第23話 婚約パーティー①

 時間は経過し婚約パーティー開始まであと1時間。私は今控室にてベテランのメイドの皆様の手によりお化粧と髪結いを施されている。

 その前にドレスに着替えたのだが、これがまた豪華な造りで暗めの青い色の下地に白く細やかなレースやフリルがたくさん縫い付けられている代物だ。ここまで豪華且つ緻密な造りをしたドレスは初めて着用する。


「ほほ。メアリー様。いかがでございましょうか?」

「私が言うのもなんですがすんごい綺麗です……!」

「では、このお化粧で参りましょうか。とってもとってもお美しいですよ、メアリー様」

「まるでおとぎ話に出て来るお姫様のようでございますわ!」


 次々にあちこちからメイドが私をほめたたえる言葉を発してくるので、ちょっとだけむずがゆい感触が全身を覆っている。でもそこに嫌な気持ちは一切なくて、むしろ嬉しさでいっぱいだ。


「皆さん、ありがとうございます」


 嬉しさを笑顔に変換し、彼女達にそう伝えたのだった。

 支度が終わると赤い軍服姿のレアード様が控室にやってきた。レアード様の後ろには、正装姿のマルクとイーゾルもいる。  


「うおっ、姉ちゃんマジキレイ!」

「おいおい、お美しいだろ? イーゾル」

「なんだよ兄貴。キレイもお美しいも意味一緒だろ?」

「落ち着けお前達。メアリーが美しいのには変わりないのだから」


 ここから見ていると、レアード様がマルクとイーゾルの兄君のように見えて微笑ましい。弟達よりもレアード様の方が身長が高く、身体つきもがっしりとしているから余計にそう見えてしまう。


「微笑ましいですね。まるでレアード様が兄みたい」

「……確かに、姉さんのおっしゃる通り、王太子様みたいな兄がいたら更に面白かったかもしれません」


 くすりと笑うマルクにつられる形でイーゾルも笑う。


「ははっ、確かに!」


 温かく朗らかな空気が控室に漂っている。この空気のまま婚約パーティーを迎えたいけど……。


(謹慎中のアンナとウィルソン様はいないだろうけど、両親がな……)

「メアリー、顔が硬いぞ?」

「むっ?!」


 レアード様に頬を手のひらでそっと触られた。お茶会の時のイーゾルと違ってふんわりとしたソフトタッチだ。


「大丈夫だ。俺がいる」


 そしてそのまま、レアード様は私の唇にそっと唇の先端を重ねた。柔らかくて軽やかなキスが、私の緊張の心を解してくれる。


「ありがとうございます。レアード様」


 レアード様の後ろでマルクとイーゾルも穏やかな笑顔を浮かべていたのだった。


(うん、リラックス出来たかも)


 そうこうしている間に時は過ぎ、いよいよ会場へ向かう時間が来た。


「行こうか、メアリー」

「はい、レアード様」


 レアード様の腕をしっかりと組み、私達は会場である大広間へとゆっくり廊下を踏みしめるように歩いていった。


「……王太子殿下と婚約者であるメアリー様のご入場でございます……!」


 侍従のアナウンスが会場内に響き渡ると、舞台袖で待機していた私達は設置されたステージへ歩く。


「わあああああああああ!!」


 拍手と共に歓声が巻き起こる。私の目は弟達と両親を無意識に探していた。

 弟達は相変わらずのテンションで歓声をあげているが、後方にいる両親は納得のいかない表情で、ただ見つめているだけだ。

 国王夫妻は今回の婚約パーティーには出席していない。国王陛下は私達を主役として押し出す為と語り、あえて欠席した。


「では、王太子殿下からのご挨拶がございます」

「皆様。今日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがたく思います。私達の門出をぜひ、祝ってくだされれば幸いです」

「次に、メアリー様からのご挨拶になります」

「皆様、お集まりいただきありがとうございます……! たくさんの方々にこうして集まっていただき本当に嬉しく思います……!」


 パチパチと温かい拍手が巻き起こる。が、両親や一部の令嬢達からは拍手は起きていない。

 挨拶が終わるとコック達が大きなシルバートレイに乗った軽食を次々に持ってきた。この婚約パーティーは立食形式で行われるので、いずれのメニューも食べやすいものになっている。


「それでは皆様、お楽しみくださいませ……」


 立食パーティーが始まると、客達は続々と料理を取り始めた。


「姉ちゃん!」

「姉さん、料理持ってこようか?」


 早速弟達が私とレアード様の元へと駆け寄ってきた。そんな彼らを追いかけるようにして、貴族令嬢が何人かやって来る。


「マルク様! 私とお話しませんか?」

「いや、私とお願いします!」


 貴族令嬢達は皆目の色がギラギラと輝いている。マルクはラディカル子爵家の跡継ぎだが、婚約者はまだいない。優秀なイケメンなのも相まって、彼を狙う貴族令嬢は数多い。


「いや、皆様落ち着いて……」

「だって私マルク様とお近づきになりたいもの!」

「私は侯爵家令嬢よ! それでも私はマルク様と結婚したいの!」

「私だって伯爵令嬢だけどマルク様と結婚したいわ!」


 貴族令嬢達がマルクやイーゾルの静止を振り切り、アピールを続ける。


「見苦しいぞ。やめておけ」


 レアード様がこのタイミングで、マルクにアピールしていた貴族令嬢達を一喝した。貴族令嬢達は一瞬ひるみ、すぐに大人しくなった。が……。


「では、レアード様! 私を妾にしてくださいませんか?」

「そうだわ! マルク様がダメなら……!」

「お願いします。愛されなくても構いません。私の家はお金が無くて困っているんです……!」

「お願いします! 愛されなくても構いません! 私を妾にしてください!」


 貴族令嬢達が一斉にレアード様に集い、妾にしてくれと叫ぶように懇願し始める。

 しかしレアード様の険しい表情は一切揺るがない。


「妾は持たない。お前達を妾として迎えるつもりはない」

「! お願いします! そこをなんとか!」

「王太子様は私達貧乏貴族を助けないのですか?!」


 私は我慢出来ずに彼女達へ諦めるようにと告げた。


「貴族なら他にも嫁ぎ先があるじゃないですか。あなた達さっきはマルクに声かけていたでしょう?」

「メアリー様は王太子様からの寵愛を受けているからわからないのよ!」

「そうよ、マルク様の妻よりも王太子様の妾の方がお金には困らないんじゃないかって……」

(いや、失礼だな?!)


 レアード様へ妾にしてと頼みつつ、手のひらを返すようなラディカル子爵家を下に見る発言、だんだんと怒りが湧いてくる。


「そうだ、メアリー。彼女達に婚約者の座を譲ったらどうだ?」

「そうよ。あんたなんかに婚約者の座は務まらないわ」


 この最悪のタイミングで両親がやって来てしまった。

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