第14話 フィルの告白

「……す、き? 私のことが……?」

「これでも、手を尽くしてアピールしてきたつもりです。でもあなたは僕とハイデマリー様の仲を疑っているようだし、僕のことを大型犬扱いしているようで……これでは永遠に気づいてもらえないと分かりました」


 あっ、大型犬みたいだと思っているってこと、ばれていたみたい……。いや、それはともかく。


 今になってフィルの言葉が脳みそに染みこんできて、じわじわと顔が熱くなってくる。フィルの表情を見ても、これがジョークではないと分かる。


 フィルが、私に告白した。

 ずっと前から、私のことが好きだと――


「……うそ」

「やっぱり、気づいてもらえていなかったのですね……」

「だって、私、好かれる要素なんて……」

「正直、一目惚れでしたよ」


 フィルは小さく笑い、私の腰に添えていた手をそっと肩に回した。


「二年前……魔法属性の検査のために、初めて魔法師団に行った日。覚えていますか」

「え、ええ、もちろんよ」

「……その前日」

「ん?」

「カイ殿下たちと一緒に歩いていた僕たちを、あなたたち魔法師団の方々が上階から見下ろしていましたよね?」


 ……ああそういえば、検査の前の日にカイとフィルを初めて見て、そのときにカイの赤ハリセンボン頭を見て漫画のことを思い出したんだっけ。


「そのときに、あなたに一目惚れしました」

「……ええーっ?」


 そのときの私って、同僚たちと一緒くたになって文字通り高みの見物をしていたんじゃなかった? ただ見ていただけなのに?


 さすがにそれはないだろう、と思ってフィルをにらむけれど、彼は飄々と笑うだけだ。


「なんだかきれいなお姉さんがいるな、明日会えたらいいな、みたいな気持ちでいました。翌日、あなたは魔法師団にいた。そして殿下の光属性が判明して皆が殿下の方に群がる中、たった一人だけ僕の方に来てくれたあなたを見て……あなたのことをはっきりと意識しました」

「……えっと?」

「その後も、あなたは下級騎士にすぎない僕に声をかけてくれた。僕は、カイ殿下の友だちでありたいと思っていながら、どうしても殿下ばかり注目されることにやきもきしていました。仕方ない、当然だと分かっていても……僕のことも見てほしい、と思っていました。だから、あなたに声をかけてもらえて……励ましてもらえて、本当に嬉しかった」


 おおっ、これはいい情報だ。

 漫画ではどうしてもカイが目立ち、自分は影になってしまう。自己肯定感が削がれていきカイへの劣等感を募らせた末にラスボス化するというのが、フィルの辿る運命だった。


 でも、私による自己肯定感上げ上げ作戦はばっちり功を奏していたというわけだ! グッジョブ私!


 ……まあ、それが原因で好意を持たれて告白されるとは思っていなかったけれど。


 だって、漫画でああだったのだから何だかんだ言ってフィルはハイデマリーのことが好きなんだとばかり思っていたし……。


「それはいいことだけど……でも、あなたが私に抱いている感情は本当に、恋愛なの?」

「といいますと?」


 フィルの笑顔が少しこわばったように見えたけれど、ここはきちんと確認しておかなければ!


「私に対する気持ちが、構ってくれたことへの感謝から成る友愛の情なのかもしれない、ってことよ。グルーミング効果というか……」

「……。……あなたは、僕の愛情を疑っていらっしゃるのですね」


 寂しそうにフィルが言うので……うわやばい、これって自己肯定感下げ下げフラグでは!? と焦ったけれど、彼は苦笑いをして私の肩をそっと撫でた。


「でもそう思わせてしまったのは、僕の努力不足ですね。それに、疑うのは自己防衛の点でも大切なことなのですから、あなたは気にしなくていいですよ」

「そ、それはよかったです……」

「それはともかく。僕があなたに対して抱いているのは、確かな愛情です。……そうでなければ、他の者たちに負けないようにと急いであなたの依頼を受けたりなんてしない。わずかな休憩時間を工面してあなたに会いにいったりしない。あなたに近づこうとする男を罠に嵌めて蹴落としたりもしない。……式典を抜け出して、あなたのもとに降りてきたりしない。ダンスを希ったりも、しない」

「フィル……」


 途中で少々物騒な言葉が聞こえた気もしたけれどスルーしつつ私が名を呼ぶと、フィルは穏やかな微笑みを唇に載せて「アレクシアさん」と、私の名前を大切に大切に呼んだ。


「先ほども約束したように、僕は必ず帰ってきます。でも……万が一のことがあったときに後悔したくなくて、遠征直前だというのにあなたに告白をした。こんな僕のことを、軽蔑しますか?」

「軽蔑は……しないわ。そういう気持ちになることは、否定できない」

「もし僕に万が一があれば、あなたを傷つけることになるかもしれないのに?」

「大丈夫。……私、信じているから」


 これだけははっきり言える、と私は笑ってみせた。


「あなたもカイ殿下もハイデマリー様も、無事に帰ってくる。そして……あなたたちが歩むべき道を切り拓くことができる。絶対に」

「アレクシアさん……」

「だ、だから、というわけじゃないけれど……その、私もちょっと頭の中を整理させたいというか、心の準備をしたいというか……あなたが帰ってきたときにお返事をする、というのでは、だめかしら? その、前向きに検討しますので……」


 最後の最後で逃げ道を作る真似をしたけれど、許してほしい。


 フィルのことは、好きだ。前世では幼女の頃から推していて、だからこそ彼の闇堕ちには心を痛めた。そんな彼が前向きに生きているだけでなく、好意を持ってくれているのだから……嬉しいに決まっている。


 でもさ、ほら、今すぐに「私も好きです!」って大声で言えるほどの勇気はないというか……さすがにそこまで恋愛スキルがないというか……あと、今ここでうなずけばなんだかフィルが一気にいろいろな階段を飛び越えそうな気がするというか、今晩家に帰してくれないような気がするというか。


 諸々の感情をぶち込んだ結果の「保留」を提案したのだけれど、フィルはほっとしたようにうなずいた。


「はい、もちろんです。……ああ、こうなったら何が何でも死ぬわけにはいかなくなったな」

「当然よ! もう、万が一なんて絶対に起こしちゃだめだからね!」

「かしこまりました。……必ず、あなたのもとに戻ってきます。そしてもう一度、あなたに愛を告げるので……そのときに喜ばしい返事をもらえることを期待しております」


 フィルはそう言うと私の手を取り、指先にそっと口づけた。

 わわっ……指先へのキス! 初めてされた!


 感動やら驚きやらでつい固まってしまった私を上目遣いに見たフィルが、喉の奥で笑った。


「……ふふ、かわいい人だ。遠征なんかとっとと終わらせて、早くあなたを恋人にしたい」

「……あ、あなたの中ではもう、確定事項なのねっ」


 なんだか気持ちを見透かされたようで悔しくて憎まれ口を叩いてしまうけれど、それでもフィルは楽しそうに笑っている。


「ええ、あなたの表情を見ていれば分かりますよ。……さて、となると僕も頑張らないといけないな。まずは遠征先で……」

「何の話?」

「いえ、独り言です」


 フィルはごまかすように笑ってから、そっと私の髪をくしけずった。


「……愛しています、アレクシアさん。勝利を帰還を、僕の女神であるあなたに誓います」

「……あ、ありがとう。その……いってらっしゃい」

「いってきます」


 私を見つめるフィルの眼差しも声もどこまでも甘くて……ああ、これが愛されているってことなんだな、と二回の人生を合わせて初めて、私は気づくことになった。

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