第12話 あなたのために


 マルタは間髪入れず大鎌を振り下ろした。切先はまるで勿体ぶるように、ゆっくり落ちて見える。

 ──死ぬんだ。所詮「悪役令嬢」だからなのか、ガルムに殺されずとも早死には回避できないようだ。

 まだ14年しか生きていないからか走馬灯は見えない。

 その代わりにゲームのガルムが頭をよぎった。

 ピフラのせいで心を病み、それでも切に愛を求めてヤンデレ化する運命の男──

(あ、そっか。「ピフラ」がいなければガルムは生きやすくなるのかな)

 他人事のように考え瞳を閉じた。その時だった。


「──ッ姉上!!!!」

 ハッと目を開けると、鎌の切先を大きな戦斧で薙ぎ払うガルムがいた。

 刃を交えた衝撃と風圧でマルタは吹き飛ばされ、大きな破壊音と共に窓ガラスを突き破る。


 ガルムが持つ銀色の戦斧の刃に彼の横顔が映った。身長の2倍はあるそれは、美しい装飾が施され武器というより宝飾の名が相応しい。

 ガルムはすかさずピフラへ駆け寄り、そして鬼気迫る顔で問うた。


「無事ですか!?」

「ガッ……ガルム……」

 死を免れた安堵にピフラの腰が抜けた。涙でびしょ濡れになりながら彼女はブンブンと首を縦に振る。

 ガルムはその場にしゃがみ込み、深くため息をついた。


「こんな夜中に1人で何をしていたんですか!? 死ぬところだったの分かってます!?」

「だ、だって、ガルムを虐める犯人を捕まえたかったのよ。わたしの大切な弟を傷つけるなんて許せなくて。わたし、それで……」

「……俺のため?」

 ポツリ、と小さな呟きがガルムの口から溢れた。睫毛が烟る赤い瞳がピフラを窺う。

 するとガルムははたとして、自身が着ているガウンを脱ぎ、ピフラの冷え切った体にふわりとかける。

 ガルムに与えられた温もりが、シュミーズ越しにピフラ自身の体温と馴染んで溶けた。

 冷えて強張っていた体がゆるりとほどけていく。

(助かったんだ...…まさかガルムに救われるなんて。ゲームだとわたしを殺す人なのにね)

 ピフラは胸を撫で下ろし、同時に昼間のガルムの言葉を思い出した。

 

『姉上は俺に守られる側の人間です』

 今にしてみれば、まるでこういう事態を想定していたかのようなセリフだ。

(でもでもっ! わたしだってガルムの心の平和のために頑張ってるからね!? 殺されないためでもあるけど!)

 ピフラは頭をもたげる。するとガルムを見た彼女の顔が一気に青褪めた。

 バルコニーへ飛んだはずの大鎌が1人でに浮き上がり、ブンッと音を立て勢いよく空を斬った。空間に出来た斬り跡が、漆黒の飛刃となって無防備なガルムを襲ってくる。

 ピフラの体は勝手に動いた。


「ガルム危ない!!」

 弟を抱き込んでピフラは床に倒れ飛刃を避ける。同時に右肩に激痛が走った。

(……っ痛!!)

 第二陣の飛刃が大量に斬りかかってくる。しかしそれはガルムの大立ち回りで撃退され、最後の斬撃で大鎌は銀色の塵となって消滅した。

 ピフラは横たわったまま動くことが出来ない。

 右肩の痛みは広がり、痺れて五感が鈍っていく。


「ガルム……怪我はない……?」

「はあ!? なんで俺のことなんか……っ姉上しっかりしてください! 姉上! 姉う──」

 最後に聞こえたのは、ガルムの悲痛な声だった。


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