結び

 まあ、全部嘘なんだけどね。





 たいした理由じゃないんだよ。本当は。


 たまの休日の楽しみに西洋相撲を観戦したあと、一人でしこたま飲んで帰ってる途中でさ、無茶苦茶腹が痛くなって駅近くの厠に入ったの。途中で小便器があるのを見て、男子便所だって気付いたけど、漏れそうで漏れそうでそれどころじゃなかったから。でも全力疾走してたから勢いあまって、一番奥まで行っちゃって。慌ててるせいでなかなか扉は開かなかったけど、なんとか個室内に入れたんだ。でも、下着を脱ぎ終えたところで、立ったまま漏らしちゃって。それでも、便蓋が上がってればなんとかなったんだろうけど、下がっててね。こう人糞が、こんもりと乗っかったあと、ずり落ちて床瓦の上に着地したんだ。あたしは備え付けの紙で尻穴を拭きながら、さっきまでの気分の良さが台無しになって、情けなくて情けなくて。普段の仕事で怒られてばっかの自分を思い出して、なんでこんなに駄目なんだろうって思ったの。そう思ってるうちに漏らした人糞が、そんな糞みたいなあたしと重なって見えてきた。この糞みたいに一生地べたを這い回るんじゃないかって。そしたら、むちゃくちゃむかついてきて、怒りに任せて宙を仰いだら、扉の上に灯りが当たってんの。あたしだって、天に手を伸ばせるんだ。そう思ったら、人糞を掴み上げてた。むちゃくちゃ気色悪かったけど、なにくそって気持ちでさ。あたし、そんなに背が高くないから、便蓋に乗ってみたりしたんだけど、まあ届かねえ。どうしたものかなって人糞を置いて、便所内を探してたら、掃除用具入れになんでか脚立があったの。清掃の人が忘れてったのかな。とにかくこれ幸いにと使わせてもらうことにして、またあの気色悪い感触を味わいながら人糞を持ったあと、天に手を伸ばしたんだ。思ったより大きい便だったから落ちないようにするのが難しかったけど、なんとかして支える手を離せたの。そしたらさ。光ったんだ。人糞が。蜷局の三巻きめの水っぽいところ。そこから垂れるあたしの体から出てきたどす黒い血。それを見て、思ったんだ。美しいなって、ね。

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