辱しているのは貴方たちの方では?」

「ああ、そうだな。こんな侮辱を受け入れるわけにはいかない」

「放っておいて、もう帰りましょう」

「なっ!? 貴様らのせいで公爵家が潰れても、それでもいいと言っているのか!?」

「そうだ。大人しく従うことだな」

(国力の低いジェルド王国にそんなことが出来る力なんてあるわけないというのに。分かっていないのかしら)

「俺たちがたかだか公爵家ごときに舐められるなどあり得ないからな」

(これは本当に何も分かっていないわね。王家だから公爵家よりも上? 名前だけは確かにそうでしょうね。軍事力も財力も何もかもディラン公爵家の方が上だけれど。というか先程の馬鹿発言で周りの見る目が厳しくなったこと気付いていないのかしら。これでいくつかの国を敵に回したわね。それとお父様、絶対に怒っているわね。そんな空気を背中からひしひしと感じるわ)


「仰りたいことは以上でしょうか? そろそろ、こんな茶番劇は終わらせたいのですけれど」

「茶番……だと!?」

「さっさと認めんか!! 見苦しい」

「見苦しいのは貴様だ!! 国王」

ついに堪忍袋の緒が切れたようで実父ルイスがわたくしの前に現れた。

「あ、貴方はエスフィート王国の国王陛下ではありませんか」

「これはどういうことか説明してもらおうか」

ルイスが低い声でチャールズに問う。

「お聞きになった通りですよ。彼女、リーナ嬢がそちらの女に虐められていたのですよ。これは由々しき事態です」

「それで?」

「はい?」

「証拠はあるのか?」

「はい、もちろんです。リーナ嬢がそう言っていたんですから」

「……それだけか?」

「はい。ですがリーナ嬢は泣いて訴えていたんです。その証言で十分ですよ」

チャールズのその発言を聞き、周囲にはざわめきが起こっている。

「それは証拠にはならん!! そんなもので我が娘を陥れるつもりだったのか、貴様らは!!」

「「「!?」」」

「む、娘? 公爵家の養子では?」

「事情があって一時的に預けていたにすぎん!! クリスは私の娘で第一王女だ!!」

ルイスの言葉を聞き、周囲は騒然としている。

「なっ!?」「えっ!?」「嘘でしょう!?」

「嘘ではないわっ!!」

ビクッ

騒ぎを聞きつけた宰相が会話を聞き、頭を抱えていた。

(私はちゃんと言いましたよっ。あの人たちじゃ全く当てにならないから婚約してもらってたのに。ああー、この国はもう終わりだー)


「それとそこの娘を虐めた? その言葉に偽りはないな?」

リーナに問う。

「えっ、ええ。そうよ」

もう後には引けなくなったからか、そうはっきりと言う。

あーあ、最後のチャンスだったのに。

「前に出よ」

ルイスがそう言うと3人の令嬢が歩み出た。

「3人の発言を許可する」

「はっ、はい。リーナに嫌がらせしたのは私です」

「私もです」

「私もやりました」

「「は?」」

「なっ!? 何を言っているのよっ!! そうよ、その人たちに脅されて、そう言っているに決まっているわ」

「なに、それは本当か!!」

アレンがその言葉に食い付いた。

「ええ、本当よ!! 間違いないわっ!!」

「だそうですよ。父上」

「ああ、それならいくら国王といえど許されることではありませんぞ」

呆れて物が言えず、クリスとルイスは黙り込んだ。

「何か仰ったらいかがです?」

チャールズは勝ち誇ったような顔をしている。

「呆れておったのだ。私がそのようなことをする理由がどこにある。ここまではするつもりはなかったが良かろう。この場で証拠を見せよう」

そう言うと映像が映し出された。学園での様子が映っている。

「貴方たち、これを破りなさい」

そう言って、リーナは3人に教科書を渡す。

「しっ、しかし……」

「いいから、やりなさいよっ!!」

「っ分かりました……」

3人は顔を見合わせてから、教科書を破り始めた。

「なんだ、これは……」

アレンもチャールズも信じられないという顔をしている。

「これは何かの間違いで」

リーナは青い顔をして、慌てて否定するが流石に騙されない。映像を偽造するなど、そのようなことは不可能だからだ。


「呆れたわね」

「ああ、本当にな」

「リーナ……」

アレンが小さな声で呆然と呟く。

「これで分かったか。捕らえよ!!」

ルイスは周囲に控えていた騎士に指示を出した。

「なっ、何をする。離さぬか」

「……」

「離しなさいよっ!!」

チャールズやリーナは最後まで騒いでいたが、アレンは余程ショックだったのかすっかり大人しくなった。リーナは騎士に引きずられるようにして去って行った。


後日談だが、あの後クリスはルイスとともにエスフィート王国に帰還した。


ジェルド王国の王家は過去に行っていた悪事の数々が暴かれ、王族は全員幽閉処分となった。リーナはジェルド王国で一番厳しいと言われている修道院に送られた。リーナの実家スコット公爵家は当然取り潰された。そして、ジェルド王国はエスフィート王国の植民地となった。


クリスは家族の元で愛されながら、のんびりと自由に楽しく暮らしたという。

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