第6話 配信④

 脚に力を込め、解き放つ。

 地面が抉れるほど強く踏み出してティンダードラゴンへ近づく。


「……間に合えよ!」


 強化魔法を身体が痛みを感じないギリギリまで引き上げる。


 ティンダードラゴンが大きく顎を動かし、咆哮する。

 喉元が赤く輝く。


「セニア! ルリ! ここは俺が受ける……早く逃げろ!」

「バカ! 置いていけるはず無いでしょう! 意地でも氷魔法で援護してやるわよ」

「そうですっ! 一度障壁を張って仕切り直しましょう。そうすれば勝機はあるはず」



 治癒士がメイスの先端を敵に向けて叫んだ。


「みんなを守って! 光壁こうへきッ!」


 3人の前に光が現れ、やがて巨大な壁が形成される。


 ティンダードラゴンは光の壁を視界に収めるがそんなものは関係ないとばかりに灼熱の息を吐く。

 光の壁とぶつかり合い、炎と光が混じり合う。


 ティンダードラゴンが吐く灼熱の息は魔法である。故に魔法で作られた壁が同等のものであった場合、勝敗はどう付くのか。

 答えは――


「なっ、壁がッ!」


 魔力の多いほうが勝つ。


 騎士は咄嗟に盾を構える。


「ぐうっ、壁が……も、もちません。このままでは」

「……内側から攻撃魔法は撃てない、どうしたら」


 光の壁は徐々に熱に侵され、ところどころ小さなヒビが入り始め、あと十秒もしないうちに壁は壊され、灼熱が彼らを覆うのは目に見えている。


「もう、む……「諦めるなッ!」……え?」



 俺は治癒士の後ろから手を添え、魔力注ぎ込んだ。

 すると、ヒビ割れていた部分が修復され、より大きな壁が再形成された。


「これで大丈夫。ここから先は私に任せて」


 光の壁の維持を引き継ぎ、3人を後ろへ下がらせる。

 何故下がらせたか、理由はこれから使う戦法は1人用が故に巻き込んでしまう可能性があるからだ。


 壁に少しだけ意識を向けつつ、肩から腕を生やすイメージを開始する。

 早く、少なく、正確に。


「上出来だ」


 以前よりも遥かに精度の高い魔力の腕が形成できた。

 ただの拳の形をしたものとはもはや別物だ。


 壁の維持に割いていた魔力の供給を断つ。当然、灼熱の息はこちらを即座に焼き尽くさんと襲いくる。


「真正面からぶつかり合いッ……だアッ!」


 拳だけの時よりスリムになった魔力腕による高速右ストレートを繰り出し、炎と接触する瞬間。



 ――ここだ……!


 魔力を解き放つ。



 金槌で土を叩いたような鈍い音がフロア一帯に響き渡った。

 地面に赤黒い液体が垂れ、黒い染みとなって広がる。


「うそ……」


 熱が消え、静まり返った誰かの声が心なしかよく通って聞こえた。


 右ストレートの勢いが乗った膨大な魔力による衝撃。

 それは炎を押しのけ、ティンダードラゴンを真正面から頭部を破壊し、絶命させた。

 血が飛ぶものの、コアを抜けば血肉は霧散するので問題ない。



「ヨシッ! 一件落着! 戻る!」


 空気をぶち壊すかのように大声をあげ、退散する。


「こら、待ちなさい」


 勢いで誤魔化そうとしたが失敗。腕を掴まれた。


(魔法士のわりにずいぶんと薄着だな)


 という場違いな感想を抱く。


 ただわりと真面目に配信用カメラがあちらでふよふよと浮きながら待ってるから早く再開したいのだが。


「あの、配信中なので……」

「あなたシトリーマ―だったの。これも何かの企画?」

「いえいえっ! たまたまあなた達がティンダードラゴンと戦っていたので横殴りはいけないと後ろで見てたんですが、どうも様子がおかしいと思って」

「そう、偶然なのね。なら素直にありがとう。あなたのおかげで命拾いしたわ」


 流れるように魔法士の手が頭の上に乗せられる。

 やめい、あんまり撫でられると顔がふやけるだろうがっ!


「ほへえ」

「……なんか癖になりそうねこれ」


 あば~、気持ちいい。

 これはいかん。俺も癖になる。


「私もやりたいですっ!」


 治癒士がぴょんと跳ねながら手を挙げる。

 それに騎士も続いた。


「じゃあ俺も!」


「「「お前(あなた)はダメ(です)」」」


「……ハイ」


 うん、騎士くんどんまい。

 取り敢えず延々と続きそうだったナデナデ地獄(天国)を終わらせてくれたから心の中で感謝だけしておこう。




 ******……




「ただいまー」


【ヒェッ】

【ひえっ】

【顔面破壊系幼女】

【倒し方に華が無い女】

【タイマン幼女】


「なんかひどくないっ!? どうしたの急に」


【カメラくんはバッチェ見てましたねえ!】

【俺たちはミタ】

【お姉さんあまりの漢らしさにキュンときちゃった(はあと)】

【ネキは平常運転】


 遠くからでも配信画面には映っていたが、普通にモンスターを倒しただけで騒ぐほどのことでもないような。


「そんなことより! さっきの3人組を颯爽と助けた私にえらいとかかっこいいとか可愛いとかないんです?」


 きょとん、と首をかしげて目線を送る。


【そ ん な こ と】

【"魔力複腕"はそんなことらしい】

【現役Sランクの人達がブチギレてそう】

 ヤタの姉【えらいね、かっこいいね、かわいいね】

【ついに姉を自称し始めて草】

【もうめちゃくちゃだよこの配信】


「頑張って毎日練習してたんだよなあ……私の努力を認めて欲しいものですよ。もちろん一番は美少女的な部分をですけどね!」


【少女?】

【前から思ってたけど】

【君、幼女だよね】

【だな】

 ヤタの姉【はあ、はあ】

【シーカーポリスさんこの人です↑】


「心は幼くないのでっ! 大人ですからね」


 見た目で判断されてしまうのも困りものだ。

 こちとら中身は社畜30代おじさんだぞ。なんの自慢にもならないな。


【そうなんだヤタ】

【そっか】

【すごいね】

【怒涛の相槌デッキ】


「その反応は思ったよりメンタルにキますね……さて、立ち話もしましたしシーカー業をやっていきますよ」


 まだティンダードラゴンを倒した以外は何もやっていない。

 "魔力複腕"を展開し、探索を再開する。


「今日はティンダードラゴン以外にもミニゴーレムやティアーウルフのコアがほしいところです。駆け出しの私には良い収入源なんですよ」


【駆け出しの定義壊れる】

【さらっと"魔力複腕"出すな】

【まあビギナーなら良い稼ぎだわな】

【ヤタってランクいくつなん?】

【俺も気になってた】

【C?】

【今日初見だけどBじゃね?】

【強化種倒してたもんな】

【今来たけど強化種マジ!?】


「あー、だから目が赤く光ってたんですね。初めてティンダードラゴンを見たので元からそういうもんだと思ってました」


 助けに行く前のコメントにそんなことが書いてあったなと今更ながら思い出す。


【本気で心配したんだぞ】

 ヤタの姉【気づいたらビギナーに足が向かってたよ】

【ネキは落ち着け】

【実際ビギナーの死亡事例のほとんどに強化種絡んでるからな】

【年に1~2くらいしか発生しないらしいけど】


「ま、終わりよければ全てヨシッ! あ、ちなみにランクはEです」


【うーん、守りたくないこの笑顔】

【やっぱ生意気ですわ】

【……キがっ!】

【最後になんか聞こえたんだけど】

【E!?】

【オイオイ嘘はいけない】


「Eですが、なにか?」


【ピキピキ……】

【ほとんどのシーカー敵に回しちゃったね……】

 ヤタの姉【新しい扉開いた、開きそう】

【手遅れで草アっ!】

【今回の強化種のコアで2段階くらい上がるだろうな】


 強化種のコアってそんなにレアなのか。

 ガイドブックにも相場はないし希望に胸が膨らむな! 胸、小さいけど。


「話しているうちにミニゴーレム見つけちゃいましたよ――先手必勝!」


 背後から両腕を突き出し、魔力解放。


 ミニゴーレムは弾け飛んだ。


「ひえっ……思ったより威力高い」


【こっわ】

【人に向けるなよ】

【……漏らしちゃった】

【漏らすな】


「これはさすがに抑えないとねー」


 ティンダードラゴンの時も頭部が大変なことになっていたのだ。

 他のモンスターも同様であることを忘れてはいけなかった。


「それじゃサクサクやっていきますよ!」


【蹂躙か】

【中層モンスターお疲れ】

【暴力! 破壊! 幼女!】

【碌でもなくて草】


 引き続き3時間ほど狩り(蹂躙)をした後、コアがバックパックの容量いっぱいになったことで配信を終了した。




 視聴者数187人

 投げ銭:18400エル

 登録者数:490人


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