ある日幻覚が見えるようになった

アカシヤ

第1話始まりの日

 ある日、下校中にすれ違った人の頭に、狼のような耳が付いているのを確認した。その時は白昼堂々コスプレする変な人としか思わなかったのだが、次の日に全身毛むくじゃらの怪物が屋根の上をピョンピョン移動していたり、河童のような人が車を運転しているのを見て、流石に何かがおかしいと気がついた。

 

「コスプレにしてはリアルすぎるよなぁ・・・それにあの身体能力は説明出来ないし」

 

 学校を仮病で休んで考える。初めての仮病に色んな意味でドキドキするがこれは不可抗力だろう。

 

 コスプレに関しては、東京とかの都会なら特段珍しいものではないにしても、ここは群馬である。そもそも母数が少ないのに道端でガチのコスプレイヤーを複数人見かけるなんて、とんでもない異常事態だ。

 

 そしてあの異常な身体能力に関しても、物理法則を完全に無視しているとしか言いようが無い。

 昆虫なんかはスーパーマンのような身体能力を持っている種類もいるとよく聞くが、それだって身体が小さいからこそ可能なのだ。      

 あの毛むくじゃらは、少し遠くてどれ程の大きさをしていたかは分からないが、大型犬以上の大きさをしていた事は確かだろう。屋根に被害が出てなかった事から体重はとても軽いにしても、それなら屋根を飛び移るのに使う筋肉の重量はどこにいったんだとなってしまう。

 

「一応そういうイベントが無い事と、革新的な技術が発表されていない事も確認した。となると俺の頭がおかしくなって幻覚を見ているという可能性が高い?」

 

 一般的に精神を病んでしまう原因と自分の現状を照らし合わせてみるも、ほとんど合うものは見つからない。友人に「悩み事なんて無さそうだね」と言われるぐらいには人生を楽しんでいる自信があるのだ。

 

「相談して精神病院に行くか・・・?いや、もう少し情報を集めてからでも・・・」

 

 好奇心が少なからずあった事は確かだ。しかし、それ以上に周りから向けられるであろう同情やその他の感情と、今の生活を壊してしまう事への不安や恐怖が俺の行動を止めさせた。

 

「気のせいなんて事は・・・無いよなぁ」

 

 カーテンを開けて外を見てみると、朝見た時よりも少しだけファンタジーの侵食が進んでいるように思えた。

 

ーーー

 

 さすがに2日連続で仮病するのは難しいので、明日はいつものように登校する事になるだろう。

 ならば、比較的自由に動ける今のうちに行動しておかなければなるまいと俺は奮闘した。

 

 

 あくまでも推測の域を出ないが、俺の見ている幻覚にはたぶん幾つもの種類があると分かった。

 その中で大雑把に二つに分けるとこんな感じになった。

 

 一つは犬や猫、人なんかが化け物に見えている場合で、もう一つは何も無い空間に見えている場合だ。どの証拠を集めればどういった事が確定できる、なんて程俺は知識も思考力も無いが、できるだけの情報は集めてみた。

 

 幻覚であると仮定した上で先ず疑問に思ったのは、「カメラなどの映像を通しても幻覚は見えるのか」だった。という訳で、病人らしく安静にしているフリをしながら道行く人をカメラで撮って見たところ、幻覚は見えず、そこには肉眼では邪魔されて見えなかった向こう側の風景や、幻覚の元になっているのだろう生物が見えた。

 

 それですら幻覚じゃないかと言ってしまえばそれまでなのだが、食事する際に家族と一緒にテレビを見ており、その時の会話に齟齬が生じる事は無かったのでそうでは無いとこれまた仮定する。

 

 次に見たのは、というかさっきと並行して確認していたのは影の有無である。

 まぁ結果的には、「よく分からない」と思考放棄に等しい結末に落ち着いたのだが。実体を元にしていない幻覚を対象として見ると、空を舞う竜には影が無いのに、うちのベランダを這う芋虫モドキには薄らと影があった。

 

「 ・・・いや、竜については分かるけど、薄らと影が有るってなんだよ。今までの情報を全部ひっくり返す程には意味不明なんだが」

 

 今すぐそいつを捕まえて観察したくなったがぐっと堪えた。どんな奴なのかも分かっていない現状、その行動の先に何があるのか怖すぎる。

 

 とりあえず情報集めを進めるのが優先だ。疑問と一緒にメモに封印した。

 

 気を取り直して次は実体を元にした幻覚だ。そしてやはりと言うべきか、似たような情報が得られた。カメラに写った物は確実に影があったのだが、その周りに更に薄かったり濃かったりする影があったりしたのだ。これについては、「カメラは最低限の影の大きさを保証している」と結論付けた。もう、光を何が遮っているのかなんて考えない。

 

 俺は病人らしく寝ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る