第28話 冬の動物園
確かに手のひらからほんの少し、じんわりと熱が生まれてきているような感覚があるのが知覚出来る。
「ちょっとマシになってきました……」
「あとは手を握ったり広げたりするとか、とにかく動かしておけ。結構違うぞ」
「ありがとうございます……レアード様は物知りですね」
ふふっと笑うレアード様。どうやらこのマッサージは自分で考えたものだとか。
「小さい頃からよくやっていたんだ」
「そうだったんですか……ほほう……」
「幼い頃はよくしもやけにもあっていたな。古今東西様々な医者や薬師達からアドバイスを受け、それで今はしもやけとは無縁にはなった」
しもやけは一度発症すると冬の終わり・春の訪れまで長引く事がある。とにかくかゆくてそして痛い。
私も弟達もよくしもやけに悩まされて来たが、特にイーゾルはひどくてよくしもやけが出来た箇所を定規で血が出るほど擦って、靴下が血だらけになっていたのを思い出す。
(あの時の母親はイーゾルに過保護になってたなあ……)
温かくしなきゃ! と私のケープをお構いなくイーゾルに着せてあげてた母親。私にはひどい扱いをしてマルクとイーゾルを溺愛していた母親らしい行動だ。
でも、イーゾルのしもやけのひどさは、姉の私からしてもなんとかさせてやりたいと考えさせるものだった。
「メアリーはしもやけにはなった事があるか?」
「はい、何度か。弟達もそうですね。特にイーゾルはひどくて」
「野菜の研究に支障が出ないといいが」
「そうですね……」
馬車の窓から見える景色はほぼ白と言った具合だ。畑も雪に埋もれてしまっている。そんな時は雪かきが必要。これはかなり大変な作業なのだが……。
(イーゾル元気かな)
馬車は雪に覆われた大地を進み、時折休憩の為に歩を止めながらもゲーモンド侯爵領地へと進み続けた。
そしてゲーモンド侯爵領地内に到達し、いよいよ動物園へと到着したのだった。
「長旅お疲れ様でございました。王太子殿下」
動物園の門の前にはゲーモンド侯爵が、使用人や動物園で働く者達を5人ほど引き連れて出迎えてくれている。
レアード様の手を借りて馬車から降りると、再び挨拶を受けた。
「お久しぶりでございます。王太子殿下。メアリー様」
「久しぶりだな、ゲーモンド侯爵」
「お久しぶりでございます。ゲーモンド侯爵」
「婚約パーティー以来でございますね、こうしてお会い出来ましたのは」
そう。ゲーモンド侯爵はあの婚約パーティーに出席していた。いとこであるウィルソン様が謹慎中だった為か、他の貴族達とはほとんど会話をせず、ひっそりと目立たないように振る舞っていたのを覚えている。
「そうだな。元気そうで何よりだ」
「はい、皆様もお元気そうでご安心いたしました。ではご案内いたしましょう」
動物園の門は王宮の門を彷彿とさせる細やかな造りになっている。剪定された木々や建物も美しく、貴族の屋敷とはそこまで変わらない。
(厳しい冬だけど、木々や花々も枯れていない。手入れが行き届いている証拠ね)
入ってすぐの場所には巨大な木々が植わっており、その周囲には屋根付きの檻が設置されていた。
「ピピピッ」
檻の中にいたのは鳥。小鳥から鳩くらいの大きさのものまで数種類の鳥が飼育されている。
「こちらにいる鳥達の9割が保護された鳥達です。保護した鳥はここで傷が癒えるまで暮らし、傷が癒えたらまた自然へと放っております。ちなみにここの動物園から少し離れた所には養鶏場がありますよ」
「そうか。冬だがみなにぎやかだな」
「ふふっ……そうですね。鳥達の鳴き声は聞いていると元気が出ます」
それからも各動物達の紹介をゲーモンド侯爵から受けた。狼や虎などの肉食動物なども飼育されていた事には驚きを隠せない。しかも飼育員に皆懐いていた。
「彼らは皆飼育員に懐いていますよ。でも何かあったら危ないので飼育員には用心するようにと伝えてあります」
そして海のいけすを利用して作られたプールにはイルカとシャチの姿もあった。彼らを見た時、私は離宮の中庭で飼育され始めたイルカはどうなっているのか? とふと疑問に感じた。
「そういえば……あの離宮の中庭のイルカって」
「ここにいますよ」
「そうなんですか?!」
「ほら、こっちにおいで」
ゲーモンド様が慣れた手つきで指笛を拭くと、ゆっくりとイルカとシャチ合わせて3頭がやってきた。
「この左にいる子が離宮にいた子ですね」
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