第3話 こんな所で死にたくない
「あ、あの……なぜそう決めつけるのですか?」
「なぜって……アンナがそう言っているからに決まっているだろう!」
いつも口数が少ない彼が声を荒げて怒号を挙げる場面は初めて見た。私はその衝撃に耐えられず涙をこぼしてしまう。
「……っ!」
「泣けるんだな、貴様も」
「血も涙もない、なんてただの……噂です」
そんな私を不思議そうにウィルソン様は見ている。アンナは相変わらず大袈裟に泣き真似をしていた。
「……部屋で謹慎していろ。1週間だ」
こうして私は1週間部屋で謹慎する事になった。元からアンナとは会いたくないから部屋にこもる事になる覚悟は出来ていたけれど、それでもやっぱりショックは大きい。
「……ひっく」
自室に戻るとベッドの上で三角座りになり、情けなく泣くしか無い私。
それから食事をメイドが持って来てくれたが、ウィルソン様の命令によるものかはわからないが、いつもより質素になった。
「なんでこんな事になったのかしら……」
ウィルソン様とはろくに会話すらしていない、ただのお飾り妻だったのに。
ウィルソン様への愛する気持ちは全て泡になって消えていった。
(もしかして、結婚したのがまずかったのかな?)
もしもウィルソン様と結婚せず、別の優しい方と結婚していればどうなっていただろうか?
それこそ、王太子殿下のレアード様とか……。
(いや、たらればなんか意味は無い)
とめどなく流れる涙を何度も手やハンカチで拭いながら食事をし、ドレスを脱いで部屋にある簡易なシャワールームに入ったのだった。
夜。寝間着に着替えて就寝しようとしたら窓の外からはがやがやとした音が聞こえてくる。
(何かしら?)
どたどたという音。もしかして屋根を人が走っている?
そんな芸当出来るものなのだろうか? それとも獣が屋根を走りまわっているとか?
(見てみよう……)
窓に近寄ると黒ずくめの服を着た人間と目があった。
え、なんでこんなとこに人間が? もしかして盗賊の類?
「貴様、侯爵夫人か?」
「え?」
聞こえてきたのは若い男の声。気がつけば窓は開かれて私は彼の手により部屋の外へと引っ張り出されていた。
「ちょっ! 離して!」
「貴様には人質になってもらう! 落ちて死にたくなければおとなしくするんだな!」
確かにここから落ちれば死ぬ。確実に死ぬ。私は抵抗すら出来ずに男に捕縛され、夜の闇に吸い込まれるようにして連れて行かれた。
「なんだ?!」
途中。ウィルソン様の声が聞こえた気はするが、すぐに仲間達の声や彼らが持っていた爆竹の破裂音によりかき消された。
(爆竹持ってるの?! 怖い!)
黒ずくめの服を着た者達がいつの間にか周囲に20人くらいはいる。私を背負っている者含め、屋敷の屋根やバルコニーに石畳の道をアップダウンしながら疾駆していく。
私は一体どこに連れて行かれるのだろうか。いや、その前に死にたくないのだが?!
「ねえ! 私死ぬの?!」
「貴様には人質になってもらうだけだ。安心しろ。お飾りの侯爵夫人サマ」
「私がお飾りなの、知ってるのね……てか、あなた達は?」
「俺達は盗賊だ。これから貴様を人質にし、フローディアス侯爵家に身代金を要求する」
夜の闇を疾駆しながらの会話。私は話すのがやっとだったけど彼らは手慣れている感じを受ける。
それにしても私を誘拐した所で、ウィルソン様は身代金を支払ってくれるのだろうか?
(何だろう、支払ってはくれなさそうな気がしてならない)
それから私は郊外にある盗賊の拠点に連行された。拠点は一言で言うとレンガ造りの巨大な倉庫と言った具合か。
「貴様にはここでいてもらう」
盗賊のリーダー格と思わしき大男が、やや粗末な安楽椅子に座らされた私の目の前に現れそう言った。
「身代金が支払われるまで?」
「そうなるな」
「わかったわ……」
「リーダー! お待たせしました!」
倉庫にフローディアス侯爵家に仕えるメイド2人が、後ろ手を縄で縛られた状態で連れてこられた。
どうやら人質は私だけでは無いようだ。
「全員揃ったな」
と、リーダーが告げると盗賊達は全員揃ってはい! と答えた。
(統制もしっかり取れているのね)
「侯爵夫人よ。部屋に案内しよう」
リーダーの言葉を受け、女性の盗賊3人が私の前に現れて椅子から立つようにと告げる。
ちなみに私は今メイドと違い、縄で縛られたりはしていない。侯爵夫人だからだろうか?
「あの、メイド達の縄も外していただけませんか?」
「……わかった」
メイド達を縛る縄が解かれたのを見届けてから、私は部屋に移動した。部屋はやはり簡素な部屋だが、思ったよりかは広い。
部屋は木の床にさっき座っていたのと同じ安楽椅子に簡易なベッドと机が置かれている。
「お手洗いとシャワーは廊下を出て右にある」
「分かったわ、ありがとう」
「いえ、それでは」
女性の盗賊達が部屋を去った事で、部屋には私だけとなった。静かな空気が私の身体へと染みていく。
「はあ……」
これから私はどうなるのだろう。ウィルソン様がもし身代金を支払わなければ殺されてしまうのだろうか?
それは嫌だ。死にたくない。
「……ここが最期の部屋になるのかしら」
ふと、窓の外の景色を見る。真っ暗闇に満月だけが不気味に輝いていた。
満月だけが明るくて、むしろ、満月に吸い込まれてしまうんじゃないかと錯覚してしまうくらい。
(……寝ようかな。疲れた)
簡易ベッドには掛け布団はある。しかしフローディアス侯爵家の屋敷のものよりかは薄い。2分の1は薄いんじゃないだろうか?
だが、掛け布団はこれしかない。私は掛け布団を被ってミノムシのような状態になり、目を閉じたのだった。
翌朝。誰かがこんこんと部屋のドアを叩く音で目を覚ました。
「おはよう。昨日は眠れたか?」
女性の盗賊と、リーダーの2人がそこにはいた。私はベッドから飛び上がるようにして起き上がる。
「まあ、慌てなくても良い。今、俺達はフローディアス侯爵家と交渉中だ」
「おはようございます。そうですか……あの」
「なんだ?」
「もし、ウィルソン様が身代金を支払わなかったら私はどうなるんですか?」
「……フローディアス侯爵はそんなに薄情な男なのか」
「……私にあらぬ疑いをかけ、謹慎を命じた者です。結婚してこれまで、ろくな会話すらありませんでした」
「まさか、そこまでだとは思わなかった……かわいそうだ」
まさか盗賊から同情されるなんて思ってもみなかっただけに、涙が溢れ出して来た。
「……まさか、泣く程の事とは」
「私に同情してくれるとは思いませんでした。私はお飾りの妻です。ウィルソン様が……私に身代金を支払わない可能性は否定できないんです……」
「わかった。……もとより貴様を殺すつもりは毛頭ないしフローディアス侯爵が身代金を支払わない可能性も視野に入れている」
リーダーはその場にしゃがみ込み、私に目線を向けた。
「もし、フローディアス侯爵が身代金を支払えば貴様とメイドは屋敷に返す。支払わなかった場合貴様はこれを頼れ」
リーダーがズボンのポケットからくしゃくしゃに折り畳まれた紙を取り出し、広げると私に突きつけるようにして見せた。
「それは……?」
「職業案内所のチラシだ。貴族令嬢向けのな」
職業案内所。なるほど、もう私はウィルソン様と結婚して1年が過ぎている。
……離婚したら、居場所は無くなる。もしかしたらこれは新たな居場所を作るチャンスかもしれない。
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