十組目 勇者と淫魔
『性行為をせよ。さすれば扉は開かれる』
「だってさ。どうする勇者ちゃん♡」
「……………は……?」
ベッド以外何もない白い空間に胸部と股間以外ほぼ全裸という露出度の高い衣装を身に纏う蝙蝠状の翼の生えたピンク髪の女と厳つい鎧を身に纏った金髪碧眼の男がいた。
女は淫魔、所謂サキュバスであり男は淫魔の言う通り勇者である。
魔族と人間。魔王軍と人間との争いにより相反していた二人が何故共にいるのかというと答えは単純なもので淫魔は魔王軍に所属し敵対していたが勇者の事を気に入り寝返ったのである。その後なんやかんやあって魔王と魔王軍は倒され世界は平和になったのだ。
魔王を倒した後も淫魔は自分に靡かなかった勇者に絶対堕してみせるんだから♡と勇者パーティーが解散した後もピッタリと物理的にくっついている。そんな淫魔に勇者は悪態をつきつつも好きにさせていた。
二人が勇者の故郷に帰ろうとしていた道中に突然光に包まれ謎空間に拉致されたというのが現状であった。淫魔はその文字にニヤニヤしながら勇者の腕にしがみつく。豊満な胸がむにぃと勇者の腕を挟むがよくある事なので勇者は動ずる事なく淫魔を睨む。
「困っちゃったね? あたしは全然困らないけど♡」
「腕に引っ付くな。重い」
「浮いてるから重くないもん! というか女の子に重いって言っちゃいけないんだよ!」
「女の子って歳でもねえくせに」
「あー! 今度は歳のことまで!そんな風にデリカシーがないから白魔導士ちゃんに振られちゃうんだよ!」
「うぐっ……その話はすんなバカ」
淫魔が言う白魔導士とは勇者のパーティーにいたメンバーの一人であり勇者の憧れかつ想い人であった。魔王との戦いが終わった後勇気を出して告白した勇者であったが……
『貴方は確かに私の事を好いてくれていたのだと思います。だけど……今は違うでしょう?』
白魔導士がそう言って寂しそうに笑っていた事を思い出し勇者はしょんぼりと俯いた。
「あー……ゴメンね。ちょっと無神経だったよ」
「……いや、別に。俺もデリカシーがなかったしな」
「ふふ。お詫びにえっちなことしよっか?」
「いらん!」
さり気なく股間に手を伸ばそうとする淫魔に勇者は聖の気を纏うハリセンを叩きつける。
「ふぎゅう!」
ハリセンなので威力は対してことはないがほんのちょっぴり痛いのでダメージを受けたように淫魔は仰け反る。淫魔が何かいかがわしい事をしようとすると下される勇者の鉄拳制裁であり所謂『お約束』であった。つまりいつもの漫才である。
「えー。えっちなことしようよぅ……今回は本当にしなきゃかもだよ?」
「……しねーよ。らぁ!」
淫魔の誘いを無視して勇者は背中の剣を鞘から出し振りかぶる。魔王を葬り去った渾身の一撃もこの部屋では威力がゼロになっているようでびくともしなかった。
「……ファイアボール!!」
続けて魔力を手に込め火の玉を壁に向かって放つがこれも何らかの力によって無効化される。勇者は優れた直感からこの部屋ではあらゆる攻撃が無意味であると瞬時に読み取った。
「まじかよ。ここまで強力な結界貼れる奴がいたとは……この気配は魔族のものだな。……こんな逸材が魔王側にいたのに何で一度も姿を現さなかったんだ? この部屋作った奴が敵だったら完封されていたぞ」
「……こんな部屋創ってるくらいだし変わった魔族なんじゃない?」
「それは同感だが……って抱きつくな!」
勇者が剣をしまい考え込んでいると淫魔が後ろから勇者に抱きついた。背中には柔らかな2つの山が当たっており淫魔の手は勇者の引き締まった腹部を妖しげに触れている。
「だって打つ手ないわけだし……それならえっちな事した方がいいかなって」
「お前の行動理念はいかがわしいことしかねーのか!」
「うん。だってサキュバスだもん」
「即答すんな」
つれない態度の勇者に淫魔がえいえいと露骨に胸を押し付けると流石の勇者もちょっと頬が赤らむ。勇者もその強さ以外は一般的な男なので性欲が皆無な訳ではないのである。
「勇者ちゃんはあたしの事嫌い? 嫌いじゃないよね? なんだかんだ一緒にいてくれるし……あたしは勇者ちゃんのこと、大好きだよ? 勇者を好きになってから他の男の人とえっちしなくなるくらいに」
「……っ……」
いつもふざけながら好き好き言う淫魔が洩らす本気の告白に勇者は息を呑む。
「……俺は………誰が強制されて抱くか!!」
勇者は怒っていた。閉じ込められた事もそうだが顔も知らない魔族の娯楽のためにサキュバスを抱くくらいならば。……穢すくらいならば死んだ方がマシだと衝動的に隠し持っていたナイフで腹を切り鮮血がぽたりと白い床を赤く彩った。
(……あ、でも俺が死んだらこいつが出られる保証もねえな。同じ魔族とはいえ閉じ込められたままじゃ……それどころかじゃあ他の男とセッ○スしろとかそんな話になるんじゃ……)
怒りで血が登った頭から血が抜けたからか勢いでした行動に早くも後悔していると淫魔が慌てて回復魔法をかける。
「勇者ちゃんのばか!! そんなにあたしとえっちするの嫌だったの!?」
「……わりい。なんか言いなりになるのがムカついて」
「それで死んじゃ元も子もないでしょ!! 待ってて今治すからぁ!!」
わんわんと泣きながら回復魔法をかけると出血していた腹部の傷が綺麗に修復する。白魔道士から習っておいてよかったとぐずる淫魔に勇者はありがとうと礼を言った。すると。
『今後このような事がないようこの部屋では自分を傷つける事、他者を傷つける事を不可能にした』
と謎のメッセージが現れた。この部屋に閉じ込めた魔族のものだろう。
「おー、そうかよ……まあ俺みたいなアホがいるかもしんねーしいいんじゃねえの……」
急死に一生を得た勇者にはもはや突っ込む気力がなかった。ぐったりする勇者に淫魔が艶っぽく枝垂れかかる。
「お礼は体で……」
「やかましい!!」
「ふぎゅう!」
こちらを気遣ってかいつものようにふざける淫魔に勇者は応じハリセンでペチンとする。心なしかいつもより威力はなかった。
「ねえ!!これは傷つける行為なんじゃないの!?」
『否。これはおそらく勇者なりのコミュニケーションと推測される。力加減もされているし大して痛みもないはずだ。……ふむ。言語化するならば愛情表現というやつだろう』
「へぇ……愛情かぁ〜。えへへ。なら仕方ないかな☆」
「違う!!」
「ふぎゅう!! また叩かれた! でも痛くなーい☆」
そんなやり取りを繰り返し勇者と淫魔はセッ○スすることなく部屋で寛ぎ始めた。といっても部屋にはベット以外ないので大きなベッドに寝転がるだけであったが。
「腹減らねーけど……この時間は飯食ってたから何か食いてえな」
「そうだね。でもこの部屋食べ物ないし」
『了解した。今用意する』
「なんか無駄に親切だな……真面目というか……」
「危害加えられるよりかはいいんじゃない?」
「まあな……」
「なあ、風呂は創れるか? 汚れを浄化する魔法が発動してるのは分かるけど気持ち的には欲しいんだが」
『了解した。今から創る』
「おお……マジですぐ創りやがった」
「背中流してあげる! 裸の付き合いしよっ!」
「いらん!」
「ふぎゅう!」
「……この部屋から出てえんだけど」
『それは却下する。この部屋は性行為をしてからではないと出られないように創られている』
「……顔も知らねーけど一周回って好きになってきたわお前の事」
「ええ!?浮気!?」
「浮気じゃねーよ!そもそも付き合ってねえだろうが!!」
部屋に拉致され監禁されているとは思えないほど和やかな日常が過ぎていく。部屋の内装が充実するとともに誘惑する淫魔と勇者の攻防は続いた結果、部屋に閉じ込められてから早一年が経過していた。
「ねえねえ、えっちしようよ〜」
「し、しねえよ!!」
「……」
「なんだよ黙り込んで」
「だって一年前だったらもっと即答してた。少しはあたしの事、好きになってくれたの?」
「ち、ちげーよ」
とそっぽを向くもののその反応は露骨でひっつかれてもそのまま好きにさせていた。
「……何で振られたのか自覚しちまっただけだ」
「白魔導士ちゃんのこと? 何で振られたのか頑なに話してくれなかったけど……」
「……告白したら他に好きなやつがいるだろうって言われたんだ」
「ええ!? 勇者ちゃん白魔導士ちゃん以外に好きな子が!? 誰!? 黒魔導士ちゃん!? それとも弓兵ちゃん!? それとも重騎士くん!? 酒場のジョン!?」
「ちげーよ!! 後半の二人男じゃねえか!! しかも最後はパーティーメンバーですらねーし!!」
「えっと、他となると……あたしくらいしかいないんだけど」
「…………お前だよ」
「え」
「お前が好きになっちまったんだよ……ハァ……」
「えええええ!? というかなんで不満そうなのよぅ!!」
溜息をつきながら告白され乙女としてもサキュバスとしても喜びきれない淫魔はぷんすか怒りながら勇者に抱きつく。いつもであればハリセンを食らわすか振り払う勇者であったが今回はむしろ自分から抱き寄せていた。
「……ゆ、勇者ちゃん……本当にあたしのこと、好きなの……?」
「ああ」
「いつから……?」
「んー、具体的には分からねえな。俺が敵だったお前を見逃したら「好きになっちゃったっ!」とか言って魔王軍裏切ったあげく押しかけてきてさ。……最初は罠だと警戒してたのにバカの一つ覚えみたいに好き好き大好きあたしのこと好きになってって連呼してきやがった。犬みてーだなってそこそこに可愛がってるうちに情が湧いたというか」
「あたし犬扱いだったの!?」
「……まあ、最初の頃はな。それからお前夜這いするわセクハラしようとするわ痴女そのものだったが過酷な旅でお前がバカやってるのツッコんでたらなんか心が軽くなった。お前といるのが楽しくなっちまった。魔王を倒した後こうして一緒にいるのも悪くないかもなって心のどこかで思ってたんだ。それを見抜いてたんだろうな、あの人は」
『最後に溢してしまいますが……実は私も貴方の事好きだったんですよ? まさかサキュバスに泥棒猫されるなんて思いませんでした』
涙ぐみながら「あの子はお馬鹿ですけど……悪い子じゃありません。どうかあの子と幸せになってくださいね」と言って元の居場所へ去った白魔導士の顔を思い出すと胸が苦しくなる。淫魔と出会わなかったら、淫魔に惹かれなかったらもしかしたら白魔導士と結ばれていたのかもしれない。たらればの可能性ではあるがそう思うと少しだけ寂しかった。
「いつ言おうか迷ってたんだ。本当はパーティーメンバーと別れて二人旅になった時点で言うつもりだったんだ。でもお前が迫ってくるとつい意地張っちまって……待たせちまって悪い」
「……えへへ。勇者ちゃんあたしのこと、そんなに想ってくれてたんだ。サキュバスなのに気づかなかったよ」
「お前、へっぽこだからな」
「またそういうこと言う……ねえ、勇者ちゃん」
「なんだよ」
「えっちなことしよ」
「……おう」
何度目かも分からない淫魔からの求愛に勇者はおずおずと頷き淫魔をベッドに押し倒す。そして互いの唇を重ね……
「んんんんん!?」
「んっ♡ 勇者ちゃんの唇柔らかいねぇ♡ もっと♡」
……唇を重ねた瞬間、くるんと上下の位置が反転し淫魔が勇者にのしかかりえげつない舌技のディープなキスを繰り出した。
「ぷはぁ……っ……ま、まて! ここは俺がリードする場面で……っ……!」
「んちゅっ♡♡ んぁ……はぁ……何言ってるの? ベッドの上はあたしの領域だよ? ふふふふっ……たぁくさん可愛がってあげるね勇者ちゃん♡♡♡♡♡」
「あ……やめっ……うわぁー!!!!!」
勇者は男の矜持として必死に抗うものの淫魔に人間がセッ○スで勝てるわけがなく。一年溜め込んでいた情欲と精力が枯れる寸前まで搾り取られることになるのだった。
◇◇◇
「あーん♡」
「……ん……死ぬかと思った」
「ごめんねぇ。久しぶりのえっちだったから加減間違えちゃって。ほらすっぽんやうなぎやにんにくや鶏卵とかその他色々入った料理作ったから食べて♡」
「全部精がつくやつじゃねえか! しばらくやんねーぞ! もげるわ!」
「えー……だめぇ?」
「……しばらくはダメだ」
「えへへ。分かった! 我慢する!」
色々と搾り取られどこか大人の顔つきになった勇者に淫魔はあーんして食事を食べさせたり着替えを手伝ってあげたりと身動きの取れない勇者の世話をやいていた。こころなしか肌ツヤがよくなり上機嫌の淫魔はニコニコと微笑んでいる。長年の願いが叶いハイになっていた淫魔は油断したのかとんでもない事を言い出した。
「最初は無理かなー、駄目かなと思ったけどこんなに上手くいくなんて! 持つべきものは同族だね!」
「……は? 同族?」
「……あ。 な、なんでもないよ?」
「……同族……そういやあの時は動揺してたから気づかなかったがお前部屋にいる時妙に落ち着いてたよな? 考えてみれば性行為をしないと出られない部屋とかいかにもお前が好きそうだ」
勇者の追求に淫魔は汗をダラダラと掻きながら声を震わせ目を逸らす。それは自らの犯行を自供しているようなものだった。
「そそそそそんなコトナイヨー?」
「……お前何か知ってるだろ。吐け!!」
「えっとその……えへへ……」
「三秒以内に言え。言わないと今後の付き合いを考えるぞ」
「ええ!? ようやく恋人になれたのにそんなのヤダ! 言う!言うからぁ!」
勇者から絶縁状を叩きつけられることを恐れた淫魔は気まずそうに事の真相を話し始めた。
「実はこの部屋創った淫魔とあたしが知り合い……というか同僚だったんだ。あ、元彼とかじゃないからね!」
「はあ!?」
「それで……その元同僚がかなり変わり者でね。すごーく強いんだけど淫魔なのに性的なことに興味がないやつだったの。その淫魔が色々あって……愛について知りたいって言うからアドバイスしたの」
「……どんなアドバイスしたんだ?」
「愛と言ったらセッ○スでしょ?手っ取り早いし分かりやすいし。 だからそういう事をするのを見れば分かるんじゃないかなーって……それでアレコレ口を出して例の部屋が完成したので言い出しっぺの法則であたしが勇者ちゃんを堕としてみせるから見てて♡って提案したの。……でもまさか勇者ちゃんが一年も頑張るなんて思わなくて……まあその分あたしは勇者ちゃんといられたから幸せだったけど♡ えへ♡」
「おまっ……お前っ………ふざけんなー!!」
「ふぎゅう!!」
色んな意味で振り回された元DT勇者は黒幕の一味かつ諸悪の根源な淫魔に照れと怒りのハリセンを食らわすのだった。
◇◇◇
「ふむ。あれが俗に言うツンデレというものなのか。……書物では何度か見たが実物は初めて見たな」
性行為をしなければならない部屋の創造主兼同族でありサキュバスの知り合いであるキブリーは一連のやりとりを見終え感慨深げに何度も頷いていた。
「それにしてもあれほど互いに想い合っていたのに性交渉するまでに一年掛かるとは。長かったな。 ……最初の流血騒動といいそれだけ大切な存在だったのだろう。まだ愛についてはよく分からないが……あの二人の心の距離が少しずつ縮まっていくのがよかった……気がする。うん。あの二人のやり取りを思い出すと胸の辺りがなんだか変な感じだ。お前はどう思う」
『……』
「……流石にまだ言語機能は機能しないか。早くお前と話したいよ」
キブリーは物言わぬ水晶玉を宝物のように丹念に磨き上げる。共に語らえる日を夢見て。
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