花火の帰り道

いったい何だったんだろう?

 あれは小学校しょうがっこう5年生の夏休なつやすみ。8月初め。


 わたしの町ではわりと大きな花火はなび大会が夏休みに開かれていた。

 たし前年ぜんねんは大雨で中止になっていたはず。はじめてれて行ってもらえるはずだったのに。今年こそは! って、かなりせがんで連れて行ってもらったのでよく覚えている。


 ははと二人で行った。

 はぐれないようにと手をつないで。


 河川敷かせんしきまであるいて行った。自転車じてんしゃくるまでは混雑こんざつもしているしかえってあぶないと。けっこう歩いた。夜道よみちをいっぱい歩くのは初めてで、夜闇よやみこわいけれども、母がしっかり握ってくれていた手のぬくもりに安心感あんしんかんを得ていた。そうなると子どものこと、かえって夜の町に興奮こうふんしていたものだ。はしゃいで、ずいぶん母をこまらせた。

 川に、堤防ていぼうちかづくにつれにぎやかになっていた。夜店よみせも出ていたけれど、「ダメよ」と夜のいはゆるしてもらえなかった。


 花火はなびはきれいだった。


 一瞬いっしゅんで終わったような気もするけど、けっこう長い時間だったかなあ。

 初めてたそれは、カラフルなゆめを観ているようだった。


 くら夜空よぞらあかるくがす無数むすうたま

 はじけては夜の闇に吸い込まれるようにして消えていく。

 おくれてくる爆音ばくおん

 ビリビリと耳よりも胸の奥にひびいてきていた。

 何よりその音の衝撃しょうげきがすごくて。

 クライマックスに、たきのようなナイアガラっていうの? かわひかりそそぐような、シャワシャワとおと水音みずおとのようで、それでまた感動かんどうせたものだった。


 花火は何より音をむねのなかにのこしていた。

 余韻よいんで帰り道にも心臓しんぞうが、ドン! ドン!! と、太鼓たいこのようにまだはげしく鳴っているようだった。


 帰り道でもずっとしきりに、母に「すごかったね!」「また見たいね!」と、つないだ手をぶんぶんりまわしながらはなしていたものだ。母はでも、もうぐったりしていて、私の話にも気のないあいづちをつばかり。


 そのうち私もつまんなくなって何も話さなくなった。


 帰り道はそんなだから、行くときよりもずいぶんながかんじたものだ。


 気がつけば、いつの間にか人は消えていた。

 暗い夜道。

 まわりにはだれもいない。


 あれだけ人がいたのに、今はもう、私と母の二人ふたりだけ。街灯がいとうがチカチカとまたたいていた。しんとしずまり返っていて、花火の喧騒けんそうとはかけはなれていて、だんだんこわくなってきた。もう花火の音は胸の中からも消えていた。


 早く帰ろうと足を速くしたいのだけれど、母の足は引きずるようで、暗いなかにもつかれた顔が見えれば無理むりはいえなかった。


 駐車場ちゅうしゃじょうがあった。


 普段ふだん昼間ひるまでもそのまえとおらない。

 友だちの家はあるから、遊びに行く時は通ったけど。


 駐車場っていうのは、実は通称つうしょうのようなもの。

 フェンスでかこまれた広い敷地しきちおくにビルが一つ。そのほかには、ポツ、ポツと、車が放置ほうちされていたからそういうだけ。

 つぶれた何かの会社かいしゃあきになってのこっていただけだったんだと思う。

 昼間だとアスファルトのくろさだけが目立つ。夏になるとそのやぶれ目のところどころからくさびていた。なんだか薄気味悪うすきみわる場所ばしょだなあと、そのまえとおるときはそこを見ないように全力ぜんりょくで自転車をばしていた。


 男の子が入りこんでいたずらしていたことがあったみたい。


 そのうち事故じこがあって、厳重げんじゅうに立ち入れないようにしたってことくらいは知っている。入り口のとびらくさりでぐるぐるきにされていて、おっきな南京錠なんきんじょうがかかっていた。それももうびていたけれど。


 夜になるとなおさら、駐車場の黒さが際立きわだつ。

 ぽっかり黒く切り取られたようだ。


 ああ、怖いなあ。

 ここはいやだなあ。

 母の手をぎゅっとにぎった。


 ぼんやり、見える。

 一台の車。

 ビルにうようにしてあった。


 なんで?


 子ども心にもおかしいのは分かった。

 家の明かりも、街灯がいとうとどかない奥。

 ひかっていたのだ。

 なかから。

 だから見えるんだ。


 音まではこえないけれど、ぎしぎしと、何かれているようにも見える。

 車のなかでだれかがねているような?


「ねえ、お母さん……」


 母のほうを見る。


 目線で、「あれ」と車をした。


「なあに」


 と、疲れた笑顔を見せつつ、母も奥の車にすぐ目線めせんが合った。


 ピタリと、母のうごきが止まった。

 じっと母は車を見ていた。

 私はもう怖いから母の足に顔をうずめるようにしてかくれていた。


「帰ったらアイス食べようか!」


 突然とつぜん、母はみょうに明るくいった。


「いいの!」


「今日は特別ね」


 夜にアイスなんて滅多めったにもらえないから、そのときはただただうれしいばかりで何もかもんでいた。

 母の手をまたぶんぶん振って、そこからは元気を取り戻して家へと帰ったものだった。

 アイスをもらった時にはもうすっかり車のことなんて忘れていた。


 大人おとなになったから分かる。


 あのとき母はあの車のなかでいかがわしいことをしていると思ったのだろう。

 ごまかそう、子どもをそれから遠ざけようと考えたのだ。


 それだけの話。

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