鏡像には触れられぬ。

まつりごと、

1

 鏡の中の学生帽の青年。

 その眼は、私を見据えて離さなかった。


 息が止まりそうになった。

 生徒会室の静寂を破るように、手から滑り落ちそうになった鏡を、慌てて掴み直す。


 *


 私は、文化祭終わりの散らかった生徒会室の整理に追われていた。

 他の生徒会のメンバーにも手伝いを頼んだが、皆部活が忙しいとか、勉強するだとかの建前で帰宅してしまったのだ。

 ひとりぼっちで少し心寂しかったが、生徒会長である私が仕事を放棄しては元も子もない。まじめに取り組むことにした。


 私は一人で黙々と、古い道具や書類を仕分けていく。これがなかなか、宝探しのようで楽しい。

 ___その宝の山の中に、それはあった。


「こんなのあったっけ」


 それは手鏡だった。銀に輝く表面、縁に唐草のような模様が刻まれて、控えめながらも美しかった。

 白銀の装飾が美しくて、私は思わず感嘆の息を漏らす。


 その時、鏡の表面が、石を投げ込んだ水面のように揺らめいた。見間違いではない。本当に釣り糸を垂らした池のように同心円状に波が広がったのだ。


 ……照り返す鏡の表面に、私の姿は無い。


「……何、これ」


 そこには、知らない部屋が映っている。目を擦る。鏡を見ると、小高く木箱が並べられた薄暗い部屋に、二人の青年が映っていた。


 二人とも、私達の地域では珍しい、学ランを着ている。どちらもぽかんと口を開けて、面持ちで、こちらをじっと、見ている。

 ビデオ通話だと思えば不思議ではない。けれども、鏡を通してのビデオ通話というのは前代未聞だ。


「あの、聞こえますか?」


 私はダメ元で呼びかけた。返事はない。

 鏡の中の男子たちは、はっきりに動揺している様子だった。口を動かしているが、音は聞こえない。ぱくぱくと口を動かして、互いに目配せして、また口を動かしていた。

 そうしているうちに、鏡の表面が水面の様に揺らめいて、彼らの姿は、はたと消えてしまった。


 私は生徒会室で一人、がたがたと震えていた。怖いというより不可解だという思いが強かった。彼らの残像が、鏡にまだ残っている気がした。

 私は鏡を直視することなく、鏡を元の箱に仕舞い込み、テープでこれでもかというくらいにぐるぐる巻きにして封印した。


 ――これはきっと、夢だ。夢じゃ無いと困る。


 私はそう思い込んで、足早に生徒会室を後にした。



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