第13話 夢か現か幻か
ふと気がつくと見知らぬ湖畔に横たえていた。ピフラは重だるい体で緩慢に起き上がり頭を抱える。
(そうだ。わたしマルタに殺されかけて……)
そして、意識を手放したはずだ。
ピフラは眉を寄せて下唇を噛む。
あの後ガルムとマルタはどうなっただろう。そして自分はどうなったのだろう。これは眠って夢を見ているのか、あるいは──死んでしまったのだろうか。
湖を見渡せば水面はどこまでも凪いでいる。四つん這いでそれを覗き込むと、湖面に映る自身に目を見張った。
朧だが見覚えのある面立ち、ダークブラウンの瞳と髪の女──前世の自分だ。
「.....っ!!」
ピフラは声もなく驚愕した。
湖面に映る自身の右肩からは、みるみる血が滲んでいく。先程攻撃を受けた場所、けれどこの身にはかすり傷すらない。
『肉体は切らないから。ま一、魂は知らないけど』
ピフラの頭にマルタの言葉がよぎった。言葉通りに捉えれば、あの斬撃で傷を負ったのは体ではなく魂だ。
(じゃあ、これがわたしの魂……?)
にわかには信じられず水面の己に手を伸ばす。するとピフラの背後から凛然たる声がした。
「それに触るな」
「きゃああっ!?」
驚愕したピフラがバネのように跳ね上がる。その弾みのまま振り向くと、自分の頭と同じくらいの大きさの赤い濡れ色の双玉と突き合った。
「急に大声を出すなバカもん!」
赤い玉はピフラの大声に形を歪めて文句垂れる。
ピフラは立ち上がってその存在の全容を見た。くりくりの2つの赤い双眼、黒はもふもふ且つ艶々の毛並みで、胸毛にチャームポイントの赤毛が生えている。そして、体長はおよそピフラ2人分の巨大な……
「……犬??」
(もふもふで、きゅるんきゅるんで可愛い)
「ただの犬ではない、俺は史上最高の犬だ。頭を垂れろ人間」
(そしてめちゃくちゃ偉そう)
その赤目の黒犬は、ぽふんっとピフラの頭に肉球を乗せて踏ん反り返る。体もデカければ態度もデカい犬だ、かわいいけれど。
「俺はおしゃべりしに来たんじゃない。お前に
「ま、まな……まな板?」
「真名だよ真名! 俺様に名前を付けろと言ってるんだ!」
ずいっ、と犬の顔がピフラの前に押し出された。
眉間を寄せる表情がどことなくガルムに似ており微笑ましい。
──そうだ、彼はどうしているだろう。
あの大鎌やマルタだった者に傷つけられてはいないだろうか。「姉上!」意識を手放す直前に聞こえた、ガルムの悲痛な叫びが頭を過ぎる。
ピフラの笑顔に陰が落ち、犬はフンッ!と鼻息をかけた。
「余計なことを考えずさっさと名付けろ」
(まったく。人の気も知らないで)
「はいはい名前ね。そうね……」
呑気に欠伸する犬の横でピフラは逡巡する。
犬やペットの名付け方は人によって様々だ。自分が好きな物の名前を当てるとか、身体的特徴を名前にする人もいる。例えばチョコレート好きなら「チョコ」、白い犬なら「シロ」。
それに倣って名付けるとすれば、特徴的な赤い目をこの犬は──
「赤い瞳にちなんで『ルビー』はどう? 宝石の名前」
「この赤目か?」
「そう! わたしの弟と同じ綺麗な色だから」
ピフラはガルムを思い起こし破顔した。澄まし顔のガルム、顰め面のガルム、その1つ1つを思い出す度に笑みがこぼれる。
犬は湿った鼻先でピフラの額を小突いた。
「……良いだろう。俺の名は『ルビー」。確かに貰い受けたぞ、ピフラ・エリューズ」
ルビーの鼻先が離れた額がひんやりし、ピフラの視界は再び暗転していった。
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