第32話 人間側、完全に嵌《は》められた! バカじゃね!?

 魔王城が聳えるふもとから、数多くの魔物が姿を現していた。

 巨大なトカゲにまたがる、褐色や緑の肌をした竜の騎兵団。

 そして、何百もの、骸骨ガイコツ兵士団ーー。

 それぞれが銘々めいめいに円形の盾や槍を手にして、続々と姿を現わしてくる。


 魔族どもが地面を踏みしめて、土埃つちぼこりを上げて歩く。

 ザッザッという足音が、不気味に響く。

 無表情な魔族兵の集団は、やけに威圧感があった。


(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイぞ……!!)


 怖くないと言えば、嘘になる。

 心臓の鼓動が、そう告げている。

 加えてーー。


「勇者様、あれを!」


 後ろの人間から声をかけられて、俺、勇者マサムネは、真っ青な空を見上げる。


 上空からーー魔王城を取り囲む壁の上から、雲霞の如く沸き立つ影があった。

 蝙蝠こうもりのような羽根をもつ、肌が漆黒の人間ーーヒト型の魔物が、何十頭も宙に浮かんでいたのである。

 頭上でバタバタと羽音がしたかと思ったら、いつの間にか、空は黒雲がかかったように覆われてしまっていた。


(蝙蝠男バットマンの群れーー。

 要は、魔族の空軍部隊かよ。

 もうやだ! 絶対絶命だよ。

 どうすりゃいいんだ、俺様は!?)


 陸には竜騎兵にアンデッド歩兵ーー。

 ザッと見渡す限り、その数、竜騎兵は百騎、アンデッド兵は五百名といったところか。

 そして、空には蝙蝠男の軍勢五十名……。


 一方で、我々、人間のパーティーは現在、二十名ほどしかいない。

 おそらく、勇者である俺様以外の人間どもでは、あの魔物一体に対して、五人掛かりでもかなうまい。


 ひょっとして、退路は……。


 と、後ろを振り返ったら、やっぱり退路が絶たれていた。

 森林の陰には、熊や猪、虎のような姿をした魔物が、群れを成してこちらの後方をやくしている。


 ーーつまり、こういうことだ。


 我々は、漆黒の森の中を進んで、ようやく魔物のボスが住まう場所に到着したかと思ったら、じつは誘い込まれていただけだった。

 魔王側は大軍をもって、俺たち人間パーティーを迎え入れて、今にも叩き潰そうとしているーーと。


 これ、人間パーティー、大ピンチじゃね!?


「ピンチはチャンス」ってよく聞くけど、今の状況では全くチャンスが見当たらない。


(こりゃあ、魔王討伐どころじゃない。

 生きて森から逃げられるかどうかだな……)


 人間側、完全にめられた!

 バカじゃね!?


 それに比べて、魔王軍、凄い。

 戦略的。

 よくわかっているよ、戦いってヤツが。


 もう、今現在の情況を表す言葉が、単語しか出てこない。

 語彙ごいが多様に、浮かばない。

 海外旅行に行った時みたいになっているよ、思考が。


 魔王城の手前にまでやって来たものの、周囲には背丈よりも低い岩が点在しているだけ。

 身を隠すための遮蔽物しゃへいぶつもない。

 そして、前方は魔族の軍勢に、後方は森の魔物たちに、取り囲まれている……。


(絶望的状況だな、ほんと。

 ああ……俺様の人生も、これまでか)


 周りにいる人間どもを見回してみたが、みな身体を震わせていた。


「す、すいません、勇者様。

 まさか、魔族にこれほどの軍勢があるとは……」


「今まで、討伐したとの報告が何度もあったが、偽りだったのか」


「どうせ、貴族どもが戦果を水増し報告してたんだろ」


 人々の声は震えている。

 でも、脚を震わせるだけで、誰も叫び出さず、逃げ出しもしない、

 それだけでも、たいしたものだと思うよ、うん。


 俺は彼らを勇気づけてやることにした。

 将来を悲観するのに同調したところで、得るところはない。

 しかも、魔族との戦いは避けられそうもない状況だ。


「ーーまあ、気にするな。

 味方の戦果を過大に報告するってのは、大本営発表がそうであったように、戦時中のあるあるネタだ」


「ダイホンエイ ハッピョウ……?」


「とにかく、気にするな。

 おまえらは全員非力なんだから、防御に撤してろ。

 そうだな。

 防御障壁バリアーでも張ってれば、自分の身ぐらい守れるだろ」

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