あいつ死ねばいいのに
神楽耶 夏輝
第1話
先日、連休で帰省した時の話です。
ちょうど、中学の時の同窓会があったので、参加してきました。
会場は実家からほど近い温泉施設で、50席ぐらいの宴会場を貸し切っての会でした。
やばかったです。
外は高熱か! ってぐらいの酷暑。
会場はキンキンに冷房が効いてて、寒暖差アレルギー持ちの僕はずっとくしゃみが止まらなかったです。
それはそうと、もっとヤバいのがですね、出席してた同窓生、10人しかいなかったんですよ。
少子化の走りの頃とはいえ、僕が出た中学は割と生徒数が多く、1学年6クラス。1クラス40人近くいたんです。
それなのに、出席者は10人。
女が8人、男は2人。
男は僕と、山並君という生徒でした。
ほぼ女子で、他に話す人がいないから、必然的に、彼と話す事になります。
彼の事は少し覚えてました。
大人しく、あまり目立たない子。
その程度の印象しかありませんでした。
話した事もあまりなく、よりによってこいつが来たのかよ、と思ってしまうほど、接点がなく、何を話そうかなと気まずい想いを抱きながら、ちびちびとビールばかり飲んでいました。くしゃみしながら。
「ねぇねぇ、
山並君も話す相手が僕しかいないので、必然的に僕に話しかけてきます。
「うん、もちろん覚えてるよ。アスミちゃんだよね」
フルネームは忘れたのですが、下の名前だけ鮮明に覚えていたのは、生徒たちは親しみを込めてアスミちゃんと呼んでいたからです。
小柄で可愛らしく、男子からも人気のある女性教師でした。
山並君は、ことりとグラスを置いて、ゆっくり僕の顔を見上げると、ニタリと笑いながらこう言いました。
「アスミちゃん、死んだの知ってる?」
「え? 死んだの? うそでしょ!」
にわかに信じがたい。
山並君、笑ってるし。
けど、なんだか不気味だったので、不自然にならないよう、話を合わせました。
「僕、何も聞いてないよ」
「俺も何も聞いてなかったけどさぁ、死んだんだよ」
「どうして何も知らされなかったの? ってかいつ?」
「もう10年ぐらいの前の話だよ。自殺だったんじゃないかって言われてる」
「へぇ、自殺だからひっそり……みたいな感じ?」
「多分ね」
なるほど。自殺となると、家族がそういう風に判断するのもしかたないか。
「あれって、俺のせいなんだよね」
「は? アスミちゃんが死んだの山並君のせいなの? なんで?」
「実はさ、アスミちゃんだけじゃないんだ。3年1組の今日来てない生徒のほとんど死んでるんだよ」
「は?」
絶句しました。
僕は中学卒業と同時に地元を離れていたので、中学の同級生と接する事は殆どありませんでした。
とはいえ、ですよ。
とはいえ、同窓生の死を僕が知らないなんて、ありえないって思いました。
「いや、ちょっと何いってるのかわからないんだけど」
ほろ酔いだった脳は徐々に熱が引いて行きます。
背筋に冷たい汗が走りました。
そんな僕に、山並君は言ったのです。
こめかみを人差し指でコンコンと小突きながら。
「俺さ、特殊能力持ちなんだよね」
まるで、頭痛持ちなんだよね、みたいな言い方でした。
「はい?」
もう、30過ぎた立派なおじさんですよ。
いい加減中二病は卒業してほしいって話だと思いますよね?
彼は続けてこう言いました。
「心の中で、死ねばいいのに、って思った人、みんな死んで行くんだよ」
遠い目をしていました。
「は? じゃあ、山並君が死ねばいいのにって思ったって事? アスミちゃんやクラスメイトの事」
彼は急に慌てた様子で、僕の肩口を掴みました。
「俺も知らなかったんだよ。自分にそんな力があるなんて」
「あー、いや、でも偶然かもしれないよ。そんな特殊能力なんて……」
「俺もそう思いたいよ」
「でも、なんで、そんな……死ねばいいなんて考えたの?」
「神楽耶君、憶えてる? クラスでさぁ、腕相撲が流行ったの」
「ああ、なんとなく」
「俺はさぁ、見ての通り体も小さいし、腕も細い。筋肉なんて皆無じゃん」
「う、うん。まぁ……」
まさか、とは思いつつ、ついつい言葉を選んでしまう僕。
だって、うっかり言葉を間違えて『死ねばいいのに』って思われたらまずいでしょ。
僕、まだ死にたくないから。
「それでもさぁ、腕相撲にはちょっと自信があったんだ」
「へぇ」
その自信はどこから?
「あれって、頭脳戦だからね。腕の力勝負じゃなくて、腕の組み方と体重の乗せ方なんだ」
「そうだね」
「なのにさ、誰とやっても全然勝てないんだよ」
「あー、何となく思い出した」
女子にも負けてた。
そんな山並君を、クラスのみんなはバカにして笑ってたな。
「ついにはさ、アスミちゃんにも負けたんだ」
小柄な中学生女子に負けるのに、なんでアスミちゃんに勝てると思った?
「あー、憶えてるよ。でもさぁ、あれって僕はわざとだと思ってたよ。アスミちゃんと腕を組み合わせたかっただけなんだろうなって思ってたけど、違うの?」
「違うよ。真剣勝負だったんだ」
「そっか」
「それで、俺、負けるたびに思ってたんだよ。こいつら全員死ねばいいのにって。悔しくてさぁ」
グツっと、僕の喉が鳴った。
「それだけじゃないんだ。中二の時に父親が再婚して新しいお母さんができたんだけど」
彼はそう言って、グラスに口をつけ、ビールで喉を潤した。
「無口っていうか、コミュ障な感じのお義母さんで、なんにも喋らないんだよ。不気味なぐらい無口なの。ご飯作ったり家事したりはするんだけど、それだけ。俺と全然コミュニケーション取ろうとしないんだ」
「ふぅん、変わった人だったんだね」
「それがさぁ、突然、腕相撲しようかって言ってきたんだ」
「え? 腕相撲?」
「そう。今思うとお義母さんなりに俺と仲良くしようと努力してたのかも知れない」
「で、したの? 腕相撲」
「うん。だってさぁ、お義母さんの腕は今にも折れそうなほど細いんだよ。さすがに俺が勝つと思うでしょ」
「そうだね」
「でも、負けたんだ」
「負けたの?」
「そう。その時、心の底から死ねばいいのにって思ったんだ」
「そ、それで?」
「死んだよ。交通事故でね。見通しのいい交差点での事故だった」
「マジかー」
「偶然だと思う? 俺が死ねばいいのにって思った人、みんな不審な死を遂げるのって、偶然かな? 偶然にしては出来過ぎてると思うんだよ」
「あはは~、どうだろうね」
「そういえば、神楽耶君とは腕相撲した事なかったよね?」
「そうだね。僕は腕相撲弱いから」
嘘だ。めちゃくちゃ勝つ自信ある。
「あれから俺、けっこう鍛えたんだよ。これ見てよ」
彼はそう言って、上腕を見せてきました。
確かに、ほっそい腕にこんもり筋肉が盛り上がっていました。
「負けたくないし、もう、誰も死なせたくないんだよ。だから鍛えたんだ」
そして彼はニタァと笑って、こう続けました。
「神楽耶く~ん。やろうよ。腕相撲」
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます