従者に愛されています
実果子
第1話
遥か昔、朝鮮の国では謀反が起きた。
謀反を起こしたのは、国王の政策に反対していた派閥の大臣であり、流罪になり処刑されたのである。
そんな混沌とした状況が収束し、朝鮮国内はやっと落ち着きを取り戻した。
「ユ尚宮(サングン)!ユ尚宮はいるか?」
18歳になる純輝(スンフィ)王女は、刺繍が得意であり熱中している。
刺繍をしていた王女は、自分の身の回りの世話をしてくれる女官、ユ尚宮を呼んだ。
「はい、何でしょうか。王女様」
「糸が足りなくなってきたわ。用意して」
「はい。承知いたしました」
恭しく言うと、ユ尚宮はまた王女の居室を出ていく。
ユ尚宮は王女に忠実に付き従っているが、王女に付き従っているのは彼女だけではない。
ユ尚宮が部屋を出て間もなく、一人の男が入ってきた。
「王女様」
「タンか。あの菓子は持ってきたか?」
「はい。水剌間(スラッカン:王室の食事をつくる部署)からいただいてまいりました」
コ・タンは王女より六歳年上で、六年前から王女に仕えている武官だ。
普段は王女の護衛をしている。
寡黙で何を考えているか分からない面もあるが、王女には忠実な男だ。
タンが持ってきたものを文机の上に置くと、王女は目を輝かせる。
「早く食べたいわ」
「では、私が毒味をいたします」
普段の食事なら他の女官が毒味をするのだが、今はいないので仕方ない。
タンは箱を包んできた風呂敷を解く。
箱のふたを開けると、そこには王女の大好きな薬菓(ヤックァ)が詰まっていた。
薬菓は、朝鮮の伝統的な菓子だ。
小麦粉にゴマ油、蜂蜜、などを入れて、混ぜ合わせてから油で揚げた後で、蜂蜜を塗っている。
「うわぁ!凄く美味しそうね」
無邪気に喜ぶ王女の姿を見て、タンが心を高鳴らせていることなど当の王女は気付いていない。
「ね、早く食べて。タン」
「はい」
生真面目に返事をすると、タンは箱の中の一つを取り出して口に入れる。
「どう?」
「はい、とても美味しいです」
「じゃ、私もいただくわ」
王女も薬菓に手を伸ばした。
「ほんと!美味しいわね。タンも一緒に食べましょう?」
「え、私がいただいて良いのでしょうか」
「ユ尚宮の分も残しておけば大丈夫よ」
「では」と言いながら、タンはもう一つの薬菓を取り口にした。
王女は、こうしたタンとの何気ない時間が心地よいと感じている。
窮屈な王宮の中にいる王女にとって、無口なタンは大事な友だ。
二人で薬菓を食べていると、ユ尚宮が戻ってきた。
「王女様。糸をご用意いたしましたので、刺繡の続きができますよ」
「ありがとう。ユ尚宮も一緒に薬菓を食べましょう?」
「私もよろしいのでしょうか」
ユ尚宮の言葉を聞いて、王女はクスクスと笑う。
「あなたもタンと同じことを言うのね。もちろん、ユ尚宮の分もあるわよ」
王女の言葉に、ユ尚宮は目を輝かせる。
薬菓は、ユ尚宮の大好物でもあるからだ。
「では、いただきます」
薬菓を口に運んだユ尚宮は、幸せそうな笑顔を見せた。
王女にとって、二人とこうした時間を持つことが癒しになっている。
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