最後の文化祭、青い春。
@HEYYOU52
最後の文化祭、青い春。
「れいなぁ!またお前だけ走ってるって。わたしたちリズム隊の音意識してってば!」
さなえが後方から大きな声を出してる。
そんなの、言われなくてもわかってるけどむり。だって返しって名前のくせに、さっきからこのスピーカーが全然あたしの声返してこなくて聞こえない。
自分の声が返ってこないと音もリズムも迷子になってわかんなくなるじゃん。
あたしがそんな感じのことをぶつくさ言い訳してたら隣のれんが追い打ちをかけるようにこう言った。
「なんかさ、れーな、声量落ちてない?前までそんなことなかったじゃん。モチベ落ちてるのわかりやすすぎる。」
…まあ正直、図星。
今のあたしはでもでもだっての駄々こね野郎。知ってる。
でも傷心中なんだから優しくしてくれてもいいのにこいつら遠慮もなくずけずけとさ。
人の心あんのかよ!と思ったけど、流石に言えなかった。
黙ってるとアリサが寄ってきてあたしの肩をポンと叩く。
アリサだけはあたしの気持ち、わかってくれる?!とうるうるした瞳で見つめてみたけどだめだった。
「さなえと同じリズム隊として、同意見。」
アリサ、それにっこり顔で言うことじゃないって。ひどい。
「気ぃ取り直してもっかい通そ。れいな!腹から声出してよ!」
と言ってさなえがスティックでカウントを取った。
結局、その日のバンド練習はなんとも言えない空気で終わった。
いつもは一緒に帰るのにお互いバイトだなんだと用があるって言って久しぶりにひとりでの帰り道。
ひとりぼっち、文化祭オーディションを振り返る。
あんなに頑張って活動してきたのに、同じクラスのアレンのバンドに負けちゃって出番は後ろから2番目。
決して悪くない結果だけど、オオトリを飾れないことが悔しい。
今年があたしたちにとって最後の文化祭。少しでも誇らしい思い出が欲しかった。
まあ、たしかにアレンは顔もかっこいいし歌声にも華がある。
中学からギターやってるらしくて、腕前もあたしとは比べ物にならない。
なんだかも~気に食わない。気に食わないけどかっちょいいのは事実だ。
だから、仕方ない。
せめてアレンが焦るくらいあたしもかっこよく決めてやりたい。
そう思ってるのに体がついていかない。
拳をギュッと握り込んだあとすぐ脱力して肩を落とす。
「あー、明日こそはもっと上手くやりたいな…。」
そう呟いてとぼとぼ歩いて帰り、その日はめちゃくちゃ早く寝た。
うだつの上がらぬ私。文化祭の1週間前。
今日はバンド練の日だ。
部室には先にれんとさなえが来ていた。
最近はあたしのせいでバンドの雰囲気も微妙だったけど、今日は何か様子がおかしい。
れんとさなえがなんだかワクワクした顔で私を待っていた。
「あ、来た来た。ねえ、聞いて驚くよれいな。」
な、なんだよ。れんはここ何日かあたしにあたりが強かったくせに。
「れーなにとってちょ~~~~強力なモチベになるよ?なんだと思う?」
そんでもって気味悪いくらい笑顔のさなえ。
「あのさ、2個上のゆう先輩が文化祭見に来るって聞いたけどあれほんと?」
私の後から部室に入ってくるなりアリサがそう言った。
え、うそ、ゆう先輩が?
ほんとに?あの?あたしの大好きなゆう先輩が?
え?去年は大学のイベントが被ったとかで来れなかったよね?
来てくれるの?ほんとのほんとに?
私が驚きに身を固まらせているとれんが笑いながら私をギターで突っついた。
「おいれーな!そこで止まられると邪魔なんだけど~笑」
この日から私のマインドはガラッと変わった。
あぁ!憧れのゆう先輩。思い出すのは舞台でステージライトを浴びて輝く赤のレスポールとゆう先輩のあの眼差し。
あの人に絶対かっこ悪いところは見せられない。
先輩、あたし、バイト代貯めて赤色のギター買ったんです。レスポールだと露骨かなって思って、赤のテレキャス。
神様お願い!助けてください!あたし先輩にかっこよく見られたいんです!
寝て起きたらリズムキープ超人にしてください!
でも神様を拝んだってしゃーないし、本番まであとたった1週間しかない。それからあたしはどんな隙間時間も練習に費やすようになった。
昼休みに廊下で練習してると隣の4組のシゲタ、あのバカ男がいつも冷やかしにくる。
「お、やってんねぇ!笑」
とか言って。
ほんっと腹立つこいつ、見返してやりたい。
「まじうるさい!!バカ男!お前絶対、軽音見に来いよ!馬鹿にしたこと後悔するから!!」
「うわっ!こわやこわやれいな様!了解しました~!」
あたしが威嚇したらあのバカ男、そそくさとトイレに逃げていきやがった。あいつめ。まじで今に見てろ。
あたしは余計に練習に熱が入った。
そうして文化祭1日目が訪れた。
文化祭では2日間かけて全学年全バンドが演奏する。
1日目は1、2年生がメインの日だ。
そして3年生のあたしたちの出番は2日目だけ。
だから今日はクラスの催し物もそこそこに、あたしたちはスタジオにきていた。
スタジオまで取った理由はあたしのリズムキープが直前までうまくいかなかったからだ。
でもあたしだって対策してきた。自慢げにみんなにこう伝える。
「任せて。あたし昨日さ、メトロノームでやる曲のbpm設定して、イヤホンで聞きながら寝たから。絶対絶対体に染み込んでる。」
途端に2名噴き出した。
「嘘みたいに賢いじゃん」
「愛すべき馬鹿ってお前のこと?」
れんとさなえ、こいつらまたあたしを馬鹿にしてるだろ。
でもいちいち怒ってる場合ではない。
そんな言葉は飲み込んで練習に臨む。
思った以上に睡眠学習の効果はあった。メトロノームからズレることなくあたしたちは1曲通す。
あたし以外も、みんなすごく調子が良い。文化祭を成功させたい気持ちがお互い伝わる。
あたしたちは顔を見合わせて頷く。
ねえ、明日はきっと今までで一番の演奏になるよ。
そう思うと心がドキドキした。
ついに当日。文化祭2日目。
うちの軽音部は結構人数が多くて2曲ずつしか演奏ができない。
代わりにみんな極めてくるから必然的にクオリティが高くなる。
部員を集めてみんなでリハをして準備はばっちり。
さあ開演だ。
2年生のバンドがこの視聴覚室のボルテージを上げていく。
段々人が増えて行き、どのバンドも緊張した顔で直前まで練習をしている。
そんな裏でハプニングは起きた。
アレンのバンドのベースが倒れたらしい。
軽い貧血と聞いたが、このままでは出番に間に合わない。
つまり、私たちがオオトリをやるしかない。
そう思うと急に重いプレッシャーがかかって、何度も練習した曲の歌詞が頭から飛びかける。
れんとさなえもさすがに動揺してるらしく、れんは2回もピックを落としていた。
さなえのスティックが折れて吹っ飛んでいった。弧を描き廊下に落ちる破片。
これが本番中じゃなくて良かったと思うべきかもしれない。
そんな中アリサだけはいつも通りだ。こいつ、心臓に毛が生えてるってやつか…?
もうあたしたちの出番は直前まできている。
落ち着かない気持ちのままステージ横で準備をはじめた。
そういえばゆう先輩が見当たらない。先輩、どこにいますか?本当に来てるんですか?あたし怖いです。歌詞飛んじゃったらどうしよう。
アレン、嫉妬なんかしてごめん。トリを飾るってこんな気持ちだったんだ。甘く見てた。心臓ははねるし、指先もこんなに冷たい。
手をさすっても冷えは収まらない。まだこんなに残暑の厳しい時期のくせにバカみたい。
そんなあたしたちの様子に気付いたのかアレンがあたしに近付いてきてこう言った。
「俺、れいなの歌声好きだよ。」
まさかの発言に言葉が出ない。少女漫画かと思った。いやもちろんわかっている。アレンに他意なんてない。なんてまっすぐな男なんだと思いながらアレンの目を見る。アレンは続ける。
「れいなの歌い方、実直で純粋で、心を曲げられないってことがよくわかるから。まるで光線みたいっていうか…上手く言えないけど。」
もどかしそうに頭をかくアレン。
「…でも、だから俺からしたらむしろれいなたちのほうがトリに相応しいと思う。大丈夫だから胸張って俺の代わりにステージに立ってくれよ。緊張してる場合じゃないだろ?」
彼に背中を押され転換へ。真っ暗なステージの上にあたしたちは上がった。
アレンの言葉はバンドメンバーにも聞こえてたみたいで、さっきの緊張が嘘みたいになんだかこそばゆそうな顔になっていた。
特にれんは今にもあたしをおちょくりたくして仕方ないみたいだった。
おぉ、天は彼に何物を与えたのだろう?
アレンの言葉のおかげか、あたしは自信を取り戻して幾分落ち着いた。
手の先足の先まで血が通ってあったかい。ワクワクする。こういうの、みなぎるって言うのかな?
ギターをアンプに繋いで音作りも音出しも済んだ。
……さあ、はじまる。
ついにバカみたいに明るくて熱いライトがあたしたちに向けられる。
ここは立っているだけで汗が流れ落ちる。
はじまる前のこの空気が好きだ。
他バンドがここまで思い切り盛り上げてくれた。
汗まみれのみんなの期待の眼差しが向けられる。
今あたしたちは熱に浮かされている。
あたしはゆっくり息を吸い、曲名を伝える。
さなえがカウントをとり、あたしたちのロックがはじまる!
________
文化祭だからとコピバンで、最大限盛り上がるようにみんなで歌える曲を選んだのが成功だった。
飛んで跳ねて踊って、頭振ってぶつかり合ったり肩を組んだり、全員が無我夢中で、あたしはこの光景が大好きだった。
1曲目が終わり拍手と歓声が止むとギターのチューニングの音が聞こえる。
アンプからではない生の弦の音。
曲の合間のこの瞬間の静けさ、緊張感。聞こえてくる荒い呼吸。
汗と体温で茹だるような視聴覚室。
もはや、吸っても吸っても息苦しい熱気。
どんなMCをするつもりだったんだっけ?
もう関係ないよね。
私は大きく息を吸って心から叫ぶ。
「ねぇ!私たち!いつか!この青さを振り返って恥ずか死ぬとしても!
このくらい全力を出せなきゃ!青春じゃない!」
さなえのドラムロールが観客を煽り途端に沸き立つ会場。
もう最後の曲だなんて。
「ねぇ!いける!?」
歓声があがる。
「いけんのかって聞いてんの!!」
ボルテージは最高潮。
ゆう先輩、見てますか?
あたし、歌います。
来てくれたみんなをまっすぐ照らし貫くために!
今この瞬間、スポットライトは私のためにあるんだ!
私が曲名を叫ぶとともに曲のイントロがはじまる。
________
最後のフレーズを歌い終わる。
自分とみんなの汗がキラキラと散って綺麗だ。
ギターとベースはコードをかき鳴らして、ドラムもシンバルをめちゃくちゃに鳴らす。
みんなが手を上げてこっちを見ている。
「ありがとうございましたああ!!!」
楽器隊が音と心を合わせて曲を締める。
みんなの声と拍手と指笛が聞こえてきた。終演だ。
ステージライトが消え、後輩が部屋のドアを開ける。
涼しい風が入ってきてなんだかんだ今が9月であることを思い出させた。
4組のバカ男がバカらしくでかい声で「涼しいーー!!!」って言いながら出て行く。
あれ?あいつちゃんと来てくれてたんじゃん。気付かなかった。なんだよ、もっと前来て踊れよってんだ。
汗ヤバすぎ!ぜってー絞れるとか、
ね~~モッシュで足アザだらけなんだけど!とか、
無我夢中で音樂に酔いしれた跡を楽しそうに笑いながらみんなが出て行く。
部員以外がはけて暗幕が剥がされるともう斜めになった光が部屋に差し込んだ。
後輩に聞いてみたところ、アレンのバンドは後夜祭にはなんとか間に合うらしく、あたし達の出番は本当の本当にここでおしまい。
アレンたちにとって今日が悲しい思い出にならなくて良かったとホッとする。
汗で肌にピッタリくっつくワイシャツを手でバサバサしてたらアリサと目が合った。
「あのMC、れいなの黒歴史候補じゃない?」
なんてニヤついて言ってくる。
そんなの上等だし。だってこれこそ青春だもん。と言い返すと、さすがれいなだな~って言ってハイタッチ。
出されたらやるけど、いやこれなんのハイタッチ?まあいいか…。
と、ふと部屋の隅を見るともう部員しかいないはずなのに派手な髪色の人がステージの方を向いて立っている。
黒マスクで顔が半分隠れているけど、あの末広二重のつり目の人物は……ゆう先輩…!本当に来てたんだ!
途端にたまらなくなって先輩に駆け寄る。
私に気付くとゆう先輩は目元だけでも見てもわかるくらいくしゃっと笑った。
「れーちゃんお疲れ様。眩しかった!かっこよかったよ。なんか俺、こんな後輩いるんだって誇らしくなっちゃった!」
大学生になったゆう先輩はアッシュグレーに赤メッシュが入ったヘアスタイルで、それがあまりにも似合っててかっこよくて、先輩の話してることが全く頭に入ってこない。
でも笑顔が私に向けられたものなのはわかった。嬉しい。なんか今褒められた気がするし!今日は人生最高の日かも。ていうか顔、熱すぎ。どうしよう。
え、待って、なんて返事すればいいの?!
私がもだもだしてる間も先輩は私たちのバンドの出来を褒めてくれてるらしい。
ああ、どうしよう!もう話を遮るしかない!
「…ゆう先輩!」
「ん?」
うわ何その優しい笑顔!ヤバい!!あたしはとんでもない鼓動を押さえつけてなんとか言葉を絞り出す。
「あ、あの、あたし、先輩と同じ大学、受験します!必ず受かるんで!だからあの、その時は!」
「「合格祝いに私とデートしてくれませんか!?!!」」
…しまった!音量調節がバグった!
ちがうの、さっきまで爆音の中にいたせいだもん。
ねえこれ絶対部員全員に聞こえたって!最悪!
先輩は目をパチクリして驚いている
れんとさなえがあたしの方を見て笑ってる。
あいつら、聞こえてんだからな。まじあとで覚悟しとけ。
少しの間の後、先輩が目を細める。
「嬉しいよ。待ってるね。」
そう言ってくれて感激で声も出ない私とは裏腹に部員は黄色い声を上げて囃し立てる。
奴らは私が周りを睨むといそいそと片付けに戻っていった。
「ゆう先輩、騒ぎにしてごめんなさい。でも私、受験勉強ほんとに頑張れそうです。」
来てくれてありがとうございましたと最後にお礼して先輩を廊下まで見送る。
先輩は神のように優しいから見えなくなるまで手を振ってくれた。
そうやって私の高校生活最後の文化祭は終わったのだ。
ちなみに浮かれすぎてその日その後のことはあんまり覚えてない。
後夜祭ではアレンのバンドが締めを飾り大盛況だった。そこだけは覚えている。
ステージ上のアレンと目が合ったような気がするけど、勘違いかな?
歌も演奏も、アレンにはまだまだ敵わないなと感じる熱いステージだった。
そんな裏でありさには彼氏ができたらしい。なんと4組のあのバカ男。
嘘じゃん。ライブで一目惚れしたってバカ男から告白してきたらしい。
アリサが言うには「シゲタくんは底抜けに明るいし一緒にいたら楽しいかも」って思ってOKしたんだって。
まさかアリサを…。なんだよ…でも見る目あるじゃん。もうバカ男とは呼べないかも。
数日後、なんで笑ってたのかってれんとさなえを問い詰めたらあの時の隠し撮り動画を見せられた。
デートを申し込んだ時のあたしの、耳の赤さったらなかった。なんか脚も震えてるし。これは笑われても仕方ないかも。
それより動画上でもやっぱりゆう先輩はカッコよすぎる…。
LINEで動画をちゃっかり送って貰って、それをもって許すことにした。
あれ以来、アレンとはよく話すようになった。
知れば知るほど良い奴すぎてちょっと気が引けるけど、音楽の趣味は合うし。
最近はお互いオススメの曲聞かせながら近くのフードコートで受験勉強したりもしてる。
ゆう先輩への憧れを話すと苦い顔してくるけど。
まあ、俺は応援してるよ…って一応言ってくれる。
残りの高校生活は受験勉強尽くしだけど、ゆう先輩が待っててくれるなら、あたし、頑張れます!
あたし、まっすぐ先輩のもとに向かいますから!!!
なんて語ってたら「いいから勉強しろ」とアレンに小突かれた。
待っててくださいねゆう先輩!そして輝くキャンパス生活!!
最後の文化祭、青い春。 @HEYYOU52
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