第44話 再会
「おはようメアリー、もしかして聞いていたのか?」
いきなりそう質問される。確かに話は聞いていたけれど何の内容かはさっぱり分からない。
「おはようございます。話は聞いておりましたが、内容までは……」
「そうか。まあ、食堂へと入れ」
「わかりました……」
食堂へと入ると、ゲーモンド侯爵が席から立っておはようございます。と丁寧に挨拶してくれた。
「おはようございます。ゲーモンド侯爵。朝早い時間からお越し頂きありがとうございます」
「いえ、こちらの都合なのでむしろ離宮に入れてくださりありがたい限りです」
「あの……何かございました? 今日はゲーモンド侯爵のお屋敷に伺うご予定でございますが」
「今、その屋敷にウィルソンがいる」
「!」
ウィルソン様がゲーモンド侯爵の屋敷に?! な、なぜ?
「ウィルソン様が?!」
「ああ、病でね……療養の為に急遽こちらへと来たんだ」
「病、ですか……」
「病状を聞く限り、母上と同じ病じゃないかと思うんだ」
「そうなのですか……」
「流行り病なのか、無理が祟ったのか、たまたま偶然なのかまではまだ分からない。だが、流行り病なら王宮内や周囲の街並みではもっと流行っているだろうから、違うと思うが」
レアード様の言う通り、今の所王宮内で病が流行っている話は聞いた事が無い。
「こればかりは医者に聞いてみないとわからないがな」
「王太子殿下のおっしゃる通りでしょうね」
「だから、離宮までお越しになられたのですね」
「そうです。ウィルソンはできればあなたにお会いしたいと願っております」
「……」
たまにだけど私への手紙を書いて送っていたものね。と心の中で呟いてみた。
「とりあえずは、医者の診断を待ってからにすべきだ。流行り病ならメアリーに合わせるわけにはいかない」
「わかりました。医者に再度診察させるように要請します」
「ゲーモンド侯爵はウィルソンとは会っているのか?」
「彼が屋敷に戻ってからはまだ一度も対面しておりません」
「そうか……わかった。早急に診察させて結果を報告しに来るんだ。急げ」
「かしこまりました。王太子殿下」
ゲーモンド侯爵は胸に手を当て、侍従のような丁寧な挨拶をした後、足早に食堂から去っていった。
「病、ですか……」
「そうだな。メアリー、お前は会いたいと願うか?」
「……少しだけ、あります。しかしながら」
「しかしながら?」
「今更私を愛そうとしても、もう遅い事はしっかりお伝えする必要があるかと」
私はレアード様を愛している。結婚したのに私を愛さず酷い扱いをしたウィルソン様の事は未だに許せない。
「なら、その気持ちをはっきり伝えろ」
レアード様がそう言って私の頭をぽんと撫でた。
「はい、そうさせていただきますね」
胸の奥から湧いて出てくるウィルソン様とアンナへの暗い感情を押し殺しながら、レアード様に返事をしたのだった。
「おはようございます。朝食の準備が整いましてございます」
食堂に現れたコックが、そう告げた。もうそんな時間か。
「分かった。では頂こう」
「かしこまりました。王太子殿下」
朝食はスクランブルエッグとソーセージと丸いパン。ホットミルクにデザートのカットフルーツが並ぶ。
それらをゆっくりと味わってはいたが、脳内ではウィルソン様の病状・容態が気になってしまっていた。
もう、ウィルソン様の事なんか好きじゃないのに。でも彼の死を喜ぶのはなんだか不謹慎な気もしてるし……。
うん、会って見てみないとわからないよね。
「ごちそうさまでした」
しかしながらやはり朝食は美味しい。特に焼いたソーセージはパキッとした食感と塩気のある味わいが癖になる。
食事を終えた後は、ゲーモンド侯爵が来るのを食堂で待つ事にした。彼の報告を聞いてからでないと、今日の予定が遂行できない。
「……」
静かでややピリついた空気が流れる。なんだか、私からは話しかけづらい雰囲気だ。
「……」
「どうした? メアリー」
このタイミングでようやく、レアード様が口を開いてくれた。
「あ、いや……何でも無いです」
「そうか。そろそろゲーモンド侯爵が来てもおかしくは無いと思うのだが……」
30分くらいは過ぎただろうか。その時、バタン! と食堂の扉が開き、ゲーモンド侯爵が現れた。
「お待たせしました。流行り病ではありませんでした」
「そうか、分かった。メアリー、どうする?」
レアード様が念には念を入れているのが分かる。でも私は大丈夫。レアード様を愛しているから。
「参ります」
「すぐに参ろう」
「はっ!」
馬車に乗りこみ、ゲーモンド侯爵の屋敷を目指す。
馬車が思った以上にスピードを上げて走行したのもあってか、想定よりも早くに到着した。
やはり侯爵家。屋敷は立派な作りだ。フローディアス侯爵家の屋敷と同じくらい、いやそれ以上の敷地面積があるかもしれない。
「では、私についてきてくださいますか? 彼は離れのゲストルームにおります」
「わかった」
「はい、わかりました……」
離れは正門から見て左側に位置する建物だ。離れとはいえそこはゲストルーム。実家の屋敷を少し小さくしたくらいには広々としている。
離れの2階に真っ白な大階段で上がり、ウィルソン様のいる部屋へと入室した。
「あ……」
天蓋付きの茶色いベッドの上に、ウィルソン様は仰向けになっていた。前見た時よりも明らかに痩せた顔つきをしている。
「モル、王太子殿下とメアリーか……?」
「ああ、そうだよ。王太子殿下とメアリー王太子妃だ」
「そうか……メアリーが……王太子妃か」
「挨拶するんだ、ウィルソン」
「モル」はゲーモンド侯爵の愛称のひとつ。やはりいとこ同士である事が分かる。
「王太子殿下、メアリー……様。お越し頂き、ありがとうございます……」
「フローディアス侯爵。体調はどうだ?」
「このような具合です……俺はもうじき死ぬのかも」
「死なれては困るな。跡継ぎはどうするつもりだ?」
レアード様の試すような物言い。ウィルソン様は動じていないようだ。まあ、体調的にそれどころじゃないのもあるかも知れないが。
「まだ決めておりません……」
「それだと困るだろう。お前には子がいないのだから、どうにかしないとな」
「……アンナが嘘を、ついてなければ。メアリーの事をちゃんと愛していれば……」
ウィルソン様が虚ろな目のまま、私を見た。
「ウィルソン様……」
「メアリー、済まなかった……」
「済まなかった。で済むなら離婚なんてしていませんね」
嫌味を込めてそう言ったのに、ウィルソン様は眉を下げて笑う。
「勿論、謝ったら終わりだとは思っていない。この病は罰だろうな……」
「フローディアス侯爵。気を確かにもて」
「はは……」
ウィルソン様はそのまま意識を手放すように目を閉じる。
このまま死なれるのは……色々面倒じゃないか?
「ゲーモンド侯爵、医者を!」
「わかりました!」
ゲーモンド侯爵は部屋を飛び出していった。
「おい、フローディアス侯爵! 眠るな、目を開けよ!」
「王太子……殿下……」
高熱によるものかどうかわからないが、ウィルソン様の意識が飛んで行っている!
「ウィルソン様、勝ち逃げは許しませんよ?!」
「勝ち逃げじゃ……ないだろう……むしろ俺は負け犬だ」
「あ、ああ! そうですねっ……! 間違えてしまいましたっ!」
「メアリー……かなうなら、やりなお、したい……」
また、ウィルソン様の瞼が閉じられていく。
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