二十五組目 料理人と森人
「おい兄貴。愛しのあの子が来てるぞ」
「えっ、あ、本当だっ……後を頼んでいいか」
「あはは。いいですよ〜」
昼食を終え人が疎らになるのどかな昼下り。とある国のとある料理店でオーナーでありシェフでもある男が一息ついていたところウェイターであり弟でもある男に小声でそう声をかけられる。シェフはその言葉を聞き弟子に料理の仕込みを頼むと早足で移動し物陰からテーブルに座っているエルフを見つめた。
(ああ……今日も綺麗だな……)
太陽のごとく輝く金の髪。物静かで優しい瞳。そしてエルフの特徴ともいえる尖った耳がピコピコと動いている姿にシェフは魅了されていた。
「早く話しかけにいけや」
「お、おう……頑張る……!」
じっと見つめるだけの兄に弟が苛ついたように背中を押す。すると観念したのかシェフはテーブル席近くの窓からぼんやりと景色を眺めているエルフに近づく。
「いらっしゃい。また来てくれたんだね」
「はい。来ちゃいました」
和やかに二人が話す様子を従業員だけではなく常連の客も見守っている。
そして同時にこうも思っていた。
はよ告白しろ、と。
「今日のおすすめはなんですか」
「野菜たっぷりのスープだよ」
「野菜たっぷりの……美味しそうですね。ではそれを。それとチキンのステーキをください」
「かしこまりました。すぐに作るよ」
エルフが瞳を輝かせながら注文しそれを聞いたシェフが厨房へと向かう。それは本来ウェイターがする仕事であるが兄の恋心を察した弟が少しでも話させようと兄貴が聞いてこいと任せるようになったのだ。
「〜♪」
鼻歌交じりに料理する様子を弟や従業員達は生暖かい目で見守っていた。これで好意を隠しているつもりなのだから呆れるなと弟は呆れてもいたが。
◇◇◇
シェフとエルフが初めて出逢ったのはシェフがこの街に店を開いた初日のことであった。シェフとその弟は夢であった自分の店を立ち上げたものの余所者であった事、わざわざよく分からない店に行くより近場の馴染みの店に行くような保守的な考えを持つ住民が多かった事から外から眺めはしても入ろうとする客がいなかった。
オープン初日に客がゼロかあ、と若干挫けそうになっていたところチリンと扉についている鈴が鳴り振り向いたところ立っていたのがエルフだったのだ。
エルフはシェフにとって初めての客だった。そのエルフは好奇心が旺盛で初めて見るものに強い関心を持っていた。シェフがおそるおそる差し出した料理を食べとても美味しいですと食べ残すことなく平らげ「また来ます」と笑顔で去っていった。それからエルフが宣伝してくれたおかげで客脚は増え今では街評判の料理店となっている。
「出来たよ。召し上がれ」
「わあ……相変わらず美味しそう…………はむっ……うん、今回もとっても美味しいです」
シェフが作った色とりどりの野菜が入ったスープと皮をパリッと焼いた香ばしいチキンステーキをエルフはゆっくりと味わうように咀嚼している。普段どちらかというとクールな印象の顔立ちが料理を食べる時に幸せそうに緩むのを見るのがシェフの生きがいだった。
「毎日来てくれてありがとう。助かるよ」
「ここの料理は美味しいですからね。……あなたにも会えますし」
「えっ」
「……今のは口が滑りました。忘れてください」
「あ、うん……」
頬を赤く染めて誤魔化すようにチキンステーキを切り始めるエルフだが動揺しているのかナイフとフォークからカチャカチャと音を鳴らしている。気まずい雰囲気が流れ耐えきれなくなったシェフは注文があったら呼んでほしいと言い厨房へと戻っていった。
「なんであそこで引き下がるんだよバカ兄貴!」
逃げるように戻ってきたシェフにウェイターは一喝する。他の従業員達もそうだそうだと無言で頷いていた。
「い、いや……びっくりしちゃって……」
「あんなのほぼ告白みたいなもんだろ! 両想いなんだよ兄貴達は!」
「そうだそうだ」
「はよ告白しろ」
「結婚しろ」
「姉さん女房バンザイ」
「お前らな……」
口々に好き勝手言う弟と従業員達にシェフは頭を抱える。周囲に応援されているのは嫌ではないが気恥ずかしいというのが本音であった。
「……自信が持てないんだ。恋なんてしたことなかったし告白なんてして気まずくなって店に来てくれなくなったらと思うと……それに彼女はエルフで俺は人間だろう。種族も違うし……」
「兄貴料理バカだったからなー。でも俺からすればあちらさんも兄貴の事絶対好きだと思うぜ。毎日兄貴の飯食いに来てる上俺にちょくちょく兄貴の事教えてくれって聞いてくるし」
「そうなのか?」
「ああ。だからカッコ悪い話とか武勇伝(恥)とか教えた」
「ちょっとまて彼女に何を教えたんだお前!」
「まあまあ。細かいことは気にすんなって。……しかし他種族との恋愛か………ああ、そうだ。あのお爺さんに聞いてみたらいいんじゃねえの」
「あのお爺さん?」
「この街の花屋の店主だよ。奥さんがアルラウネの。エルフじゃねえけど他種族の嫁さんがいて五十年以上連れ添ってるらしいし参考になる意見が聞けるかもだぜ」
「ああ、あの穏やかで優しいお爺ちゃんか。確かに……」
店を始めた際に慣れない土地で大変だろうけど頑張ってねと無償で花を贈ってくれた優しいお爺ちゃんとその隣にいた美しいアルラウネの姿を思い出す。今でもたまに家族と店にやってきて食事をしている大変仲睦まじい夫婦である。確かに参考になる意見が聞けるかもしれないとシェフは思った。
「彼女は花が好きだし……うん。今度の休みに花束を買うついでに話を聞いてみるよ」
「おう、頑張れや」
雑な応援をしつつも心から兄と恋人兼嫁候補なエルフが上手くいくよう心から願う弟なのだった。
◇◇◇
「おきゃく、さま……?」
「あ、はい。花束を買いに来ました」
店の定休日にシェフが花屋に行くと飾り気のないシンプルな服とエプロンを着た美女が立っていた。頭に花冠を乗っけたその女はアルラウネ。植物の魔物であり花屋の店主の妻である。
「いらっしゃいませ〜。はなたば、だれに?」
「えっと……好きな人への贈り物にしたいんですが」
「わあ。すきなひと! すてき!」
アルラウネは辿々しいながらもシェフと会話を交わす。初々しい相談に頭の花冠がパアッと花が開く。どうやらその花冠はアルラウネの体の一部のようだ。アルラウネはあなた〜と嬉しそうに店主を呼びに行った。その楽しげな後ろ姿だけで愛し合っているのだと伝わるようでああ、こんな夫婦になりたいなと強い憧れを抱く。
「いらっしゃい。花束だね」
「はい。……好きな人に渡したくて」
「なるほど。お相手はよく君の店に来ているエルフさんだよね」
「えっ、何故それを!?」
「この街の住民なら誰だって気づくんじゃないかなぁ。休日もよく逢引してるじゃないか」
「あ、あれは……彼女の荷物持ちくらいはしたいと思って手伝っていただけで逢引ってわけでは……」
常連客であり店の宣伝をしてくれたエルフに恩返しがしたい、俺に何か出来ることはあるかなと伝えたところよく買い物の時に買いすぎてしまうから手伝って欲しいと頼まれシェフはエルフの買い物に何度か付き合っていた。
しかしそれは周囲からすると単なるデートであり二人が恋仲ではないと知ればえ、なんでむしろなんで付き合ってないの?と首を捻る案件なのである。
「あ、そうなの? でも好きなんだよね?」
「はい……ただ俺は人間で、彼女はエルフでしょう。友人のうちはよくても恋仲になったらどこか根本的に違うところが出てきてしまうのではないかと考えてしまうんです。……それでずっとアルラウネの奥さんと一緒に過ごしている貴方のお話が聞きたいなと。よろしければ、ですが」
「……なるほどねえ。参考になるかは分からないけど僕のお話でよければ」
花屋は神妙な表情で頷きながら店の前の『営業中』と書かれた看板をひっくり返し『休憩中』を表にする。そしてアルラウネにお客さんと少し話すから奥で休憩していてくれと話しかけ二人分の椅子を置く。
「何から話したものかな。そうだね……僕が彼女に出逢ったのは二十五歳の頃だ。森で弱った彼女を見つけて助けたのが僕達の出会いだった。それから何度も逢瀬を重ねて僕は気がつけば彼女を好きになっていた。彼女も同様に僕を想ってくれて……それで…………まあ、ちょっとした事があって一緒に暮らすようになったんだ」
「ちょっとした事……?」
「ええと……うーん……ちょっと口に出来ない事があったんだよ。えっと…………とある淫魔に部屋に閉じ込められた事があってね。その時にまあ…………色々とあったんだよ、うん」
「はあ……」
頬を赤らめながらも言葉を濁す花屋にシェフはなんとなく追求しないほうがいいんだろうなあと曖昧な相槌を打つ。
「それから一緒になって花屋を切り盛りした。最初は魔物である彼女に街の人達も距離を取ってたけど彼女が頑張って街に溶け込めるよう人の生き方を学んでくれてね。子どもが出来る頃にはもう彼女を恐ろしい魔物と思う人はいなくなっていた。愛する妻と子どもと過ごす日々。あの頃は毎日幸せで仕方がなかったよ」
「……今は違うんですか」
懐かしむように話しながらも寂しさを含む笑みを見せる花屋をシェフは訝しむ。あんなにも仲睦まじく光り輝いて見えるのに今は幸せを感じていないのか、演技なのかとつい咎めるような視線を送ってしまう。すると花屋は息をゆっくりと吐く。
「今だって幸せさ。だがそれ以上に辛いんだ」
「なぜ……?」
「……彼女はね、僕と出会った頃と変わらないんだよ。若く美しい姿のままなんだ。だけどあれから五十年以上経って僕はすっかりお爺ちゃんになってしまった。あと十年二十年生きられれば良い方だろう」
悔しさに滲んだ声にハッとする。それは人間と他種族の残酷な違い。寿命の差を指摘するものだった。
「僕は彼女を置いて逝く。少しでも長く生きられるよう努力はしているけれどどうしたって体のガタはある。もし僕が死んだら彼女はどうするのだろうか。しばらくは子どもや孫達と暮らすだろうがその子どもや孫だって彼女を置いて死んでしまう。そしたらまた彼女は傷ついて、泣いて一人になってしまうんじゃないだろうか。僕と一緒になったのを後悔するんじゃないかって、そう思うと辛いんだよ」
若い頃は一緒にいられるだけでよかったからそんなこと考えもしなかった、後悔はしてないけどねと花屋は涙を滲ませながら話す。
「話が長くなってしまったけれど……他種族の……寿命の長い者と結ばれるということはそういうことだ。僕達人間は五十年百年で死ぬ。だからこそ悔いのないように生きなさい。もし彼女と共に歩みたいのなら……彼女を置いていく覚悟をしておきなさい」
「は、い……」
花屋の五十年分の重たい言葉にたじろぎながらもシェフはかろうじて頷いた。シェフが頷くと説教臭くなっちゃったね、ごめんよと花屋は白を基調とした美しい花を桃色のリボンで纏めをシェフに渡した。
「今日は色々とありがとうございました」
「どういたしまして。気をつけて帰るんだよ」
花束を受け取り帰るシェフの後ろ姿を花屋の店主は見守る。その姿が頼りなく落ち込んでいるように見えて若い子に余計な事を言ってしまったかもしれないなぁとため息をつきながら店に戻ると。
「って、君いつの間にそこにいたんだい?」
「……ごめん、なさい」
花屋が後ろを振り向くとアルラウネが立っていた。しかもポロポロと涙を流しておりそれだけで今までの話を聞いていたのだと察する。
「……ああ、話を聞いていたんだね。不安にさせちゃったかな」
「わたし、こうかい、してない。これからもぜったいしない……!」
「うん……そうか……君の気持ちを考えずに酷いことを言ってごめんね……」
泣きじゃくるアルラウネを愛おしく思いながら花屋もまた涙を零し優しく抱きしめるのだった。
◇◇◇
(そうだよな……俺が老いても、死んでも彼女は美しく若い姿のまま生き続けるんだ)
無意識に考えないようにしていた事を花屋に突きつけられシェフは花束を大事に抱えながらぼんやりと歩く。両想いかもしれないと花屋に行く前の浮足立った気持ちが地についている。
(だからって諦めるのか? こんなに胸が苦しいのに?)
自分の作った料理を幸せそうに食べる彼女の横顔を思い出すだけで胸が高鳴り心惹かれる。この恋心を殺し生きるなど自分には無理だとシェフは思う。
「あ、どうも」
彼女の事を想っているとその彼女と似た声が聞こえる。まさかと思い振り向くとそこには走ってきたのか息を切らし肩で息をするエルフの姿があった。
「わあ……綺麗な花束ですね。お店に飾るんですか?」
「ああこれは──」
君に贈ろうと思ってと言うつもりであったのに先ほどの花屋の言葉を思い出し口を紡ぐ。話を聞いて怖気付くくらいの気持ちならば諦めたほうがいいのではと考えた瞬間、辺りに光が満ちる。何事かと考えるよりも前にシェフとエルフはその場から忽然と姿を消したのだった。
◇◇◇
光が収まり目にしたものは一面ピンクの異様な空間であった。台所に浴室、ベッドその他生活に必要なスペース全てがピンクで染められている。それだけでも不気味であるのに『セッ○スしないと出られない部屋』という文字が二人の思考を固まらせる。
「えっ……そんな。どうしましょう」
「一体誰がこんな悪質な事を…………弟は……ないな。あいつは俺や君の意思を無視するような事はしない」
「ですね」
一瞬だけ悪戯好きな弟が浮かんだがすぐに疑惑を振り払う。だとすれば誰の仕業だろうか。と考えても答えは出ない。
「……もしあの書いてあることをしなければ私達は一生ここで過ごすことになるのでしょうか」
「それは……どうだろう」
「……私としてはそういう事をして出るのもそういう事をせずこのまま暮らすのも吝かではありません。あなたの事が好きなので」
「えっ」
日常会話のように直接的な好意を告げられシェフは驚いて抱えていた花束を離す。するとそれも予想していたのかエルフがすかさずキャッチしてこれ私へのプレゼントでしょうといたずらっ子のように無邪気に笑った。
「急にごめんなさい。あなたからの言葉を待とうと思ってたんですけど……待てなくなっちゃいました」
「……俺の気持ちに気づいていたんだな」
「これでも永く生きていますから。でもあなただって気づいていたでしょう?」
私の気持ちに、と見透かすように指摘されシェフはうんと観念したように頷いた。
「よかった。あんなに分かりやすくアピールしてたのにあなた途中まで気づかないんですもん。流石に買い物デートに付き合わせた辺りで気づいたみたいですが」
「ああ、やっぱりあれデートだったのか……そうならいいなと思ってたよ」
「ふふふ。デートに決まってるじゃないですか。鈍感さんなんですから」
勝ち誇ったように笑うエルフにときめきながらもどこか暗い気持ちのままなのはやはり花屋の話を思い出すからだろうか。シェフはどうして自分を好いてくれたのか訊ねるとエルフは少し悩んだ後口を開く。
「最初は放っておけなかったんですよ。だってしょんぼりした子犬みたいなうるうるした目で店の前に立っててこれはお助けしないとなと。演技はあまり上手くないので美味しいといいなーと思って食べたら今まで食べたものよりも美味しくて! もう驚いちゃいました」
開店初日の懐かしい思い出にシェフはそんなに情けない顔をしていたのか……と恥ずかしくなりつつも楽しそうに話をするエルフの言葉を聞き続ける。
「これはもう推すしかないなーと思って美味しいですって言ったら……あなたすっっごく嬉しそうな顔してて……またあの顔見たいなーって思ったら毎日のように通い詰めてました。つまり胃袋を掴まれたのとあなたの笑顔が決め手です」
「そっか……俺も君が俺の料理を食べている時の幸せそうな表情に惹かれたんだ。けどいいのかい? 俺は……人間だよ」
エルフの好意を嬉しく思いつつもシェフはあえて水を差す。自分は人間で、弱くて、老いて、早く死ぬ生き物だぞと暗に言う。するとエルフは一度目を瞬かせた後花束を見つめる。
「私花が好きなんです。一瞬に思える短い時間の中で賢明に、美しく咲き誇る花が。それは人間も同じです」
花束を大切そうに抱えながらエルフは話す。短い時間でも一生懸命生きるのが愛しいのだと。
「自分には決して出来ない生き方なんです。私は長い時間をだらだらと生きてきましたから。森での惰性的な生活が嫌になり色んな所を旅をするようになって……花と人を愛するようになりました。沢山の別れはありましたがやはり私は心惹かれてしまうのです。たとえ私だけが取り残される事になっても」
「……」
これまでの人生を振り返るように語るエルフの表情は安らかなものであった。数多の悲しみを乗り越えた強さがそこにはある。
そんな彼女にシェフは自分を恥じた。何を恐れてうだうだと小難しく悩んでいるのかと。
「俺は君の人生の一部になりたい。たまに思い返して笑ってくれるような、そんな思い出になりたいんだ」
「……ふふ。それは楽しみですね…………笑ったあとに泣いちゃうかもですけど」
想いを伝え合った二人は少しのほろ苦さを感じながらも口づけを交わす。やがてやってくるであろう幸福と別離を思いながら男と女は愛し合うのだった。
◇◇◇
「どうだったかな……?」
「えっと、何がでしょう」
「上手く出来たかなって……経験がなかったから不安で」
「初々しくて可愛かったですよ」
愛し合った後おそるおそる感想を訊ねるシェフにエルフは微笑ましそうに優しい眼差しを送る。初めて愛を交わし合った感想が『初々して可愛かった』という男としては複雑な褒め言葉にシェフは落ち込む。
「可愛いはちょっと……ああもう情けないな……」
「大丈夫です。人間は向上心が強く上達が早いのですぐ上手くなりますよ」
「……そうかな」
エルフの励ましの言葉の裏にほんのり隠れた過去の男……もしくは女の影にシェフはちょっぴりジェラシーを感じる。しかしそれで拗ねるのも大人気ないのでエルフの髪を撫でるだけに留める。しかし長く生きているエルフには伝わったようでバツの悪そうな顔になる。
「あ、ごめんなさい。野暮でした」
「いや、いいよ。これから勉強するから」
「ふふ。それは楽しみです。私も研鑽しなくてはですね」
二人はなんだかんだ甘い空気を纏わせながら部屋をあとにした。それから二人は周囲の祝福を得て結婚し幸せな家庭を築いた。人間であるシェフは百を超えるほど大変長生きしエルフと沢山の思い出を作ったという。
◇◇◇
『寿命の差ですか……やはり残された側は辛いのでしょうね』
「うん……そうだね」
『……』
二人が部屋を出てからも黙り込んでいる魔族を不思議に思いながらも水晶玉は話しかける。
何気なしに放った言葉に魔族は目を伏せながら答えた。普段おちゃらけているのに時々垣間見る悲しげな表情に水晶玉は今までなら飲み込んでいた言葉を発する。
『……誰かに先立たれた経験がおありなのですか』
「……………おや。珍しいですな。水晶玉クンが俺の過去を聞いてくるなんて」
『……申し訳ございません。お嫌でしたか』
「ううん。俺もなんとなく話してないだけだし。先立たれた事はあるよ。同族だったから寿命の差じゃなくて病でだけど。その人は病弱でね……いつ死ぬかも分からないくらいだったんだ」
思い出すだけでも辛いのか魔族は水晶玉を撫でる手が止まり大切そうに抱えられる。その離別が悔いの残るものであったと察せられるほどに今の魔族は不安定だった。
そんな魔族に水晶玉は────。
(どうして? どうして私は……喜んでいるのです……?)
口では辛辣な事を言いつつも水晶玉は確かにキブリーの事を主と慕っていた。だというのに誰かの事を思い嘆き悲しむ主の姿に仄かな喜びを抱いている自分が信じられなかった。
【いいのよそれで。だってあなたは──】
自分の抱く昏い感情に動揺しているとどこからか女の声がする。録音したデータではない、知らないはずの女の声が水晶玉に優しく語りかけた。
【私なんですもの】
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