百物語をやってるときに起きたこと

藤原くう

百物語をやってるときに起きたこと

夏といえば幽霊ですが、これからお話しすることに幽霊は出てこないと先にお伝えしておきます。


なにしろ幽霊に失礼な話ですから……。




さて、百物語というものがあります。


真っ暗闇の中、百個のロウソクに火をつけ、話が終わるたびにそのロウソクを消していく。そして百個目の話が終わった時、闇とともに妖怪が出る……という怪談です。


歴史をたどると、もとは武士の精神鍛錬の場だったそうで、真っ暗闇の中、ろうそくを灯しに行くのはさぞ怖かったことでしょう。今ほど光もありませんから、闇には何かがいてもおかしくありません。




わたしたちも、そんな百物語をしたのです。




あれは、月のない真っ暗な夜のことでした。


梅雨の貴重な晴れ。


じっとりとした重苦しい空気が、外の闇をより濃くさせていました。


ボーンと振り子時計が鳴って、時刻は午前11時になったころ。


わたしを含めた5人は、真っ暗な部屋に懐中電灯を逆さに立てて、そっと光らせました。


畳に5つの光の円があらわれます。うすぼんやりと明るくはなりましたが、からだは闇にとけたままで、はっきり見えません。


顔だけが、ゆらりと浮かび上がっています。幽霊みたいに蒼白い。


一人がヒッと声をあげそうになったところを、隣の子があわてて口を塞ぎました。




わたしたちがいるのは、青少年自然の家。


この二階建ての宿泊施設に、小学生だったわたしたちは、授業の一環で泊まっていたのです。


行進の練習をし、オリエンテーションで林の中を駆けめぐり、それから夕食のカレーをつくる……。


ようするに、集団生活を学ぶための宿泊学習です。


そんなわけですから、夜遅くまで起きているわけにはいきません。見回りの先生に見つかってしまえば叱られます。


それなのに、百物語をやろう! ということになったのは、この少年自然の家に幽霊がいるという噂があったからです。


自殺した少女の霊がさまよっている……そんな話を信じたわたしたちは、彼女が出てくるまで、起きていることにしました


百物語をしよう、といったのはにくわしかった子でした。あなたのクラスにも一人はいたでしょう、『学校の怪談』を読んでいる子です。


その子が、百物語を提案しました。どこで知ったのやら、百本のロウソクを置いて、その隣の部屋で百の怪談を話し、話すたびにロウソクを消していく……。


そんなことが、子どもである私たちにできるわけがありません。ロウソクやライターなんて、どこで買えばいいのかわかりませんし、危ないのはなんとなくわかります。


ですので、懐中電灯をロウソクの代わりにしました。


5本の懐中電灯を、話をするたびに消していくのです。


今思えば、実にほほえましい百物語でしたが、やっている最中はドキドキしていたものです。


先生に見つかるんじゃないか。


幽霊は本当にいるんじゃないか。


誰も口にしてはいませんでしたが、伏せられたライトから発するかすかな光に照らされたみんなの顔は、青ざめているように見えました。わたしもそうだったに違いありません。


立てた懐中電灯を中心に座ったわたしたちは、百物語をはじめました。




わたしたちは小学生で、年は8か9。そのくらいしか生きていませんから、怪談なんてたかがしれています。


それでも、ぼんやりとした5つの光の中でやるのは、雰囲気がありました。


わたしたちはガクガク震えながら、1つまた1つと懐中電灯を消していきます。


そのたびに、闇は増えていきます。


部屋の隅が黒のベールに覆われ、そこから何かが飛び出してくるような気がしてなりません。自然とからだが前のめりになってきます。


トリをつとめるのは、百物語を提案したあの子。


彼は深夜に起きて、大人が見るような映画やアニメを見ていたそうです。


そんな彼の話はよっぽど怖かったのを覚えています。


テレビの砂嵐に女の人を見たとか、手招きしていたとか……。


もちろん、作り話だったのかもしれません。何か元になるのがあったのかもしれませんが、背筋がゾッとするほど怖かったのだけは、はっきりと覚えています。


そうして、語り終えた彼が最後の懐中電灯を消す。


ちょうどその時。


ボーン。


日付が変わる。


天井から、ギシギシと音が鳴りはじめ。


ギシッギシッ。


何かが歩くような音がする。


かと思えば、


パチンパチン。


縄が地面を打ったような音がする。


音だけ……といえば、そうなんですけど。


部屋は真っ暗、吸い込まれるような闇に包まれていて、上から響いてくる音は、まわりからしているようにも聞こえました。


その音が迫ってきているように思えたんです。





百物語が終わったから、幽霊がこっちにやってこようとしている、と。





そう思ってしまったわたしたちは、叫び声をあげてしまったのです。





大きな声をあげれば、当然先生がやってきます。


布団の中へ隠れようとしたときにはもう手遅れ、扉が開いて息を切らした先生が入ってきました。


そして、私たちは叱られたのでした。





次の日、先生が教えてくれたところによると、天井からしていた音は、2階に泊まっていた人たちが、ゴキブリを追いかけ回していた音だったらしいです。


なーんだ、と思うと同時に、なんてタイミングが悪いんだろう、と思わずにいられなかった、遠い日の思い出です。

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百物語をやってるときに起きたこと 藤原くう @erevestakiba

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