1-3 へ? 探偵!?

「こないだから読み始めたミステリー小説、半分くらい行ったところで犯人わかっちゃいましたよ!

トリックを見破るのは、3分の2ぐらいまでかかりましたけどね」


啓名が彩花に言った。

得意そうにでもなく、事務報告するように、淡々と。


「ああ、こないだ言ってた、あの人のやつやな?

本屋で平積みされてたやつ」


「ええ」


彩花は思う。


いつもながら、推理力すごいな、啓名くん・・・。


二人は大学のキャンパス内、ラウンジルームにいる。

講義と講義の間の空き時間。

ヒマつぶしだ。


「・・・それとですね、おととい弥里みさとさんが言ってたじゃないですか。

バッグの中のカード入れに入れといたはずの、学生証だけなくなってた、って」


「あー、あれ、弥里の不注意で落としたんとちゃうか?」


「いや、あれ、ずっと引っかかってたんです。

弥里さん、いつものあの完璧な整理ぶりからして、学生証を不注意で落とすとか

考えにくいな、って・・・」


「・・・だれかが盗った、ってこと?」


「ええ。

その可能性があるんじゃないかと思って。

しかも、加害者の可能性がある人も心当たりがありましたんで」


「え、だれ?」


啓名は、その彩花の問いにすぐ直接答えることはせず、先を続けた。


「弥里さん、あんな感じで美人で明るくて、みんなから好かれそうなタイプですよね」


「うん、それはまあ・・・」


「男子の間でも、彼女に好意を持ってる人は多いと思うんです。

でも人気者だし、なかなか面と向かってデートに誘ったり、好意を打ち明けたりするのは勇気がいる」


「そうかもなあ」


「で、ほかの男子を出し抜いて彼女の注意を惹こうと、好意がゆがんだかたちになるとどうなるか・・・。

それは、ひとつには彼女の個人情報を手に入れようとする。

そして、もうひとつはそのために犯したことを偶然に見せかけ、自分がそれを解決したように装うことで彼女の自分に対する好意を高めよう、そう企む・・・」


「・・・え?

どういうこと?」


彩花は、抽象的な啓名の話の意味がわからず、ぽかんとした表情で尋ねた。


「弥里さんが学生証をなくす一週間ぐらい前、みんなで整理整頓の話になって、彼女がこういう話をしてたの、おぼえてますか?


『あたし、物を落とすとかなくすとか、そのへん絶対しないように気をつけてるから、どこに何を入れてるか全部把握してるよ。

ほら、学生証だってこうやってカード入れに入れて、必ずバッグのこの場所に・・・』


あの場にいた人間は全員、あの話を聴いてました。

中でも、西田くん。

彼はまちがいなく、弥里さんに好意を抱いています。

あのとき、彼が弥里さんを見る目。

それで確信しました。

新歓コンパのときにもぼくに言ってましたしね。


『弥里さんって、いいよなあ。

大橋くんもそう思わん?』


弥里さんが学生証をなくしたと話した日の夕方、ぼくは西田くんに会いました。

そして聞いたんです。


『弥里さんの学生証がなくなった件、きみだよね?

カード入れから学生証を抜き取ったの』


最初、彼はすごく動揺していた様子でした。

そして頑強に否定しました。

でも、ぼくには彼の筋書きが予想できていました。


『学生証から、生年月日と住所を確認して誕生日のサプライズプレゼントの計画を立てておく。

それさえできれば、学生証の用は終わりだ。

翌日以降、弥里さんがうっかり学生証を落としたと見せかけ、きみは学生証がラウンジに落ちていたと言って彼女に渡す。

これでおそらく、弥里さんのきみへの株はかなり上がるだろう。

・・・そういう計画だろ?』


すべて当たりでした。

彼はがっくりとうなだれて、計画がぼくの言うとおりだと認めました。


『弥里さんに好かれたい一心で、ぼくは本当にバカなことをしてしまった・・・。

恥ずかしくて、もう彼女に会わせる顔もない気持ちだ・・・』


でも、ぼくは彼がそんなことするほど弥里さんに惹かれていた、その気持ちもわからないわけではなかったんです。

やったことは悪いことだけど、西田くんも悪意からやったのではないし、これをすべて表ざたにして彼が弥里さんから嫌われ、ぼくたちみんなからも嫌われるというのもどうかと思って。


彼は、ぼくに弥里さんの学生証を手渡してこう言ってきました。


『大橋くん、きみからこの学生証を弥里さんに返してあげてくれないか。

ぼくが犯人だと言ってもらってかまわない。

実際、実に愚かなことをぼくはした。

もう彼女からは口もきいてもらえないかもしれないが、それも仕方ないことだ。

その罪の刻印を、ぼくはこれからずっと背負っていく覚悟はできている』


ぼくはこう彼に提案してみました。


『そういう道もあるかもしれないけど、それとはちがう道もあるよ。

きみにだって将来がある。

そのためにこの大学に入って来たんだろ。

きみが今回のことをじゅうぶん悔い反省しているのなら、これ以上の罰を与えられるのは重過ぎるような気がしてね』」


彩花はだまって啓名の話を聴いていたが、静かに問いかけた。


「で、どういうふうにしたん?」


「彼とぼくの二人で、学生課の事務所に行きました。

そして、学生証を落としものとして二人がラウンジで発見したということにして届け出ました」


彩花は安堵したように笑って言った。


「なるほどな。

・・・啓名くんらしいわ」


「そうですかね」


「それで、よかったんやない?」


「たぶん・・・。

でも、正解かどうかはわかりません」


「まあね。

正解はないんだよ、おそらく。

・・・待って。

弥里に好意を持ってる男子はほかにもいたはずやろ?

なんで西田くんにしぼることができた?」


「その理由も新歓コンパでの彼の発言です。

彼はこうも言ってました。


『自分が得るべきと思ったものは、どんな手段を取っても得たい。

いままでもそういうふうに考えてきたし、そうやって得たいものをすべて得てきた。

そういう積極性が、生きる上で大事なんだよ』


ぼくはあの会で、同じ学科の男子、なおかつ弥里さんと話をしていた人、彼女の近くにいた人とは全員、話ができましたが、そういうガツガツした考えを表明していた人は西田くんだけだったんです。

もちろん、ほかにも同じような考えを持ってる人はいたかもしれません。

けど、今回はまぐれかもしれませんがぼくの推理が当たりましたね」


そう言って、啓名は両腕を上げて、あーっ、と伸びをした。

彩花はそんな啓名をいとおしそうに見つめて、


「きみはさ、なんでいつもそんなに鋭いんや?

ほんとにミステリー小説の探偵を地で行ってるよな」


「いやいやいや。

とてもポアロや金田一耕助には及びません。

ささやかなもんです。

小市民ぐらいにはなってればうれしいですけど」


啓名はそう言って、座った足元を見た。


「・・・こんな能力が生かせる仕事があれば、いいんですけどね」


「あるぞ!」


「は?」


と、そこに弥里と奈々が来た。

二人は仲がよくて、よくつるんでいる。


「ハーイ!

彩花、大橋くん、元気?」


「おー、弥里、奈々!

元気だよ」


「ぼくもまあ、いつものとおりです」


奈々が、


「お二人さん、仲いいよねえ。

いつもいっしょにいるし」


からかうようにニヤリとして言う。

彩花がさりげなく返す。


「まあ、高校からいっしょやったしね」


「腐れ縁みたいなもんですよ」


「啓名くん、なに、その言い方!

ひどいやん」


と言いながら彩花は笑った。


弥里があらたまった様子で言った。


「こないだは学生証のこと、みんなをお騒がせして申し訳なかったです。

見つかりました!」


彩花は一瞬、啓名に目配せして、


「ほんま?

よかったねえ。

どこにあったん?」


「学生課から連絡が来て。

落とし物として届け出があったそうなの」


「それはよかったねえ!」


「あたし、拾ってくれた人にお礼を言いたかったんだけど、学生課の人によるとね、拾い主さんは匿名ということで、持ち主さんにもお礼はいらないので知らせないでくれ、って言ったそうなの。

あたしは、そんなん、残念やなあ、もうなんぼお礼言うても足らんわ、って感じやのに・・・。

すごいいい人なんやなあ。

あたし、めっちゃ幸運や、って思って・・・」


そこに奈々が、弥里の腕にひっついて言った。


「ほんま幸運や、弥里は!

幸運の女神がついてるんよ、きっと。

そやから、あたしも始終弥里にくっついてたら幸運にあやかれるかなー、って!」


「お調子もんやな、奈々は!」


四人で笑うと、弥里と奈々はそれぞれ講義とバイトだと言って去っていった。


彩花と啓名は、顔を見合わすと笑顔になった。


「・・・よかったんやない?」


「そうですね」


そして、奈々のことばから思い出したように、


「あー、そうだ、バイト探すんだった・・・。

そういえば、彩花さん・・・」


彩花は、息をすーっと吸って、そしてはいた。

意を決するように、きりっと締まった表情だった。


「あのな、啓名くん。

そう、バイトの話。

あたし言うたやろ、心当たりがあるって。

その話、したいと思うとるのやんか」


いつもとちょっとちがう彩花の様子に、啓名は少々気圧されるような感じがした。


「あ、はい」


「でな、今度の土曜とか日曜とか、空いとらんかな?

よかったら、あたしの家、来てもらいたくて。

仕事の内容とか、説明したいんで」


「ああ、土曜日でも日曜日でも、どちらでもいいですよ」


「なら土曜日で!」


「OKですけど。

仕事って、アボカドの関連じゃないんですか?」


「あー、全然関係ないわけではないんやけどな・・・。

話がややこしいんで、くわしくは家で説明するわ。

・・・それにさ、啓名くん、うち来るの高校のとき以来やん。

ついでに遊んで行きや」


「ええ、それはぼくもしばらく行ってないんで、お誘いくださるのはうれしいですけど・・・。

どんな仕事なんですか?」


「それも、うちに来てもらったら!」


「謎ですね」


「そう。

柴崎家にはね、謎が多いんよ。

啓名くん、そういうの好きやろ?」


***


土曜日の午後。

啓名は、森ノ宮駅で地下鉄を降りると地上出口に出た。

JR線の駅に近い側だ。


大通りを渡って、大阪城公園の入口のあたりを見回した。

いた。

柴崎家の自家用車のうちの一台、レクサスLS500h。

ソニックチタニウムのカラーはめずらしいので、すぐに彩花の家の車だとわかる。


車内の彩花も、啓名に気がつくと助手席のウインドウを開けて手を振ってきた。

啓名も車に近づくと手を挙げてあいさつし、後部席のドアを開けた。


「すぐわかった?」


「ええ、すぐわかりました。

・・・前嶋さん、ごぶさたしてます」


「こちらこそ、ごぶさたしております、大橋様。

少し見ない間に、とても成長されて。

すっかり大人の男性になられましたですね」


「いやあ、まだまだです。

ひさしぶりにまたお邪魔します」


「どうぞごゆっくりなさってくださいませ。

お嬢様もとても喜んでおられます。

ひさしぶりに大橋様が来られるというので、朝から大はしゃぎでございました」


「前嶋さん!

余計なこと言わんでええの」


「これは失礼をば」


レクサスは発進した。


柴崎家は、森ノ宮駅から少し離れた郊外にある一軒家だ。

徒歩だと30分ほどかかるので、啓名が前回遊びに行ったときも、前嶋さんが車で送り迎えしてくれた。


彩花が高校に通学していたときも、森ノ宮駅までは前嶋さんが送り迎えしていたそうだが、大学になってもそれは変わっていないそうだ。


「もうそろそろ、免許取って自分で運転できるようにしたいんやけどね」


「それはぼくもです。

夏休みに合宿免許、取りに行きます?」


「ええね!

1か月でとれるのやろ?」


「順調にいけば、ですけどね」


「お嬢様は少し慌て者なところがおありのようですから、いくぶん余裕をもって数えたほうがよろしいかと」


「もう、前嶋さん、わかってるわ!」


車は柴崎家に着いた。


白い石塀に囲まれた、真っ白な鉄筋コンクリート製の家。

この周辺は大きい家が多いが、その中でもこの家はひときわ大きい。

しかし、その飾らない外観のせいもあって、意外に目立たない感じだ。


啓名は彩花とともに、ちょっとしたダンスホールかと思うような広さのリビングに通された。

二人が話していると、お手伝いさんの女性がコーヒーとお菓子を運んできた。

雰囲気は地味だが端正な顔立ちで、よくよく見るとなかなかの美形に見える。

てきぱきとコーヒーカップの載ったソーサーとお菓子がたくさん載せられたトレイをテーブルに置いた。


彩花がお手伝いさんにカジュアルな感じで言った。


「おー、おいしそ。

ナッちゃん、ありがとね」


「お二人が前回、お好きでいらっしゃったものをなるべく選んだつもりでございますので、お気に召すといいのですけれど。

大橋様、おひさしぶりでございますね」


「え、ぼくをおぼえてらしゃるんですか!」


「もちろんですわ。

前にお見えになったときにも、いつもにも増してお嬢様がとても楽しそうにしてらっしゃいましたから、印象に残っております」


「・・・そうやったっけ?」


二人はとりあえずコーヒーとお菓子を楽しんだ。


啓名は買ってきたケーキの箱を掲げて言った。


「ぼくからも、大したもんじゃないですけど、これを」


「えー、啓名くん、ええのに!

そんな気を遣わんでも!」


「いえ、ケーキは彩花さんのうちのほうが上等なもん、用意してると思いますけど。

これは彩花さんも好きでしょ?

グラマシーニューヨーク」


「あ、好きや!

さすが啓名くん、わかってるねえ!」


「彩花さんって、いつも意外に庶民的なもん、好きですよね。

こんな家に住んでて立派な執事さんがいる、とかでなかったら、全然ふつうの家の女性ですよ」


彩花は啓名を見つめて、少しまじめな顔になった。


「そうや。

あたし、金持ちの娘って見られるの、大っ嫌いやねん。

もう知ってると思うけど。

そやから、高校も大学も、ほんまなら前嶋さんに車で送り迎えしてもろうたほうが断然楽やのに、わざわざ森ノ宮までにしてもろて地下鉄で通うてきたし、いまでもそうしてる。

毎日フランス料理とか、オーガニック食だけとか、そんな生活いややで!

そやからみんなと同じ、マクド食ったりサイゼリヤ食ったり駄菓子食うたりしとる」


「ご両親の仕事のことも、みんなに絶対言いませんよね。

それ知ってるから、ぼくも言わないようにしてますけど」


「そやな。

ありがとな。

こないだも、奈々に『親の職業なに?』って聞かれたとき、あたしが『あー、ふつうにサラリーマンの共働き』って言うたら、啓名くんすぐ話合わせて、『公務員でしたっけ?だから教育はちゃんとしてますよね』とか言ってくれたやん。

ありがたかった」


「いえ、うまくごまかせてるかわかりませんけど」


「まあ、親があんだけ有名人で、メディアにもしょっちゅう顔出してるから、苗字同じやしいつバレても不思議やないな、とは思うとるけど、みんなアボカドのCEOの苗字なんておぼえてないのか、意外にバレんもんやな」


「まあ、そのほうが彩花さんには助かるでしょ」


「うん。

・・・さて、そろそろ仕事の話、しよか?」


「はい」


「あたしの部屋、来てほしいんや」


彩花は啓名とともに、自分の部屋に入った。

この部屋も、一人の書斎としてはけた違いに巨大なものだ。

50畳はゆうにある。

隅にポツンとある彩花の机がやや滑稽にさえ見えるようだ。


四方の壁の、二つは壁全部が本棚で、そこにびっしりと本が詰まっている。

各種の図鑑、文学全集、雑誌、ミステリー小説、ラノベ、コミック・・・。

このまま本屋を開けるのではという量だ。

いったい何千冊あるのだろう・・・。


「・・・さて、どこから話そうか・・・」


「まず、どんな仕事なんですか?」


彩花は、啓名をじっと見つめると真顔で言った。


「啓名くん。

これから話すこと、見ることは、絶対にほかには秘密にしてほしいのやんか。

・・・約束してくれる?」


啓名は、いつもとちがう様子の彩花に少々戸惑った。


「ええ、もちろん。

約束しますけど」


「啓名くんはだいじょうぶやと信じてるけど、いちおうな。

で、質問の答え。

どんな仕事か、その答えは、探偵」


「へ?」


「探偵や。

事件の捜査をする仕事。

雇い主はあたし。

啓名くんは、あたしの助手として、いっしょに捜査をしてもらう。

わかる?」


「・・・よくわかりません」


「・・・そりゃそやな。

こんなん、口で言っただけではとてもわからんわな。

・・・百聞は一見に如かず!

これから、仕事場を見てもらうわ!」


「え・・・」


啓名が疑問の声を漏らすと同時に、彩花が本棚の中の本を2冊ほど、取り出した。

その奥に、なにかの装置がはめ込まれているのが見えた。

端のスイッチらしきものを彩花がONにすると、ちょうど彩花の目線と同じ位置にセンサーらしきものがあるらしく、赤いライトが2つ、そしてもうひとつグリーンのライトが光った。

おそらく顔認証なのだろう。

そして、顔認証が通過したことを示すメッセージが音声で流れ、その瞬間、もう一方の壁側の本棚が音を立てて真っ二つに分かれ、左右に開いた。


その中には、全身が銀色の、金属製の部屋がある。

いや、部屋ではない。

エレベーターだ。


え・・・?

バットマ・・・?


驚愕する啓名をよそに、彩花はそのエレベーターにさっさと乗り込むと、啓名に向かって手を差し伸べた。

不敵な笑みを浮かべて。


「いっしょに乗って。

行こう。

これから見せるから、あたしの仕事場」

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