十五組目 賭博師と占い師

「このバカタレ!! ミエミエなボッタクリに騙されやがって!!」 

「ほぎゃー! ごめんなさいごめんなさい!」


 町中で怪しげな壺を抱えた占い師の女を叱りつけているのは賭博師の男だった。


「またやってるよあの二人」

「よく飽きないわよね。なんだかんだ仲いいのかしら」


 が、街の住民にとってそれはもはや生活の一部のようなもので特に誰が窘めることもなく占い師は正座をしながら賭博師の説教を聞いていた。


 ちゃっかり汚れないよう下に敷く布を用意している辺り占い師にとってもそれは日常なのだった。


「はぁー……最初はこんな腕のいいやつがフリーでツイてるぜと思ったんだがなぁ……」


 占い師は占いの命中率が高いことで評判がよかった。そこで賭博に役立つかもしれないと賭博師が話を持ちかけコンビを組んだのが二人の始まりだ。


 だが想定外な事にこの占い師、めちゃくちゃ騙されやすいのである。人が良いといえば聞こえがいいが主人がオオアリクイに殺されて……と泣く女性に「なんと!? それはお気の毒に……」とコロッと騙されるほどのアホだった。その時は賭博師が傍にいたので何事もなかったがマジかこの女……と戦慄したのは記憶に新しい。


「ごめんなさいぃ!! 捨てないでくださいっ……!!」

「ああもうしがみつくな! 俺がグズ男みたいじゃねえか!」


 傍から見るとガラの悪い男に泣きながら足元に縋り付く女なのでヒソヒソ後ろ指を指されるような光景である。もっともそれもいつものことなので誰も気に留めていないが。


「貴方にまで見放されたら私みたいなゴミは一人ぼっちになっちゃいます〜!」

「……はぁ……分かったから離せ……お前をゴミなんて思ったことねえから……」


 泣いて自分を卑下する占い師に賭博師はため息をつきながら手を引き立ち上がらせる。


「なんですぐお前は騙されちまうんだよ。今回のその壺だって見るからに偽物だし値段に釣り合わないだろ」

「たしかに高すぎるようなー、とは思ったんですけど……妻に先立たれ病気の息子さんがいるって……あと私しか頼れる人がいないと……」

「あの商人独身だぞ」

「ええ!?」

「巷で有名な詐欺師だ。手配書もあるだろうが」

「ほんとだぁ!?」


 賭博師が呆れ気味に壺を売ってきた男と同じ顔の手配書を渡すとなんとぉ!?と面白いくらいに占い師はオーバーリアクションな反応をする。


「お前よくそんなんで生きてこれたな……」

「うう……悪運だけは強いんですよ。お金がすっからかんになったら占いで稼げますし! 私凄腕占い師ですしおすし!」


 と胸を張る占い師がイラっときた賭博師はドヤ顔娘の額にデコピンをする。するといだい!! と占い師の奇声が発せられるのだった。




   ◇◇◇




「大当たりでしたねえ」

「俺の腕があれば当然だ」


 詐欺の壺購入分の金を回収すべく向かった先のカジノで大儲けをした賭博師と占い師は上機嫌に歩いていた。その手には金品で一杯になっている。


「これもあのカジノがいいと導き出した私の占いのお陰ですね!」

「バーカ。俺の直感と駆け引きの上手さもだ」

「ふっふっふっ。そうですね〜。私達はゴールデンコンビですよ〜」

「ったく卑屈なんだか調子いいんだか……」


 沢山儲けたのが嬉しかったのか水晶玉片手に得意げに回る占い師を賭博師は呆れつつも眺めていた。


「私達も大分儲けましたけど……あの人凄かったですよね」

「顔に傷のある男のことか? いやー、あいつは凄かったな。気迫があるというか……『持って』た。数いるギャンブラーの中でもトップに入ると自負する俺ですらヒクほどの賭けっぷりと勝ちっぷりだった。あれでプロじゃねーんだから参るわ」

「最後の大一番に勝った時これで自由だぞって女の人の名前叫んでましたね! なんか訳ありなドラマがありそうでちょっと感動しちゃいました」

「惚れた女の為だったんだろうな……そういう面してたぜ。末恐ろしいまでの執念だなありゃあ。こっちまでアツくなっちまった」


 先程までいたカジノでのとある男の死闘を思い出し盛り上がる二人。普段行かないような高級な飲食店にでも行くかとゴキゲンに話していると突如周囲が光り賭博師と占い師はその場から姿を消した。




 ◇◇◇




『セッ○スしないと出られない部屋』


 ピンク一色の内装。妙に整った設備。ハートマークのキングサイズなベッド。そして掲げられている『セッ○スしないと出られない部屋』の文字。それらを視認した二人は手荷物を落としかけ慌ててベッドの上へと下ろした。


「どどどどどういうことですか!?」

「知らねえよ!」

「ハッ……ま、まさかこれが今日の占いにあった【桃色の空間で愛を見つけるでしょう】の場所ですか!?」

「いやだから知らねえって。つーかそれ初耳だぞ」


 普段は「今日のラッキーカラーはゴールドですよ! 成金もビックリのギラギラの腕時計を着けましょう!」など具体的な占い内容を聞いてもいないのに話してくるのだが今回は伏せられていた事を問いただすと占い師は若干気まずげに視線を泳がせた。


「だって『今日の占い結果はピンクの空間で愛を見つけるみたいですよー』って言ったらついに可笑しくなったかって言うじゃないですか! ヘタしたら病院に連れてかれるやつですって」

「……まあ、確かに」

「しかしアレですね……今回の占いはハズレだったようです」

「何でそう思う」

「だってこの場にいるの私しかいないじゃないですか。私なんかと愛が生まれるわけないです」

「……そうかあ?」

「そうですよ。……ここにいるのが妹ならともかく」


(また『妹』か)


 占い師が卑屈な理由。それは彼女には優秀な妹がいるからだ。


 代々続く由緒正しい家系に生まれた彼女は優れた占い能力を持っていたが妹はそれを遥かに上回る桁外れの能力──予言とも言える先視の力を有していたのである。最初は目を掛けられていた占い師だが妹の能力が判明すると周囲は自分に向けていた期待や投資を妹にするようになった。


 それは両親さえもそうであっという間に彼女は透明人間になったように周囲は無関心となった。神の遣いであり巫女になった妹。それに傅く大人達。


 その異様な光景に怯え、妹と家から逃げたのだと親しくなってから語られた事を思い出し賭博師はため息をつきそうになるのを堪える。今ため息をついたら占い師が悪いわけでもないのにごめんなさいと謝られてしまうからだ。


「……この部屋の噂、知ってるか」

「何かあるんですか?」

「好き合った男と女が連れてこられるんだと」

「はあ……」


 じゃあガゼですね、と言わんばかりの達観した表情に賭博師は苛立つ。何故、自分は好かれていないと確信しているのかと。


「お前、俺のこと好きだよな」

「はえ!? ず、ずず随分自信家ですね!? なしてそう思うんです!?」

「この前待ち合わせ場所で俺の名前呟きながら花占いしてたからな」

「あんぎゃー!? 聞かれてたんですか!?」

「最後に『好き』になるように事前に花弁の数数えるのは占いじゃないと思うけどな。なんで水晶玉で占わなかったんだよ」

「だって欠片も好意を抱いていません、むしろ嫌いだって結果になったら立ち直れないじゃないですか!」


 なわけないだろと即答しそうになるのを賭博師は堪え、更に一歩先の言葉をぶつける。でなければ気を使っているんじゃといらない勘繰りをされるからだ。


「なら安心しろよ、好きだから」

「へっ?」

「好きだぜ。癪だけどな」

「癪なんです!?」


 心外なと怒る占い師に賭博師は肩をすくめる。ヤレヤレだ、と言わんばかりの仕草に占い師は頬を膨らませた。


「だって面倒だからなお前。自信過剰のくせに自己評価地の底、騙されやすい上アホ、調子にノッたかと思えば自分ゴミなので……とか言って落ち込む。滅茶苦茶めんどくせえ」


「うわーん! そこまで言うことないじゃないですか! 事実ですけど!」

「ま、その面倒臭さに惹かれちまったんだよな」

「ええ……普通もうちょっとポジティブな理由で好きになるのでは……?」

「じゃあ聞くがお前は俺のどこが好きなんだよ。自分で言うのもなんだが俺は身勝手だしケチだしギャンブル狂いのクズだぞ」

「本当に自分で言うことじゃないですね……えっと……なんだかんだ懐に入れた相手には面倒見よくて優しいところとか好きです。私みたいな人間を見捨てずに構ってくれますし……」

「お前、面倒だけどオモシレー女だからな」

「……うう。……でも私は……あなたに好かれる価値がある人間なのかと思ってしまうんです。もしかしたらあの時の両親や大人達みたいに心変わりしてしまうのではないかと……ごめんなさい……」


 信じ切る事が出来ないのか不安げに瞳を揺らす占い師を受け止めるように賭博師は真正面から見つめる。


「そんなに不安なら賭けようぜ」

「へ?」

「俺がお前に愛想つかすかどうか。俺は一生傍にいる事を賭ける」

「……その賭け、私が負けたらどうなるんですか……?」

「そうだな。金じゃ納得できねえ。……お前の人生全てを貰おうか」

「え」

「俺が負ける事はねえから言う必要はねえな。ああ、これじゃ賭けにならねえや」

「あ、あのっ、それってどういう……!?」

「そういうことだろ」

「えー! そこ濁すんですか!?」


 自分に自信が持てないため直接言われても信じきれないかもしれない、でも言われたい。そんな面倒くさい自分自身にどうかと思いつつも占い師は賭博師に言葉を強請る。


「……知りたいか?」

「ハ、ハイ。もちろん知りた………ふぎゃっ!?」


 占い師がどこぞの郷土品の如くペコペコと首を縦に振ると賭博師が強引に占い師をベッドに押し倒した。


「──じゃあ教えてやるよ。沢山な」

「……ハヒッ」


 もはや語彙力が消失した奇声をあげ口をパクパクするしか出来ない占い師の心を賭博師は鮮やかに奪い去ってみせたのだった。




 ◇◇◇




「えへへへへ」

「……」

「私こんなに愛されてたんですねえ。ふへへへへへ」

「おう……」

「もう、いつも素直じゃないんですから〜。このこの〜」


(う、うぜえ。可愛いけど……)


 じっくりと愛し合った結果、愛された実感が湧いたのか露骨に調子に乗って頭を肩にグリグリしてくる占い師に賭博師はイラっとしていた。


(ここで違えって言ったら「……あ、そうですよねすみません……」って一気に急下降しやがるんだろうな……めんどくせえな……)


 と思いつつも占い師の頭を撫でる。するとまるで犬のように気持ちよさそうにするので何度も撫でた。


(前はこんな面倒な女タイプじゃなかったんだがな……これも惚れた弱みになるのかね)


 賭博師は甘えるように擦り寄ってくる占い師を抱き寄せ唇を重ねるとビクンと分かりやすいくらい体が跳ねた。さっき山ほどしただろうがと賭博師がからかうと占い師は先程までの喧しさは嘘のように真っ赤になって俯く。


「……よし。今度からお前がネガティブ入ったり調子ノッた時は口塞ぐか」

「ええええ!? 心臓保たないですよ!?」


 賭博師の爆弾発言に更に顔を真っ赤にして抗議する占い師なのであった。




   ◇◇◇




「自己肯定感の低い娘にオレオレな男が肯定しつつも強引に迫るのでしか摂取できない栄養素があるー!!!!!!!」 

『そうですか』


 キブリーのいつもの発作を水晶玉は華麗に受け流す。受け流しつつも内心まあ、分かりますけど……と思っている辺り着実に染まってきているのだが。


「いいですないいですな。最高ですな!!」

『お気に召したようで何よりです』

「なんか冷たくなーい?」

『私は水晶玉ですから。触れれば冷たいかと』

「まさかの物理なやつぅ。それボケなのそれとも皮肉なの? ……それにしても水晶玉クン以外の水晶玉を見るの久しぶりですな。あっちも大事にされているのかツルツルつやつやで綺麗ですぞ」

『……』

「ん? 何か気になる事でもありましたかな?」

『あの占い師の水晶玉より私の方が魔力的にも石の質的にも優れています。あとこうして対話も可能ですが』

「何で対抗心燃やしてるの水晶玉クン!?」


 なんだかんだ冷たい物言いをしつつもキブリーの事が大好きな水晶玉なのであった。

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