プロローグ ある夜の出来事
夜23時過ぎ。
近頃、この町ではサイレンの音が珍しいものではなくなりつつあった。始めはその音に街が荒れているのではないかと住民達が不安にさせられたものだったが、今では殆どの人間がそれに慣れてしまっていた。
その音が検討違いな方向に遠ざかっていく様子を聞きながら、
「……。ふぅ。」
白い煙草の煙が闇夜に吸い込まれていくのを眺めながら、俺はその音が此方には向かって来ないことを一人願う。それが今から来たところで現場は手遅れになるだろうし、だからといって勝手に問題の解決をした俺に罪を掛けられても面倒なだけだった。
暗い民家。知らない人の、知らない
ドアの取っ手は誰かにぶち壊されていて、鍵機能は正常に機能していない。そんな場所に、ほんの小さな正義感だけで足を踏み入れようとしているのが俺の現状だ。
テレビで観るようなヒーロー的様相などない。どこにでもいそうな仕事帰りの疲れたおじさん。いや、自分をおじさんと呼ぶにはまだ少しばかり早い気もするのだが。
自分はまだ若いのだと思いたくはあったが、子供から見れば同じことだと思いやめることにする。
歳のことは考えない。だがもしこの場所にいるのが俺ではなくイケメンだったのなら、多少はこの空間も映えるのだろうとは思ってしまう。主人公補正が働いて、この先の脅威も案外なんとかなってくれるのかもしれない。だけれど、生憎こちらは髪も整はないボサボサ頭、死んだ目でくたびれたスーツを着た仕事に疲れているただの社会人だ。絵が映えるもクソもなく、上手くいったところで虚無しか帰ってこない。そんなことを思うとただただ悲しくなった。
はぁ。と溜息をつく。
ぐじぐじと理由を付けて中に入ることを何とか後に回そうとしていてもしょうがない。俺は気を引き締めてドアノブに手を掛けた。玄関を開けて中に入ると、散らかった家具や靴達が俺を迎え入れる。
ゴミ屋敷を疑いそうになったが、空のペットボトルやゴミ袋などのあからさまな
荒れた廊下を注視する。その中で、自分の真横にあるものが一段と存在感を放っていた。
玄関に入って直ぐ隣の壁に出来た大きな爪後。それが、この空間を何よりも異質なものへと変容させていた。そこに在るだけで脅威を感じさせる異物。それが壊された電球から飛び散る火花によって不気味に点滅して浮かび上がらされている。
猫のような小動物が付けられる爪跡ではない。大型の熊にでも立ち入られたかと思わされる大きさ。壁を抉られるように出来たそれには血痕がついていない。もしかすれば、生物の殺傷に使われた訳ではないのかもしれない。そんな甘い考えが頭の中をよぎった。
暴れながら侵入されたのか、廊下の壁は酷く傷ついてある。この廊下は、まず普通の状態ではなかった。
この辺りは山も近い。ただの熊に襲われたのだという説が俺の中では濃厚なのだが、それにしては近隣の家々が静かすぎるような気がした。サイレンの向かった方向から、警察が此方に来ている様子もない。おそらくは通報もされていないのだろう。
もっとも、近年の日本では近隣住民との関係は薄い。それは
廊下の奥。薄暗い光の漏れる部屋から、ガチャガチャと冷蔵庫が汚く漁られている音がしている。そこにこの惨状の主はいるのだろう。
なんとなくだが、俺はその音に誘われている気がした。多分、向こうは俺の侵入に気が付いているのだろう。普通に入って来たのならともかく、俺は煙草を吸いながら中に入った。人間よりも五感が鋭い動物が犯人なら気が付かない筈がない。
いや煙草を吸いながら入るなよ。と自分でも思った。
今になって冷蔵庫の音が聞こえ出したのは、一度は入って来た俺に警戒するも、無害なのを察して冷蔵庫漁りを再開したと予想する。そうであって欲しいという願望付きの予想だ。
だからこそ、俺は敢えてそいつを無視することにした。こちらが無害だと分かれば、向こうも下手に襲っては来ないだろう。そもそも、俺は野生動物と戦う為にこの家に入って来た訳ではない。
ギシギシと煩い音がする二階に視線を送る。どうやら俺のお相手は、二階で元気に暴れているようだ。
「……。」
思い返してみれば、この一連の事件の始まりはおおよそ一週間くらい前のこと。俺は山中にある家で自堕落に飲食店を経営しているのだが、そこにやってくる自称探偵。
修司はべろんべろんに酒に酔いながら酒瓶をテーブルに叩きつけていたっけな。
その時の修司は、ガキからの依頼を受けているようだった。内容は「テニス部なのに放課後、テニスコートには居ないお姉ちゃんを調査して欲しい。」というもの。依頼料はたった三百円程度。その仕事に、奴は一か月ばかりの時間を費やしていた。労働時間に対価が見合っていないブラック労働だ。俺ならやっていられなくなるだろう。
それでもあの男は、「
でだ。そのガキの姉ちゃんに付きまとっていた問題が意外と厄介な案件だったのだ。
連日世間を賑わしている改造人間。一部では“デモ悪魔”なんて呼ばれている存在が関わっていることが分かったのだとか。これまた俺の高校時代の旧友にして一番の出世頭。警視の
だからこそ、
「なあ、お前はどう思うよ?
探偵としての仕事を続けていた修司にそんな相談を持ちかけられたが、その時の俺の答えは単純だった。軽く店の皿を洗いながら答えたのを覚えている。
「とっとと連絡しろよ。」
「だってよぉ。あの子は俺を頼ってくれた訳でー」
「くだらないな。もしそれでお前が無謀にでも“デモ悪魔”と対峙して死んだら、その子は喜ぶのかよ。」
「し、死なねぇし!」
「はっ。どうだか。」
「お、お前!あれだけ一緒に戦っておいて、まだ俺の強さを信じてないのかよ!」
修司は酒瓶を叩き付けながら抗議してくる。彼は顔を赤くしているが、多分怒っているのではなく酔っているだけだった。
「俺達戦友だと思ってたのに!というか、お前にだけはそんなこと言われたくねぇし!」
「バカ。そういう問題じゃないだろ。向こうが規格外すぎるんだよ。甲太郎にも止められていることだろ。」
「む。」
その日、修司とはそんな話をした。それからなんやかんやで修司は今日まで警察に連絡をするかどうかを迷い続けていた。店に依頼人のガキを連れて来て、俺にまで情を植え付けようとしてきやがったくらいだ。要するに、警察に頼らないで俺達で解決しようぜ?という意思表示をしてきた訳で。
それには俺も少々困ったものだが、それも昨日で終わった。
「俺のせいで、あの子の母親が殺された。」
閉店間際に店にやってきた修司は、拳を握りしめながら悔いるように俺にそう告げた。
「お前の言う通りだったのかもな。さっさと警察に連絡しておけばよかったんだ。……。くそ。俺は。俺は……。何も、出来なかった。」
何があったのかは知らない。あいつが自分の言いたい事だけを言って無責任にもとっとと走り出して行きやがったからだ。そんなことをされれば、気にならない筈がない。結局俺は情にほだされてこの一連の事件に巻き込まれることになっていくのだった。
と、言うのが先程までの流れだ。そうはいっても、
店の後仕舞いを済ませた俺は、取り敢えずガキの姉ちゃんが通っているという学校まで行ってみることにした。この事情において俺が知っていることがそれくらいだったからだ。その道中でいつの間にか入り込んだ、電気も付かない静かな家々が並ぶ住宅街。
その道なりで、どこからか飛び出して来た裸足の子供と衝突した。走って勢いが付いていたとしても、所詮は子供のそれだ。俺は倒れることもなく、その少年を受け止めた。
「大丈夫か?お前。」
出来るだけ落ち着いた声を務めたが、驚いてはいた。深夜でのことだ。子供がうろついているなんて思いもしていなかった。警察に連絡をして引き取って貰おうかとも思ったのだが、外灯に照らされたその顔を見てやめた。
それは、
「お前は……」
「たすけてください!助けてください!!お姉ちゃんが!お姉ちゃんが!!」
「えっと。どーどー。落ち着いて。」
我武者羅に泣きつき、俺の服が力強く握り締められる。目から溢れ落ちる大量の涙が俺の服に染みこんでいく。
「ひぐっ。たすけて!助けてください!お姉ちゃんが僕を守って!家に一人だけっ!知らない男の人にっ!襲われてるの!!お願い!お姉ちゃんが殺されぢゃう!」
「っ。」
そして今に至るのである。取り敢えず景気付けに煙草を一服したのだが、それでもあまり緊張は解れなかった。これがただの人間相手ならもう少しだけ気持ちも増しだったかもしれない。けれど、相手は十中八九“デモ悪魔”だ。
もし。偶然。偶々。これが修司の調査していた件とは全くの別件で、相手が“デモ悪魔”ですらないことがあるとするのなら。
そんなことを考える必要性はない。それは最悪ではないのだから、“デモ悪魔”へと巡らせた思考の範囲内で対処が出来る。
足が前に進むことを拒絶している。大人でも怖いものは怖い。
まあ、ここまで来てしまった以上はしょうがないけどな。あの坊主に約束もしてしまった以上、俺も覚悟を決めるしかない。ここは大人として、お姉ちゃんを助けてやるとするか。
そんなちっぽけな正義感でここに居る。まあ、
あの少年が俺の言いつけを守って、警察ではなく修司の探偵事務所に助けを求めた場合。ここからあの足で辿り着くまではおおよそ四十分くらい。そこからバイクでこちらまで駆け付けるとして十分くらいか。五十分。その時間で
腕時計を見る。残り、あと三十分。
「それじゃあ、おじゃましますよ。と。」
どうでもいいことだが、一応礼儀としての挨拶をしてから土足で玄関を上がる。煙草の火を消すか逡巡迷ったが、構わず咥えたまま歩き出した。この火を消してしまったら俺はそのまま引き返してしまいそうだったからだ。
廊下の先ではなく、道半ばの階段から二階へ。デモ悪魔などという不思議な力を持つ相手に俺は手ぶらで相対しにいく。
「誰だ、お前。どこから入って来た。」
やっぱり煙草の匂いが臭ったのだろうか。俺が階段を登り終える頃には、
坊主の姉ちゃんはベットの上で気絶している。首には赤い手跡がついてあるので、首を絞められていたのだろうことは分かった。一応胸元は上下しているので、生きてはいるだろう。服がはだけてあったので、俺は紳士として出来るだけ其方は見ないように心がけた。
生きてはいるようで何よりだ。取り敢えず俺は、そのことで胸を撫でおろすことにした。
さて。それじゃあ次だ。ここから俺はどうするべきか。
ぶっちゃけ、まだ敵の能力すら分からない。“デモ悪魔”と交戦することを甲太郎が強く止めるのは、やつらが人間には出来ないことをやるからだ。
甲太郎から聞いた話だと、火を噴いたり不死身だったり、動物になったり空を飛べたりするらしい。だからこそ、生身では挑むな。武装した警察に任せろ。などと
「……。」
失敗した。どうせこうなるのなら、あの時無理にでも修司を追いかけてその能力とやらでも聞いておくべきだった。事前の情報は大事だ。敵の能力の詳細が分かればそれなりの対処も出来たのかもしれない。
そう思いもしたのだが。
俺は困惑していた。それは、相手がナイフを握りしめているからだ。
超常的な能力で人を殺せるのなら、あんな分かりやすい凶器を持っておく必要などない。俺が上に上がって来た瞬間にでもその能力で殺せばいい。だからこそ俺も慎重に階段を登った。ではなぜそうしないのか。
俺を舐めているのか?それとも、まだ人を殺すことに慣れていないとか。いや、室内という状況に能力が適していないのかもしれない。例えば、火を噴くような能力なら俺と一緒に家まで燃やしてしまう可能性がある。俺が一階に繋がる唯一の階段にいる以上、燃やせば向こうの退路も断たれるのかもしれない。だとすれば、俺はここから動けなくなる訳だが。
一番嬉しい答えは、目の前の男が持つのは殺傷能力に特化した能力ではないというもの。能力者との戦いではなく、ただの喧嘩試合になったのなら俺にもやりようがある。だがその可能性は考えない方がいい。変な期待はしない方がいい。そう思わせておきながら殺すのが趣味のヤバい奴なのかもしれないからだ。
男の握る凶器に注意する。あのナイフ自体が変形することもあり得るか。デモ悪魔の力でびよーんと伸びるとか。
そんなくだらないことも想像するが、警戒は一切怠らない。出来れば俺も死にたくはない。
そんなことを考えながら、俺は相手が投げかけた言葉に応答する。なんだっけな。たしか、「どうやってここに入って来たか。」だったか。
「どこからも何も。普通に玄関から入って来たよ。」
「お前、不法侵入って知ってるか?お前のやっていることはただの犯罪だぞ。」
「だったら警察を呼べば良いさ。」
言いながら、俺はベッドの上に転がる女に視線を送る仕草をする。相手も俺の視線を見て何となく察したようだ。俺は口角を上げて笑顔を作る。
「一緒に独房に入ろうじゃないか。」
「……。」
男は警察を呼びつけるような動きは見せない。ただそこに立ち尽くして鋭い目で此方を品定めしてきている。握ったナイフがキリキリと音を立てて震えていた。
「俺を、ただの人間だと思うなよ。」
ふと。男がそんなことを言って目を閉じる。
来る。
俺は、全神経を尖らせて次の一瞬に集中した。腰を少しかがめ、踵を浮かして動きやすい体制を取る。何が飛び出して来ても、ある程度の対応はしてみせよう。
部屋の机が割れる。机の上に置かれた女性ものの携帯電話のバッテリーが小さく爆発する。だがそれ自体は俺に危害を与えるものではない。フェイントだろうか。そんなものには騙されてやらない。
だが、そんな俺の思いとは裏腹に。ことは案外ちっぽけな形で俺を襲った。
俺の咥えていた煙草の火が不自然にまで早く燃焼し、煙草本体を勢いよく焼き切ったのだ。普段ではあり得ない燃え上がり方。煙草は地面に落ちきる前には完全に燃え尽きて消えてしまった。
慌てて煙草から口を離した俺だったが、少しだけ間に合わなかったようで、口端に軽く
だが、そうはならなかった。俺はますます困惑する。
なんだ?何がしたい。やつの狙いはいったい――
「ゲホッ!ゴホッ!」
非喫煙者だったのか、途端に充満した副流煙に男は灰を抑えて苦しみだした。
「っ。」
チャンスか?それとも誘われているのか?
そんな判断をする時間はそれほどなかった。俺はやつの目に浮かんだ涙を見て衝動的に飛び出す。罠ならそれでもいい。その時は諦めよう。踏み込んだ足を軸足と定めて、腰に溜めを作りながら飛び込んだ。後は腰を捻りながらその力を解放してやるだけ。
俺は奴が咳込んでいるのをチャンスだと信じて渾身の右ストレートを顎元に打ち込んでやった。
鈍い音が鳴る。手には確かな感覚。目の前の“デモ悪魔”は存外あっさりと殴れてしまった。
「うぐっ!あっ。ひ、卑怯だぞ!」
殴られた男はそのままよなよなと地面へと倒れ込んだ。殴られた箇所を抑えながら俺を睨みつける。
こいつ、弱い。
反撃をしてくる様子はない。それどころか、まだ煙草の煙に苦戦を強いられているようだった。
拍子抜けだ。
修司のやつめ。やけに大袈裟に言いやがって。思ったよりたいしたことないじゃないか。やつを必要以上に警戒していた自分が馬鹿らしく思えてくる。
取り敢えず、あの子の姉ちゃんの容体も気になることだ。こいつはその辺のものででも縛りあげればいい。そんなことを思って近づこうとした時だった。
「ひっ!こっちに来るな!助けろ!!ベアー!」
目の前の男がそう叫んだ途端、地面が崩れた。床から飛び出した
「ぐっ。こいつ。」
俺は自分の体の異変に眉をひしょげ、歯を食いしばりながら一階へと落っこちる。潰されて細くなった俺の右足は落下の衝撃に耐えきれずに千切れた。太腿の中腹から先が消失する。落ちた先には割れた木屑が待ち受けており、背中に痛みが走った。その痛みに呻く間もなく、腹に鋭い爪痕が残される。体が分断されずに抉られた程度で終われたのは奇跡なのか、相手の遊び心なのか。
下から現れた巨大な熊のようなナニカは、今は俺の上から躊躇なく襲ってくる。落ちて来る拳を、地面を転がりながら躱してなんとか立ち上がろうとする。しかし、俺の右足は既に
「あ。」
上手く立ち上がれず、支えの無い右側に倒れる俺の体を熊のような害獣の拳が穿つ。胃が圧迫されて中にあった物が全て飛び出した。
そのままリビングの壁に叩きつけられた俺は、ずるずるべちゃりと地面に向かって壁を滑り落ちる。
一瞬の出来事。何が起きたのかなど理解出来なかった。寧ろ、痛みに
臓器は外気に触れており、骨は何本もいかれている。クソ。いってぇな。
震える手で懐を弄る。特に意識していた訳ではない。本能でそこから煙草を取り出すと、迷いなく口に咥えて火を付ける。そうしながら改めて目の前の怪物を見る。奴が今俺を襲わないのは「待て。」と命令されているから。最初は熊かと思ったが、顔は人間的だ。人面熊。とでも呼ぶべきか。手には肉球が付いてはいるものの、ほぼ人間のそれに近い。熊耳が生えていて、体毛のごつい鬼か何かのような見た目だ。は?なんだこいつ。
「はは。ざまあねぇな。ていうか、本当に誰?おじさん。なんでここに来たんだよ。見たところ、警察でもなければあの探偵でもないようだしさぁ。あ、もしかして
二階から一発ぶん殴った男が陽気に降りて来る。自分の勝ちでも確信したのだろう。
「はっ。違ぇよ。俺はただ、
「ガキ?あー。あのガキか。ビービー泣いててウザかったんだよな。そうか、あいつがおじさんを呼んだのか。で?警察も呼ばずに一人で乗り込んで来たと。ははは、何それ。ヒーロー気取りじゃん。それでこのザマだなんて、格好悪。」
「は。言い返せないね。」
視界は赤くぼやけている。血が抜けていくと同時に体の力も無くなっていっているみたいだ。
こんな時でも煙草はうまい。そんなことを思いながら吹かしていると、煙草を吸うのを止めろ!今時時代遅れなんだよ!と
前髪を強く引っ張られる。
「いいか。
「そうかい。それはよかった。俺はお前に一矢報いられたわけだな。」
「は?はぁ。もういいや。ベアー。とっととこのウザいおじさんを殺せ。」
ウンザリとした表情で男は俺の髪を離す。俺は再び壁に背中を預けながら、ニヤリと笑った。
「はっ。殺されるのはどっちだか。」
「は?何を言っ――」
丸いボールが、赤い水をまき散らしながら空を飛ぶ。つい先程まで勝利を確信して調子に乗っていた男の体だった
男の首を切断した大きな鎌は、思っていたよりもこのリビングには似合わない。それが天井を突き破って降って来たせいか、月明かりがリビングを照らし始める。
黒い羽根を撒き散らしながら、二階に舞い降りて来た
そうか。お前には
「そんな顔で見てやるなよ。相手はただの美少女。華奢な体の女の子なんだぞ。」
俺は落ちた煙草に手を伸ばすも、その手は届かなかった。
「ねぇ。そんなお世辞を言われても嬉しくないんだけど。」
少女が舞い降りる時に使った、背中の黒い翼が幻想的に消える。
「っていうかさー。この程度の相手でいちいち死にそうにならないでくれない?貴方に死なれたら私が困るって何度も言ってるよね。」
「ああ。そうだな。」
心底呆れた声が上から降って来る。
そんなことは知っていた。だからこそ、俺はこうして無理が出来る訳だ。俺が死にそうになっても、死にもの狂いでお前が助けてくれる。
「ねぇ。本当に分かってるの?
「はっ。それもいいな。お前の説教、俺は割と好きなんだ。」
「は?キモ。」
二階に降りた少女の顔が嫌悪感と怒りで歪む。でもその表情は直ぐに崩された。
「はぁ。最悪。マジ最悪。なんで私の
「勝手に人を巻き込んでおいて、そんなこと言うかねぇ。普通。」
「しょうがないでしょ。この
何度もやった会話にウンザリしたのか、ピンク髪ツインテの相棒はその手の先に魔方陣を顕現させ、そこからとある機械を召喚する。
その幻想的な様子を見て。そうそう。超常的な能力ってやつは、やっぱりこういうのだよな。煙草を燃やしきるなんてしょうも無いものじゃなくてさ。と思う。
「なんだ。全部お前がやってくれるんじゃないのか?」
「冗談言わないで。なんで私がそんな面倒臭いことをしなくちゃいけないの?」
連れない奴だ。
ここまで来たのならどっちがやろうと変わらないだろうに。敢えて俺にソレをやらせるのには、ただ面倒臭いという理由以外のものもあるのだろう。
「ソレを言うのにはまだ抵抗があるんだけどな、まあこういう展開ならしょうがないか。」
二階から投げられた
TD。チビディスク。一昔前に流行った小型のDVDが専用のケースに入ったもの。今から使うモノは、それらの製品を基盤に別の用途の道具に仕立てあげた悪魔からの贈り物だ。指し込んだディスクを読み込んだそれは、眩い光を放ち始める。俺はそれを空中に放り投げ。
「変身。」
それは、殆どの男の子が幼少期に憧れる言葉。
当時そんな感情を持たなかった俺は、その感情に少しだけ興味があった。
それが、こんなに抵抗を感じるものだったことを当時の俺に伝えてぶん殴りたいと。
最近は、そう思う。
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