第34話 岡崎の広忠

「殿! 上野城の酒井忠尚様より、使者が参られました!」

「うむ。通せ」

 

 岡崎城にて軍備を整えていた広忠の下に酒井忠尚からの使者が現れた。

 岡崎城の軍備は既に整っており、出陣の号令をかければいつでも出られる様相であった。

 広忠は後ろ盾となっている今川の状況を鑑みて、出陣をしていなかった。

 

「広忠様! お久しゅうございます! 大須賀康高にございまする!」

「榊原長政にございます。広忠様におかれましてもお元気そうで何よりでございますな」

 

 二人は頭を下げる。

 時田は前日の上野城での休息で榊原長政とも顔を合わせており、策の打ち合わせもすんでいた。

 上野城での休息は、時田と酒井忠尚が策についてしっかりと話し合う良い機会ともなり、準備は万端であった。

 広忠の性格や趣味趣向、それらを聞いた時田はその為の準備を整え、岡崎城を訪れた。

 

「うむ。良くぞ来た。座るが良い」

 

 広忠の許しを得た二人はその場に座る。

 そして、本題を切り出す。

 

「して、何用だ? 要件を聞こう」

「は。実は先日、忠尚様の下へ面白き商人が訪れました。中々に良い品を揃えておりました故、広忠様にもと思いました次第にございまする」

 

 康高がそう言うと、広忠は興味を示す。

 

「……ほう。此度の戦に役立つ物はあるか?」

「は。役に立つ物、武器兵糧等も大量に揃えておりました。それ以外にも、茶器や書物、薬なども取り揃えておりました。何でも、戦災で家族や家を失った者達が集まって商売をしているそうで、様々な分野に手を出しているそうです。広忠様がお好きそうな物も多々見られましたな」

 

 榊原長政のその言葉で、広忠は頷く。

 

「……ほう、面白い。会おうではないか。是非通してくれ」

「は!」

 

 

 

 時田は城内にて、広忠に謁見した二人の帰りを待っていた。

 

「おい! そっち持て!」

「誰か手を貸してくれ!」

 

 城内は戦の準備で慌ただしく、時田は一人、場違いな雰囲気を醸し出していた。

 皆が武装しており、準備で忙しくしているとは言っても、既に出陣は出来る様相である。

 ここでもし織田家の人間だとバレれば命はないと、時田は理解している。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 時田は背負っている大きな箱に密かに語りかける。 

 そして、箱からも小さな声が返ってくる。

 

「大丈夫ですから。話しかけないてください。怪しまれますよ」

 

 時田の背負っている大きな箱には、商品は入っていなかった。

 代わりに竹千代が入っていた。

 因みにメインとなる商品類は小次郎が代表して城内に運び入れている最中である。

 

「……ちょっと、下ろしても?」

「好きにして下さい。私は荷物ですので」

 

 竹千代は若干この扱いに不満があるようであった。

 父に会う為、会議の段階では了承してくれたのだが、いざとなると、あまり快く思わなかったらしい。

 時田は荷物を下ろす。

 竹千代の入っている箱は城下町では荷車に乗せていたが、城内で広忠に見せるため、時田自らが運んてきていた。

 さすがの時田も疲れたのである。

 

「……ふぅ」

「お主が商人のたき殿か?」

 

 すると、荷物を下ろした途端に声をかけられる。

 その男は荷物を見ていた。

 

「え? あ、えぇ。私がたきでございます」


 偽名を名乗っていた事を一瞬忘れ、反応が遅れる。

 しかし、男は気にもとめていない様子であった。


「そうか。殿がお会いになるとの事だ。戦で役立つものは後で見る故、それ以外の品を見せて欲しいとのことだ」

「あ、それならば丁度良かった。こちらの品がそうでございます」

 

 時田は今下ろした荷を指す。

 

「おお、そうか。では、早速参るとしよう。某、本多忠高と申す。よろしく頼む」

「……成る程。では、宜しくお願いします」

 

 時田は荷物を持たない。

 そして、忠高に笑顔を向ける。

 

「……某に持てと?」

「はい、ちょっと私には重くて……この体だと、色々と、ね?」

 

 時田は右手で閉じられた左目を軽く触る。

 すると忠高は笑顔で頷く。

 

「お任せ下され! 某、力には自信があります故! たき殿はごゆるりとついてきてくだされ!」

 

 本多忠高。

 あの東国無双、本多忠勝の父親である。

 広忠の父、清康の代から松平家に仕えていた。

 この男の結末を、時田は知っていた。

 

「……気をつけて持ってくださいね。壊れやすいものなので」

「承知いたした!」

 

 

 

「たき、と申します。この度は戦が近いと聞き、参りました」

「うむ。松平広忠である」

 

 時田は広忠と顔を合わせる。

 

「この度は合戦に役立つもの以外にも、ご用意した物がございます」

 

 時田は忠高に目配せする。

 すると、忠高は時田の前に荷物を静かに下ろす。

 そして、忠高は広忠に近付き、そっと呟く。

 

「……殿、かなり重さですぞ……只の品ではありますまい……」

「……そうか」

 

 そして、忠高は広忠の側を離れ、頭を下げてその場を後にする。

 

「広忠様。少々特殊な品故、お人払いをお願い出来ますでしょうか?」

「……それは、酒井殿の家臣であるお二人もか?」

 

 広忠は傍に控えていた大須賀康高と榊原長政に目をやる。

 そして、時田は頷く。

 

「はい。二人きりで、話がしとうございます」

 

 時田は広忠に近寄り、小声で話す。

 

「あまりにも希少な品故、他の方にあまり見せぬ方がよろしいかと。下手をすれば、寝首をかかれてでも奪われる品でございます故」

「……分かった」

 

 広忠はその部屋にいた者達全員に、部屋を出るように言った。

 そして、誰もいなくなり、二人きりとなったのを確認すると、広忠は口を開く。

 

「……で、何なのだ? その品というのは」

「……この世に一つしか無い、広忠様にとって最も大事なものにございます」

 

 時田は荷を解く。

 そして、箱を開ける。

 中にいた竹千代が立ち上がる。

 

「……な」

「……こちら、松平広忠様のご嫡男、松平竹千代様にございます」

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