べあうちふる

ムラサキハルカ

 その人糞は光沢を放っていた。


 全面が光っている、というわけではない。大蛇のように巻かれた蜷局とぐろの上から数えておおよそ三巻さんまきめ、薄らと液状化し沈んでいる部分が黒光っている。尚、便宜上黒光っていると表現したが、厳密に表現すれば異なる。造語じみた言い回しをすれば、濃く茶光っている、とでもなるだろうか。更に細かく見ていけば、糞の艶にも濃淡がある。液状化している部分の中心点からたらりと垂れるどす黒い一筋の血。そこがもっとも輝いているといえた。


 さて。ここまでさも人糞がひとりでに光を放っているような書き方をしてきたが、種を明かしてしまえばそんな怪現象は起こっていない。である以上、当然光源は存在する。これに関しては何の変哲もない丸く小さな照明が斜めから降り注いでいるというだけだった。おまけに場所は男子便所。ここまでの記述を振り返れば、なぁんだ、なんて具合に不自然なところは見受けられない。強いて言えば、ひり出した人間の健康状態が少々心配になるくらいだろうか。しかしながら、ことはそれだけで済まない。人糞はたしかに便所内にある。ただし、男性用公衆便所、一番奥の個室の扉の上に。こんもりとした大蛇のような糞は、固さゆえか、あるいは神の奇跡か、細い細い花道の上で舞台照明すぽっとらいとを浴びて存在した。

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