六
そして僕は、次回作に取り掛かっていた。話の二分の一を書いたところで展開に詰まり、どうしたものか、今日はもう書くのをやめようかと悩んでいたとき、チャイムが鳴った。
玄関の扉を開けると、田伏がいた。
「よっ」
田伏が僕に笑いかける。
「なに、どうしたの、急に」
「いや、さ、……渡したいもの、あって」
田伏の手に握られていたのは、また、一枚のCD。今度は、ジャケットもしっかり揃ったものだ。すぐに、僕はそれがなんのCDなのか分かった。そこには書かれていた、『世界は輝く』。二人の青年のイラストが描かれていて、それぞれギターとベースを肩からかけている。二人は、とても楽しそうに向き合いながら楽器を弾いていた。
「サンプル、できたから。届けに来た」
田伏はそう言うと、「お邪魔します」と言い、当然のように我が家に上がり込んだ。
「聴いてくれよ。すごく自信あるんだ」
ベッドに座り、そう告げる。僕はそのディスクを、パソコンに取り込んだ。CDコンポを買うべきだったと思ったが、仕方ない。イヤホンは接続せず、そのままパソコンから音楽を流す。僕は田伏の隣に座った。
不思議な感覚だった。違和感がないと言えば嘘になる。それが、田伏の声で、田伏の音楽なのに、自分の言葉が乗っていることに対することが単純に奇妙に思えるからなのか、自分の歌詞が拙いからなのかが分からなかった。だけど次第に、そんなことはどうでも良くなってきた。わかっていたことだが、何しろ曲が良いのだ。クライマックスに、田伏は歌った。
「……だって、君がいる」/それだけで世界は輝く/輝き始める/きらめいてゆらめいてまばゆくて/目が潰れそうだ/あまりにも眩しすぎるから/だけど僕はまだここに立っている/きみと一緒に歌っている
クライマックス直前に、田伏にセリフを言わせよう、というのは、僕の思いつきだった。ポップソングではよくある手法ではあるけれども、『剣と鞘』の曲には今まで無かったし、田伏の『いい声』を有効活用できるのではないかと思ったからだ。というよりも、僕が聞きたかったというのが一番大きな理由だ。田伏は僕のそんな企みにも気付かず、すんなりとその提案を受け入れた。
そして今、僕は初めてそのセリフを聴いて、思いの外大きなダメージを受けている。
なんだこれは。
良すぎる。
そのダメージから回復しない間に、次の曲が始まった。僕は気を取り直し、真剣に曲を聴いた。真剣に聴けば聴くほど、田伏が僕の言葉を歌っているという事実が、僕の心を満たしていった。最初の違和感は、いつの間にかなくなっていた。
最後の曲が終わって、僕は田伏に向き直った。僕が感想を言う前に田伏は言った。
「いいシングルになったよ」
僕は激しく頷いた。だって、これは本当に良いシングルだ。
「『……だって、お前がいた』から。だから、いいシングルになった」
僕は、田伏に向き直った。その真っ黒い目が、真っ直ぐに僕を見つめている。僕はその目に取り憑かれるようにゆっくりと体を寄せ、そして――。
田伏の唇は、思いのほか柔らかかった。その事実に驚いて、僕は自分を取り戻す。
「ごめ、ごめん」
謝りながら慌てて立ち上がろうとすると、田伏が思い切り僕を抱きしめた。田伏の体と僕の体が、ぎゅうと抱きしめられて密着する。田伏は、唇だけでなく全身が柔らかかった。ふわふわして、あったかくて、まるで大きな熊のぬいぐるみを抱きしめているみたいだ。田伏の胸元に顔を埋めると、田伏のにおいがした。田伏のにおいは、まるでひだまりみたいなあったかいにおい。
「好きだ」
田伏が僕の耳元で囁く。
「俺は、……お前が好きだ」
「たぶせ」
「お前も俺と、同じ気持ちだろう?」
もしその問いかけが自信満々になされていたら、僕は田伏に幻滅したかもしれない。しかしそれは、彼にしては珍しく、とても自信なさげな問いかけだった。不安なんだ、田伏は。僕に愛されているのか、不安なんだ。そう思うと、なんだかおかしくて、愛おしかった。
「好きだよ」
僕は言った。
「僕はとても君が好きだ」
それを聞くと田伏は、再び僕に唇を、今度は激しく重ねてきた。
僕は服を脱がされて、田伏も服を脱いでいた。田伏はまるで獣のように、少し興奮に息を荒げながら、台所から持ってきたオリーブオイルのキャップを外した。そしてその油を、僕の股間に一筋垂らした。ぬるりと、田伏の手が僕の臀部の谷間をなぞる。
んっ、と僕は声を漏らした。田伏が慌てる。
「どう、した? 大丈夫か?」
「うん。大丈夫……なんだけど」
田伏は心配そうに僕を見る。
「なんか、サラダか何かになった気分」
しばらく田伏はきょとんとしたあと、僕の言っている意味をようやく理解し、声を上げて笑った。
「お前、ムードってもんがねぇのかよ! あっは、はは、は、おもしれえ」
ひとしきり笑ったあと、田伏はその大きな体を僕の方に傾け、また囁いた。
「今度やるときはローション、買ってこような」
そう言いいたずらっぽく笑って僕の頬にキスをする。今度。今度があるんだ。僕はその言葉に嬉しくなる。田伏とまた会える。もっとずっと一緒にいられる。その喜びに浸っていると、田伏の太い指、ギターをかき鳴らすあの指が、僕の中に入ってくる。また僕は声を漏らした。だけど先程の発言が災いしてか、今度は田伏は僕を気遣ってはくれなかった。そのまま、中を掻き回される。はぁ、はぁと僕が呼吸を漏らすと、田伏は余った手を僕とつないでくれた。
「大丈夫。大丈夫」
田伏が言うと、本当に大丈夫なんだと思える。僕は体が火照っていくのを感じながら、田伏の手をぎゅっと握った。
「痛くないか? 無理してないか?」
僕はふるふると首を振る。
「そうか、じゃあ――」
ぐい、と異物感が全身を走り抜ける。んぐ、と少し声が漏れる。
「平気か?」
見上げる田伏の顔。汗ばんだ田伏の肌。少し濃くなった田伏のにおい。ああ、僕は今田伏と一つになっているんだ――田伏が、僕の中にいるんだ。
この痛みは、田伏が与えるものなんだ。そう思うとそれさえ愛しく、僕は涙さえ流しそうだった。痛みではない、純粋すぎる歓びに。
そして田伏が動き出し、痛みは徐々に快楽へと変わっていく。僕と田伏は呼吸を合わせ、互いに揺れながら快楽をむさぼる動物になる。田伏が僕にのしかかり、全身を重ね合わせ腰だけを振る。僕は田伏を身体中で感じていた。
「たぶ、せぇ」
僕が言うと、田伏は唇を重ねてくる。僕たちは舌を絡めあった。田伏のあの歌をうたう舌は、肉厚で情熱的だった。田伏の口は、舌で探るには広すぎた。
「んぅ、ん、んん」
漏れている声が誰の声だか分からなくなる頃、田伏の性器が僕の中で一瞬膨らんだような気がし、次の瞬間には熱いものが僕の中で放たれていた。僕も、それに合わせて粘液を放った。
ふぅ、ふぅと激しい呼吸をしながら田伏が僕の尻から性器を抜く。僕は名残惜しかった。この時間が、もっと続けばいいのに。僕も熱い息をしながら、茫然と天井を見上げていた。そこに、田伏の顔が割り込む。
「いっぱい出たな」
田伏は笑いながら、僕の精液をつまみとってねばねばさせていた。
「んなもんで、遊ぶなよ……」
呆れる僕の体を、その手で田伏はそのまま撫でる。田伏の大きな手は、撫でられると本当に心地よかった。
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