第8話 噂

「レアード様……昨夜はよく眠れました」

「そうか。なら良かった。じゃあせっかくだ。散歩がてらついてこい」


 レアード様は私へ靴を渡す。それは赤い美しい靴だった。足裏に付いた砂を手で払い落として履いてみるとサイズもぴったり。そして靴を履き終わった私の右手を取ると、そのまま中庭へと駆け出していく。

 すると前方に左右を生い茂る木々で囲まれた小さな扉が現れる。もしかしたらここがあの秘密の花園だろうか?


「もしかして、その先は……」

「秘密の花園……王族しか立ち入る事を許されない区画だ」


 門がレアード様の持つカギによって開かれる。立ち入ると中は木々が壁と天井のようになっている。更に青い花も咲き乱れていてとても幻想的だ。


「綺麗ですね。なんだか妖精が出てきそうな……そんな感じです」

「そうだろう? ここはおとぎ話に出てくるような場所とはよく聞くよ」


 木々と花で覆われた道をちょっとかがみながら歩いていくと、東屋が現れた。東屋と言っても配置されているのは机と椅子だけ。壁や天井は木々で囲まれているままで、さらに奥には巨大な大木が根を下ろしている。その大木からも青い花がまるでぶら下がっているようにして咲いている。

 巨大な大木の丁度ど真ん中にはうろがあり、そこはちょっとした祭壇になっていた。


「祭壇がありますね……」

「ここは我が王家の祖先となる者を祀っている場所だ。この国を作り、最初の王として君臨した英雄とその妻の霊廟だ」

「その伝説、聞いた事があります……!」


 かつて、この一帯を噴火と災害、そして寒さが襲い人々はそれらに苦しめられた。そんな中、とある騎馬民族が食料を強奪しようと襲い掛かって来る。

 そこで立ち上がったのが当時は村の村長の息子だったはじまりの王と呼ばれる初代国王だった。彼は騎馬民族とは戦わず、対話で決着をつけようとしたのだった。


「こちらは災害が立て続けに起こりどうしようもない。あなた方から知恵を受けなんとかこの一帯をどうにかしたいのだ。どうかお願いしたい。あなた方の力をお借りしたい」


 とはじまりの王は妻と共に騎馬民族の首領へと必死に頭を下げた。その意気を首領は認め、はじまりの王とその妻へ知恵を授けた。

 その知恵によりはじまりの王はカルドナンド王国を築いた。国王となっても彼とその妻は献身的に人々を支え続けてきたのだった……。


 という伝説である。よくこのはじまりの王とその妻の存在を疑問視してきた学者を見た事があるが、なるほど。彼らはちゃんと存在していたのだ。


「時に、彼らの存在を否定する学者もいる。だが、彼らはこうして実在しているのだ。彼らは死ぬ間際墓は作るなという遺言を残している。その遺言状があの祭壇に配置されている石板だ」

「えっ?」

「まあ知らないのも無理はない。これは王家のみ代々口伝で伝えられてきたのだから」

「……そんな大事な話、私に伝えても良かったんですか?!」


 そうだ、私は王家の者ではない。そんな大事な話を私にしちゃって大丈夫なのか……。


「お前はこれから契約とはいえ俺の婚約者、ひいては妻になるだろう? だから彼らにお前を紹介したかったんだ」


 私を彼らに紹介したかったのか……確かに挨拶は大事だ。


「ご挨拶してもよろしいですか?」

「勿論」


 私は祭壇の前に歩み寄り、貴族の令嬢らしく挨拶をする。

 すると、祭壇にあるろうそくの火が一瞬だけぼっと大きく明るくなり、すぐ元に戻った。


(挨拶、かな?)

「メアリーを歓迎してくれたのだろうな」

「レアード様……」

「良かったら一緒に朝食を食べないか?」

「! ぜひ……!」

「じゃあ、行こうか」


 そう告げたレアード様は私の両肩に手を置き、そっと額に口づけを落とす。軽やかなそよ風のような口づけに、私の胸が高鳴った。


(こんなの、初めて……レアード様と手を繋いでからドキドキする事だらけだ)

 

 朝食は私の部屋で頂く事になった。ドレスに着替えてお化粧をしてから頂く。


「すみません、髪結いしながらになりますが……」

「気にするな。むしろその方が効率が良いだろう」


 この後、私はレアード様のご両親である国王陛下と王妃様に謁見する事が決まっている。着替えたドレスはフローディアス侯爵家で着ていたものよりも高価そうなのが見て取れるし、身につけているアクセサリーも今までで1番豪華なものを着用している。


 朝食はスクランブルエッグに焼いたソーセージ3本、パンとポタージュスープに複数の果物を四角く一口サイズに切ったものにサラダが並んでいる。


(どれも美味しいわ)

「メアリーは好きなものあるか?」

「食事の好物ですか?」

「そうだ」


 好きな食べ物……肉は好きだし野菜も好き、魚は骨が多いのは苦手だけど、嫌いではない。

 あ、ソーセージが1番好きかもしれない。あのパキッとした食感にちょっとしょっぱい塩味がたまらない。それにパンとも相性が良い。


「ソーセージですかね」

「奇遇だな、俺もだ」

「そうなのですか?」

「ああ、パンと一緒に食べたら更に美味しい」


 ……奇遇だ。パンとの相性の良さをレアード様が知っているのもたまらなく嬉しい。


「パンとの相性の良さを知っているとは……さすが王太子様ですね。私もそう考えていました」

「メアリーと共通点があるのは嬉しいな」


 にこりと目を細めて嬉しそうに笑うレアード様。こんなわくわくした嬉しい気持ち、初めてだ。


 朝食を終え、準備が出来たら私はレアード様と共に国王陛下と王妃様の元へと謁見に向かう。


「こちらです」


 彼らはすでにこの私的な居住区画から公的な区画……つまり王の間へと移動している。王の間へ向かう途中、私の胸は絶えず大きく鼓動が鳴り響いている。


「緊張しているな」

「! レアード様……」


 緊張しているのを彼に見抜かれ、正直にはい……。と答えてしまった。


「大丈夫だ。両親は優しい。怒るような真似はしない」

「レアード様……」

「俺がついている」


 レアード様が私の手を力強く握り直した。王の間へと到着し、扉が開かれると巨大な広間と玉座に座る2人に側近達の姿が現れる。

 金髪に口ひげを生やしたまるで騎士のような凛とした佇まいの国王陛下に、同じく金蘭で小柄、どちらかといえば可愛らしい顔つきな王妃様だ。


「おはよう、レアード。そして……メアリー・ラディカル」

「おはようございます。父上」

「おっ、おはようございます……陛下」


 国王陛下は私が離婚した事を把握していたようだ。


「メアリー、今日から女官として働くそうだな?」


 と、国王陛下からゆっくりとした口調で告げられたのではい、そうです。と答える。


「そうか。励めよ。ところでメアリーに関しては良からぬ噂が流れていると聞いてな」

「父上、良からぬ噂とは?」

「メアリーは浮気性だと昨日の夜、社交場にてとある男爵令嬢が語っていたそうでな」


 私が浮気性……? 何だそれは。


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