十四組目 下僕と吸血鬼

 これはとある淫魔が例の部屋に両片想いの男女をぶちこみまくる前の物語である──。


「失礼する」

「うわなんじゃおぬし!?」


 魔王軍と人間達の戦争を勇者一行が終わらせてから早幾年。魔族と人間が少しずつではあるが歩み寄るようになっていた。


 そんな中でも種族の特性故、人間を糧とする者達がいる。その一つがヴァンパイア。人の生き血を啜り生きる種族だ。


 戦争時は幾らでも『餌』を調達出来ていたのが出来なくなりヴァンパイア達は少しずつ表舞台から姿を消していった。


 たった今「うわなんじゃおぬし!?」と発言した、一見幼くも麗しい容貌をしたブロンドヘアーのヴァンパイアもその一人だ。


 彼女はとある人間の男を下僕とし魔界のひっそりとした奥地へと移り住んでいた。下僕とのそれなりに平穏な日々を送っていた彼女であったが下僕をパシリ……もといおつかいを頼んでぐうたらしていたところにノックもせず扉をバーンと開けてきた侵入者……もとい来訪者が現れたのだ。


「んん……その禍々しい魔力と冷たい眼差し……確かおぬしは魔王軍幹部の……」


 ブロンドヘアーのヴァンパイアは魔王軍に属してはいなかったが目の前の淫魔に見覚えがあった。


 魔王の命令とあらば自ら創造した空間に対象を閉じ込め返り血を浴びることもなく圧殺。味方であれどその処刑に一切の私情も交えない。それゆえ味方からも恐れられ魔王軍随一の冷酷な男と言われていた。何故そんな男が戦闘能力を碌に持たない自分を訪ねてきたのかヴァンパイアには分からなかった。


「『元』だ。魔王軍は解散したし……俺は魔王軍を名乗る資格はない」

「……ふむ。まあその辺はわらわには関係のない事か。それでおぬし何のようじゃ」

「貴女が読心術が使えると噂で聞きやって来た」

「……まあ出来るが……それがどうした。弱みでも握りたい奴でもおるのか? もしそうなら他を当たれ」


 その淫魔の言う通り彼女には心を読む力があった。力を持たない彼女が生きていくために身につけた能力。その能力でのし上がってきた彼女だが長年の腹の探り合いに疲れ果て人だけではなく同族も避けるようになっていたのだ。


「違う。心の読み方を教えていただきたい」

「……何故?」

「これから男女を性行為をしなければ出られない部屋に閉じ込めていく予定があってな」

「は??????」

「しかしその男女の間に『愛』がなくてはならない。一方通行では駄目だ。そういう行為をしてもいいと思えるくらい互いに想い合う男女でなくてはならない。最初のケースは知り合いに協力してもらったがこれからは自力で見つけていく必要がある。なので心を読めるようになれば間違いなくそういった男女を選別出来るのではないかと」

「何言っとんじゃおぬし。頭イカれとるのか」


 早口で述べられる理解不能意味不明な言葉の羅列にヴァンパイアは混乱する。何言っとんのかこいつは、と。


「至って真剣なのだが」

「……そもそもなんでそんな事をしようと?」

「愛を知りたいのだ」

「愛ぃ? おぬし淫魔じゃろ? 淫魔ならヤリまくりじゃろ? 腐るほど知っとるんじゃないのか?」

「俺は童貞だ」

「えー……」


 出会ったばかりの男から意図は分かるが謎のカミングアウトをされヴァンパイアは再び困惑する。


「頼む。金ならある。望みも俺が出来る範囲なら全力で叶えよう。だから俺に心を読む術を教えてくれ」


 以前魔王城ですれ違った時のゾッとするような恐ろしいオーラはどこへいってしまったのか。淫魔はヴァンパイアに頭を下げ懇願している。その態度と心の声色に本気でこの男は自分を頼りに来ていると嫌でも悟りヴァンパイアはため息をつく。


「はぁー。そもそもわらわではおぬしのようなバケモノには勝てん。仕方ないから教えてやろう。ありがたく思うが良いぞ」

「ありがとう。助かる」

「……望みを叶えてくれるのじゃったな」

「ああ。俺が出来る範囲なら」

「………………おぬしの言っていた部屋について詳しく聞かせい」

「性行為しないと出られない部屋についてか?」

「そうじゃ」

「構わないが……その部屋は──」


 淫魔の淀みのない部屋の説明にヴァンパイアは一巡した後覚悟を決めたように面を上げ、告げた。


「……なら決まりじゃ。わらわの望みは────」




   ◇◇◇




『性行為をせよ。さすれば扉は開かれる』

「な、なんですかこれ!?」

「さあのう。わらわにはサッパリじゃ」


 ヴァンパイアと下僕の人間。主従関係である二人は視界をピンクで埋め尽くす部屋に閉じ込められていた。ヴァンパイアはすまし顔でベッドに寝転んでいるが下僕はあたふたと部屋中を駆け回っている。


「御主人様! 出口がありません!」

「そうか。ならするしかないのう」

「な、なにをでしょう?」

「交わりを、じゃよ」


【御主人様とセッ○ス!? うおおおおー!!!!!!! セッ○ス!! したい!! 髪も目も肌も唇も手も脚も体中の色んな所をチュッチュしてペロペロしたいよぉ!!でもそんな事するわけには………でもしたいぃぃぃー!!!!めちゃくちゃ御主人様にエッチな事したいいいー!!!!!!!】


(相変わらずじゃのお)


 いつも礼儀正しく気弱な下僕の『いつも通り』のイヤらしい欲望の心声にヴァンパイアはニヤリと笑った。




   ◇◇◇




『部屋にわらわ達を閉じ込めてほしい?』

『そうじゃ。あやつ……下僕はな。わらわの事を愛しておる』

『……ふむ。続けてくれ』

『わらわは死にかけていたあやつをほんの気まぐれで持ち帰り下僕にしたのじゃが……あやつはわらわのことを好いたらしくうるさいくらい心の内で可愛い、キスしたい、抱きしめたい、触りたい、バチクソに抱きたいだの心の中で言うようになってきてのう。最初はなんと無礼なと腹が立ったのじゃが……あんまりにも熱心に妄想してくるものだから一周回って満更でもない感じになってのう………』

『実際には求愛してきたのか?』

『いやまっっったく。心の中だけじゃ。あやつ、わらわが心を読めると知らんからあそこまで明け透けなんじゃろ』

『両想いなら貴女の方から求愛してもいいのでは』

『わらわとて永く生きているとはいえ乙女の端くれ。求めるより求められたいんじゃ!! それに主人であるわらわからそういうの言ったらセクハラ&パワハラみたいな感じになるじゃろうが!! あとなんか負けた気がする!!』

『そういうものか』

『そういうものなんじゃ!! なのにあいつ、全く手を出そうとして来ない!! 内心わらわでドスケベなイヤらしい妄想に耽っているくせに実際は指一本たりとも触れて来ぬ!! 夜のティッシュの消費量だけが嵩むばかり!! 何なのじゃあいつは!! 妄想せず手を出せ手を!!』

『……事情は分かった。では部屋の手配をしよう』


 というやり取りの後今に至るのだが……その事を下僕は知る由もなかった。


「交わりだなんて私は……恐れ多いです……!!」

「はあ……お前はわらわの事を愛しているのだろう? それも……性的な意味で」

「そ、そのような事は……!!」

「嘘じゃ。今もわらわを押し倒して服を脱がせてキスしたのち△△や○○や×◇☆*したいと思っておるくせに」


 真っ赤になって頑なに否定する下僕にヴァンパイアはあえて卑猥な言葉を使う。もっとも下僕が心の中で思っている事をそのまま言っているだけなのだが。


 下僕は主人であるヴァンパイアに生々しいまでの好意を抱いていたがそれ以上に心酔していた。命を救われたのもあるがヴァンパイアの恐怖を抱くほどの美しさに惚れ込んでおり自分のような平凡で下賤な存在が触れてはならないと思うほどだ。


 まあそれはそれとして滅茶苦茶下僕にとって容姿性格その他諸々好み過ぎて妄想に耽ってしまうのだが。


【な、何故自分の考えがバレているんだ……!? 確かに御主人様は察しのよい聡明なお方だが……】


「……実はのう。今まで黙っとったのじゃがわらわ、心が読めるのじゃ」

「え」

「だからお前の考えていることなどぜーんぶお見通しじゃ。死にかけたお前がわらわを【最後に美しい方に出会えてよかった】などと思うから戯れに拾ってしまった。そのまま下僕にしてこき使ってもお前ときたら不満の一つも言わず延々とベタ褒めし続けおってからに。気まぐれの暇つぶしだったはずが本気になってしまったではないか」


 ヴァンパイアはトドメとばかりに下僕の膝に座り無防備な首筋を甘噛みする。すると下僕は体を仰け反らせ嬌声にも似た声を発する。


「△□☆%$#¥>¥々仝ゝゞヽ〃〜!?」

「わらわが欲しいのじゃろう? その卑しい雄を猛らせておいて認めぬとは何様のつもりじゃ?」


 ヴァンパイアが卑猥な言葉を発した事に興奮したのか、言葉責め自体に興奮したのか、それともこの状況そのものに興奮したのか。下僕の雄は高らかに反応していた。その象徴をヴァンパイアは指摘すると下僕は頬を紅潮させながら脳内でめちゃくちゃピンクな妄想を捗らせていた。


「あ……うう………これは生理現象でして……なのでその……」

「………………あーもうやかましい!! 四の五の言わずに覚悟を決めて抱けぇ!!」


 自らの欲望を認めようとしない下僕に業を煮やしたヴァンパイアは結局痺れを切らして豪快に襲いかかりなんだかんだむちゃくちゃセッ○スしたのだった。




 ◇◇◇




「あ、あのっ。御主人様っ。御身体は大丈夫でしょうか!?」

「処女じゃあるまいし平気じゃ。まあ、久々であったからちと疲れたが」

「ではお飲み物をお持ちしますね」

「いや、いらん。飲み物ならあるからの」


 気まずいのか奉仕作業をしようとする下僕の腕を掴みカプリと噛みつく。喉を鳴らしながら飲む血はヴァンパイアにとって何よりの御馳走であった。


「んっ……♡ やはり運動の後の一杯は格別じゃの。やる気が漲ってきたわい。………おや。お前は別のヤる気が漲ってきたようじゃの?」

「うう……まだ若いんですよ自分は……」

「ほーう? それはわらわが年寄りだと?」

「あ、いえそんな事は……」

「ふん。なら今度はわらわが上になってやろう。絞り尽くしてくれるわ」

「えっ、あのっ…………ぎゃー!!」


 その後何時間か経ってからツヤッツヤになったヴァンパイアとげっそりした下僕が部屋から出てきたそうな。



   ◇◇◇



「心が読めるからこそストレートな好意にもどかしい思いをする年上のじゃロリヴァンパイアと傍にいられるだけでいいと綺麗事を言ったものの主に劣情を抱いてしまい罪悪感を抱きながら陰で発散していた下僕……興味深いデータが取れたな。あいつの持っていた本には無い属性だった」


 読心術の取得という当初の目的を果たした上に二組目の立候補者が現れ淫魔は上機嫌だった。


「しかし……愛を知るための手段がこの方法で本当にいいんだろうか……だが二組とも幸せそうだったし間違いではないのか……?」


 これでいいのだろうか……と疑問に思いつつなんだかんだ繰り返し検証を続けた結果──両片想い男女拉致くっつけヒャッハーモンスターに自分が変貌する事を淫魔……キブリーはまだ知らない。


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